不法侵入(5)

創作の怖い話 File.86



投稿者 でび一星人 様





窓から見える夕日を見つめながら、おれと沙織ちゃんはじっと見ていた。

うんこ男が冷蔵庫をあさって、バクバクいろいろ食べてるのを。

ある程度食べて満足したのか、

「モグモグ・・ごめんごめん・・モグモグ ほな、・・モグ行こか。」

と、うんこ男はバナナを片手に言った。

「・・・」

「・・・」

おれと沙織ちゃんは無言で一緒に外に出た。

「ほんまに、兄ちゃんには助けられた。例を言っても言い切れんわ。」

家を出て、歩きながらうんこ男は、

「後は、若いもんがここに来て後始末してくれる。わては事務所に今から帰るけど、どや?

にいちゃんらも来るか?部下共交えて、少しばかりもてなすで^^」

その【部下共】がなんか怖そうだったので、おれは断った。

「い、いや、ちょっとこれから用事がありますんで・・・。」

「そ、そっかぁ。残念やのぉ。」

うんこ男は食べ終わったバナナの皮を放り投げ、実に残念そうな表情でそう言った。

この人は、こういう職についてはいるが、絶対に良い人なんだと思う。




「ほな、事務所こっちやから。」

おれと沙織ちゃんはうんこ男に一礼した。

そして、おれたち二人は真っ直ぐ、うんこ男は右に曲がって、それぞれ別々の道を歩いていった。


安心した、その時だった。


ブルン!ブルンブルン!

激しい車のエンジン音が後ろから聞こえてきた。

おれと沙織ちゃんは慌てて振り向いた。


赤いセルシオ・・・運転席には・・林田!?

