不法侵入(4)

創作の怖い話 File.85



投稿者 でび一星人 様





林田がゆっくりと降りてくる。

沙織ちゃんは小刻みに震えている。

おれはそっと、沙織ちゃんの肩を後ろから抱きかかえた。

とたんに階段を下りてくる林田の顔が険しくなる。

「おいこらぁ! お前誰の女触ってんだぁ?」

林田が叫ぶ。

正直、おれは恐怖を感じていた。

自分の死期を知り、霊も見えるようになってから、恐怖なんてさほど感じた事が無かったのだが、

今、【死】では無く【苦】の恐怖を肌で感じているのだろう。

ヤクザの男の人も、頭を殴られて階段から落ちた衝撃でうずくまっている。

沙織ちゃんを守れるのは、今はおれしかいない。

怖いけど・・・。

おれは二人の前に出た。


それを見た林田は、

「なんだぁ? 弱そうなあんちゃんが、何のつもりだぁ?」

林田がじょじょに近づいてくる。

身長は190くらいあるだろうか?

体もかなりゴツイ・・・。

おれは死を意識した。

いや、

そこでおれは思ったのだ。

おれは三年後に死ぬ。


それは逆に言うと、

【今は死なない】という事。

最悪、何があっても死なない。
それは少なからず勇気となった。

「近づくな。」

林田に言った。

林田は、

「近づくなぁ? バカかお前は。 近づくよ。今からお前ら二人をコロスんだからよ。」

林田は棒を振り上げた。

バキッ!

痛い・・・。

とっさにガードしようとした左腕に激痛が走った。

「はっはっは。 今鈍い音がしたなぁ。 折れたかなぁ?」

林田の笑い声がこだまする。

「お前ら、なんでおれがこんな早くに家に帰ってるかって思ってるだろ?」

林田は、笑いながら話し始めた。

「帰ったんじゃねえんだよ。ずっとまちぶせしてたんだよ。」

何?

「お前がここに入って来てたことなんて、すぐにわかったさ。」

なんだって・・・

「あんな綺麗な服着てる死体が、あるわけ無いだろうが。 それに見慣れないカバンまで置いてよ。 バカかお前らは。」


否定できないのがちょっと悔しい。


林田は棒を振り上げ、今度はおれの足めがけて殴りかかってきた。

太股に鈍痛。

おれは倒れこんだ。

沙織ちゃんがおれをかばうように駆け寄る。

「・・もう辞めて! 二人を帰してあげて! 私はずっとここに居るから!お願い!」

何を言ってるんだ・・・沙織ちゃん・・・


林田は顔をしかめる。

「・・・何言ってるんだ?沙織。 ずっとここに居るのは当たり前だろう? こいつらは殺すけど。」


・・ムリだ。

こいつは人の心が一部欠損しているように感じた。


・・・

・・・

ふと、おれは自分に憑いている首を切り裂かれた霊を見た。

・・?

いつもおれを見つめているのに、今日は違うところを見つめている。

おれはその視線の先に目をやった。

そこには包丁が転がっていた。

そうか。最初、ここに入るときに、入り口のフタを開ける時につかった包丁だ。

あれを手にする事が出来れば・・・

「ムダだよ・・。」

林田はおれに言った。

「目は口ほどにモノを言う・・ってね。

その包丁をこっそり取ろうなんて、単純すぎるだろうが。」


・・・ダメだ・・。こいつは頭がキレるとうんこ男から聞いていたが、今まさにソレを実感した・・・。

何をやっても、通用しないような圧倒的な力を感じた。

林田は尚もゆっくりと近づいてくる。

そして棒を振り上げる。

ゴンッ・・

景色が揺らいだ。

どうやら頭を思いっきり殴られたらしい・・・。

ダメだ・・・こんなやつに勝てない・・・

おれは・・

あと三年は生きれるんじゃ・・

なか・・った・・のか・・・。


揺らぐ景色が真っ赤になった。

林田が激しく動いているのが見える。

顔がびしょびしょだ・・。
赤い赤い液体で、ビショビショだ・・・。

おれは倒れこんだ・・・。

頭がザックリ割れてしまったんだろうか・・

おれは頭に手をやった。

おおきなタンコブが出来ている。

タンコブ?

おれの顔は血まみれだ。
・・・ん?


どこも割れてないのに、何で血が・・?

おれの血じゃない。

じゃこれは一体誰の血だ・・?