林田は叫ぶ。

「このガキがぁ!舐めくさりやがってぇ! ひき殺してやるからなぁ!お前ら全員だぁ!」

林田の目は血走っていた。車は凄いスピードでこっちに突っ込んで来る。

狭い道。

・・だめだ・・かわせない・・・。


震える沙織ちゃんを見た。

おれは、そっと沙織ちゃんを抱いた。

そして耳元で、「大丈夫・・」と呟いた。

おれは三年後まで、死なない。

だから、おれとこうして身を寄せていれば・・

おれが車の方へ体を向けていれば、

二人とも死なない・・・はず・・・。

そういう根拠があった。

沙織ちゃんはパニックになったようだったが、

「・・おれを信じて。」
沙織ちゃんの目を見て、おれは言った。

沙織ちゃんも、おれの目を見て、ゆっくりと頷き、うっすらと笑みを浮かべた。

車は猛スピードで突っ込んでくる。

あと十メートルのところまで車が迫ってきた。

そこで、

奇跡は起こった。


さっき。うんこ男が投げ捨てたバナナの皮を車が踏んで、スリップしたのだ。

「うぎゃあああああああ!」

林田の乗った車は進路を変え、明らかにだれも住んで居ないであろう廃屋に突っ込んだ。




ものすごい爆発音がした。


黙々と、その廃屋から煙が立ち昇った・・・。









―――――――――――――――数日後――――――――――――――――――――――――


「はい、良いですよ。お疲れ様でした。」

元気な先生だ。声が外まで聞こえて来る。
診察を終えた沙織ちゃんが診察室から出てきた。

沙織ちゃんは、ニコッと笑った。

顔の痣や、腕の痣は、どうやら整形で綺麗に治るとの事だった。

おれも沙織ちゃんの顔を見て笑った。


おれは沙織ちゃんを家まで送り、沙織ちゃんのお母さんに「ご飯でもどう?」と誘われたのだが、

「いえ、ちょっと用事がありますので。」と言ってすぐに別の病院に向かった。

病院に着き、おれは階段を登る。

病札で名前を調べる。

「えっと、、、林田 平・・ここか。」

おれは林田が入院している病室に入った。


「・・・よぉ。 服・・買って来てやったから。」

おれは着替えを林田のベットの横の椅子に置いた。


あの日、林田の車が廃屋に突っ込んだ後、すぐにおれは119番通報した。

林田は、なんとか車から這い出してきて生きていたからだ。


「ぁぁ・・君か・・どうもありがとう・・・」

林田はめっきりと大人しくなっていた。

あれだけの大爆発にもかかわらず、ほとんど火傷は無かった。

奇跡だろう。

ただ、おれは林田が元気な状態なら、きっと救急車は呼んではいなかっただろう。

元気な・・・まともな状態だったなら・・・。



 林田はおれに言った。

「すまないが・・・ちょっと布団を剥いでもらえないだろうか・・・暑くて・・・。」

おれは林田の布団を剥いでやった。

林田の体がむき出しになった。






両手両足を失った林田の体が・・・。



林田は、おれに話しかける。

「ねえ、君・・・。 【因果応報】って、信じるかい?」

「・・・」

「すまないが、相槌をしてはくれないかな・・。 目がほとんど見えないもので・・・。」

あの電球の破片の後遺症で、林田の視力はほとんど0に等しい状態になっていた。

おれは、「あぁ・・何だ・・?」と相槌をうった。


「おれは・・今思えば酷い間違いをしたと思うよ・・・。

おれは沙織・・沙織さんの【自由】を奪っていたんだな・・・。

この体は・・きっとその報いだ・・・。」


林田の言葉には、踏み入れないとわからない世界を感じた。


尚も林田は、

「・・君は、好きな人に、もっと自分の理想になってほしいと思った事は無いかい?」

「・・・」

「それは、おおきな間違いのようだよ・・・。 それが理解できて・・・良かったのかもしれない・・・。」


おれは何も声をかけてやることも、かける気も無かった。

林田のやった事は、決して許される事では無い。


「・・じゃあ、おれはもう行くから。 後は知り合いにでも頼んで看病してもらいなよ。」

おれは病室を出ようとした。

「・・・知り合い・・か・・そんなものもう居ないさ・・・。」

おれは立ち止まり、林田の話しを聞いた。

「組はこんな体のおれはもう要らないらしい・・・。破門だそうだ・・。 惨めなもんだな。 でも、仕方ない・・。」



おれは振り向かずに病室を出た。

林田はこれから、ひょっとしたら【死】よりも辛い苦痛を味わうのかもしれない。

もしかしたら、幸せになるのかもしれない。

それはわからないが、もうおれには関係の無い話だ・・・。



階段を下りるとき、なにやら下から声がきこえてくる。

階段を駆け上がってくる数人の足音。


黒ずくめの服を着て、サングラスをかけた数人の集団が駆け上がってきた。

「どけや!にいちゃんジャマや!」

先頭の男がおれを払いのけた。


おれは階段の端に身を寄せた。

「ん?」

黒ずくめの最後尾の男がおれの顔を見て、

「おお!兄ちゃんやないかぁ!」と言ってサングラスをはずした。

「あ、うん・・」

と言いかけて、おれは口をつぐんだ。

うんこ男だった。

うんこ男は、
「林田の柄は、ウチで預かることにしたんやわ。 院長に今話しつけてきたところや。 

あ、兄ちゃん、こないだは持ってなかったけど、はいコレ。」


そういうとうんこ男は名刺をおれに手渡した。

「まあ、何かあったら連絡ちょうだいや!飛んで助けにいったるさかいにな!」

「ドン!早く!こっちですよ!」

林田の病室の方から声が聞こえてきた。

うんこ男は、「おう!今行くわ!」と相槌をうち、

「ほな、またな!」と笑顔でおれに言って走っていった。


おれは名刺を見た。

【神谷組 組長】
【 神谷 丼丸 】

く・・組長・・・


組長だったんだ・・・うんこ男・・・。




その足で、おれは駅に向かった。

沙織ちゃんには悪いが、おれは沙織ちゃんを一生守ってやることは出来ない。

彼女には、良い人を見つけて、幸せになってほしいと思ったからだ。


とぼとぼと、一人おれは駅に向かって歩いていた。

「裕史君・・・。」

後ろから、声が聞こえた。

沙織ちゃんだった。

「・・裕史君、ひどいじゃない。挨拶もせずに行くなんて・・・。」

おれは「たしかに・・・。」といって一礼して、また駅に向かおうとした。

「ちょっと、待って!裕史君!」

沙織ちゃんが駆け寄ってきた。

「来ちゃだめだ!」

おれは沙織ちゃんを制した。

立ち止まる沙織ちゃん。

おれは・・

「沙織ちゃん、ハッキリ言う。 おれは・・・


君の事が好きだ。」


沙織ちゃんはゆっくりと頷いた。


「でも、おれは・・君を幸せには出来ない・・悔しいけど、守ってあげられないんだ・・。」

沙織ちゃんは、「それでもいい。」と言った。

でも、おれにはそんな無責任な事は出来なかった。

「さよなら。」

そう言って、おれは駅に走った。

沙織ちゃんは追いかけてきた。


意外と足が速く、追いつかれてしまった。

「ハァ・・ハァ・・・。 わかってくれ・・沙織ちゃん・・・。」

「わかってるけど・・でも・・一緒に居たいから・・・。」


仕方が無いから、おれは沙織ちゃんの顔をじっと見つめ、

「・・・じゃあ、四年、待って下さい。 四年待つことが出来なら、その時はお互い一緒になろう。」

沙織ちゃんは困惑した様子だったが、「・・わかったわ。四年ね。 約束よ。まってるから・・・。」

と言ってくれた。


叶わない約束。

電車に乗った。


座席に腰をおろし、窓から今まで居た町を見た。


おれは涙が止まらなかった。



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