「お・・まえ・・・」

林田が苦しそうな顔をしている。


「林田ぁ。 油断したのぉ。」

うんこ男だった。

うんこ男が、包丁を林田の肩口につき立てていた。

太い血管を傷つけたのか、林田の肩口からは血が噴出していた。

「兄ちゃん、その棒、早う拾え!」

林田は、うんこ男をガシッとつかみ、

「この死にぞこないがぁ!」
と、首を絞めはじめた。

「ぐぅ・・。 ぎ・・」

うんこ男はそのまま林田のバカ力で持ち上げられた。

このままでは、死んでしまう。

おれは棒を拾い、林田に殴りかかった。


・・その瞬間に、林田はうんこ男から手を離し、おれの腕を掴んだ。

「バレバレなんだよねぇ・・。お前の動きはさぁ。」

アゴに一発。林田パンチを喰らった。

おれはよろけた。
だが、ここで倒れたら本当に終わってしまう。

なんとか体制を整えた。そして、おれは最後の力で、手に持っている棒を振り上げ林田に殴りかかった。

「ムダだって言ってるだろうが!」

林田は殴りかかる棒を受け止めようと、手を上げた。

すぽっ!

万事休す。

なんと、おれが振り上げた棒が手からすっぽ抜けた。

「最後まで、マヌケなやつだなぁおまえは!」

それを見た林田は笑いながらおれに殴りかかってくる。
・・・全てが終わった・・・

そう思ったときだった。


バーーーン!!!


凄い音が頭上で鳴り響いた。

おれと林田は音のした上をとっさに見上げた。



どうやら天井にあった豆電球を、さっきスポ抜けた棒が当たり割ってしまったようだ。

割れた電球の破片が落ちてくる・・・。


「うぎゃあああああ!」

林田は目を押さえた。

林田の目からは煙が上がっていた。


豆電球は発熱球だったようで、どうやらその破片が目に入ったようだ。


のた打ち回る林田。

「いてて・・」

首のところを押さえて、うんこ男がゆっくりと立ち上がった。

「・・・兄ちゃん・・・ようやったで・・・。」

うんこ男はゆっくりと棒を拾い上げた。

「林田・・・こんなもんじゃあ足りへんけど、まあ、お礼を受けてくれや。」


「うぎゃあああああ!」

林田の阿鼻叫喚がフロア中に響き渡った。


数分後、林田は肉の塊のようにボロボロになり、動かなくなった。

尚も殴り続けるうんこ男におれは、

「も、もういいでしょう・・。死んでしまいます。」

と、飛びついて制した。

「はぁ・・はぁ・・ こんなもんじゃあ、殴り足りへんけど・・まあいいやろう・・・。」


一応、林田は呼吸はしているようだ。

「兄ちゃん、携帯電話あるか?」

うんこ男は、組の若い者に電話して、林田の柄を回収するように伝えたようだった。

階段を上がる途中、女性の死体に、うんこ男は手を合わせた。

それを見て、何かを感じ取り、おれと沙織ちゃんも手を合わせた。

そしておれたちは外に向かった。

そこで、うんこ男は、

「あの女性の死体・・・。わての女房でな・・・。」

「・・え・・?」


うんこ男は、いろいろ話してくれた。

うんこ男がここに監禁されたのは、女房を助けに一人で林田が待っている工場跡に行った時に、

いきなり後ろから殴りかかられて監禁されたという事を聞いた。

そして、ロープで縛られ、身動きとれなくなった後、変わり果てた姿になった女房の姿をを見せられたという事だった。


「・・・コレには、ほんまに悪いことしたでぇ・・・。 わて・・何も良え事してやれんかった・・・。

気の効く、ほんまに良え女房やったんやでぇ・・。」

ふと、おれは後ろに視線を感じた。

そこには、干からびた死体の霊であろう女性が立っていた。

「ん?にいちゃん、何見てるんや?」

立ち止まり、うんこ男が不思議そうにおれを見た。

「・・ねえ、霊って信じますか・・?」

おれはうんこ男に聞いた。

「う〜ん・・まあ、大切な人を亡くしたら、信じたくなるわな・・。」

「奥さん、左目の下にホクロがあって、えくぼの似合う女性でしたよね・・・。」

「え・・お、おぅ・・何や、なんでそんな事知ってるんや・・・?」

「『ありがとう』って、言ってます・・・。声は聞こえませんが、口の動きで・・・。」

「・・え・・」


女性は、そう言うと笑顔で手を振って消えた。

幸せだったよ とでも言いたげな笑顔だった。


そしておれたち三人は外に出た。

夕日が眩しかった。



→不法侵入(5)へ



★→この怖い話を評価する



[怖い話]


[創作の怖い話2]