不法侵入(1)

創作の怖い話 File.82



投稿者 でび一星人 様





ガタンゴトン

ガタンゴトン・・・。

裕史は電車に揺られ、生まれ故郷の町に向かっていた。

会社は一週間の休暇を取っていた。

平日の昼過ぎの時間帯。

電車の車両にはほとんど人は居ない。

人は・・・。


 裕史は今年で34歳になる。

20代前半までは、ほぼ普通の人生を歩んでいた。

しかし、後半から人生の荒波が訪れた。

まず、霊が見えるようになった。

ハッキリと見える。

そして、人それぞれが身にまとっているオーラも見えるようになった。

オーラでその人の感情や、死期の近い人は判別できる。あと霊も。

更には自分の死期をとある手紙により知ってしまった。

どうやら37歳で死ぬらしい。

そしてこれが一番どぎついのだが、【首半分が切り裂かれた女の霊】に憑かれてしまった。

四六時中裕史をじっと見つめている。

これだけ人生の急展開が訪れたら、普通は凹むだろう。

でも裕史は普通に生活している。

最初は凹んでたようだったが、結局蓄えもさほど無く、働かざるをえなかった。

そしてそうやって働いてるうちに気付いた。

普通に仕事をしているからこそ、

日常の小さな幸せを【幸せ】と感じることが出来るのだと。

己の死期を知ってしまうと、人は多かれ少なかれ悟ってしまうのかもしれない。

裕史の表情は穏やかで、それら自分の運命を受け入れているようだった。


裕史はボーっと、窓から流れる景色を眺めていた。

車両には、人は自分を含めて三人。

他は、床から顔半分だけ突き出している男の人や、

つり革に、体を細くして通っている女の人等、

霊が5〜6体居た。

中には自分が死んだことに気付かずに、新聞を読んでいるサラリーマン風の霊も居たが、

気付くと霊は【共感】しようと寄って来るので裕史は気付かないフリをしている。


そのためには、窓から外を眺めているのが一番だった。


 裕史が一週間も会社を休み、生まれ故郷の町に戻っているのには、ちょっとしたワケがあった。

最近ちょくちょく覗いている、インターネットの掲示板に気になるカキコミがあったからだ。


なんで見てしまったのかわからないが、裕史は【DVお悩み掲示板】のようなものをなんとなく覗いていた。

そこには、いろんな相談が寄せられていた。

その中の【リオさん】という人の書き込みが妙に気になった。


たしかに見てみると、けっこうな内容の暴力を振るわれているようだった。

見ていて心が傷んだ。

だが、なぜこんなにこの書き込みに見入ってしまったのだろうか。

なんとなく、その相談の内容を読んでいて、町のつくりが自分の生まれ故郷に似ている感じがしたからだろうか?



 地元の駅に着き、懐かしい雰囲気のする商店街を歩いた。

雰囲気は、昔と変わらないが、

やっぱり帰ってくるたびに少しづつ変わる店等を見ていると、時の流れの早さが身に染みる。

裕史は母さんへのお土産にと、昔よく母さんが買ってきてくれた80円のコロッケを二つ買った。

昔は60円だったのだが、これも時の流れなのだろう。


コロッケの入った袋を抱えて、実家へと向かう。

(しかし・・一体なぜおれは会社までやすんで帰ってきてるのだろう・・・。

帰ったからといって、あの書き込みの人はなにも影響しないのでは・・・。)

等と考えながら歩いていると、

「・・・裕史くん?」

後ろから声がした。

誰だろうと思い、裕史は振り向いた。

「あ、やっぱり裕史君だ。 えらくご無沙汰じゃない。」

「あ、沙織ちゃんのお母さん。」

沙織ちゃんとは、裕史の高校二年の時の同級生だ。

お互い好き同士だったのだが、

あと一歩を踏み出せずに、あまり話す事も無くそのまま離れ離れになってしまった。

まあ、今となっては若かりし頃の淡い思い出だ。

 沙織ちゃんの母さんにも、面識はある。

沙織ちゃんに会うために、家を何度か訪れた事があるからだ。

・・・まあ、結局会う事は出来なかったのだが・・・。


「裕史くん、えらい男前になったわね。 もし暇なら、ちょっと家に寄ってお茶でも飲んでいかない?」

今までは、極力家に入る事は拒んでいた。

なんか恥ずかしいから。

でも、もう自分も34歳。

裕史はお言葉に甘えて、ご馳走になることにした。

それにしても、沙織ちゃんのお母さんは若く見える。

昔から、40後半なのに30代前半で十分通用するような若さがあったのだが、

その時とほとんど変わっていないようだった。

すでに60歳は過ぎているだろう。

なのに、今の自分と同い年くらいに見える。



 沙織ちゃんの家に入るのは、これで二回目だった。

昔入ったときは、沙織ちゃんと二人きりで、お菓子をご馳走になった。

硬派をきどって手を出さなかった(実際は出せなかった)のが懐かしい。


 家に入ると、まずは重苦しい黒いオーラが見えた。

「あら?どうしたの?」

沙織ちゃんの母さんが言う。

裕史は、「い、いえ。なんでもありません・・・。おじゃまします。」

と、部屋に入った。

居間のような所に通され、沙織ちゃんのお母さんはお菓子とお茶を持って来てくれた。

・・・それにしても、重苦しい空気は感じていたのだが、

この家は霊の溜まり場のような家だった。

居間の壁のところ一面に、ズラリと黒いオーラを身にまとった霊が正座をしている。

皆うつむき、こちらにも気付かない様子だ。

眠っているようにも見えた。


「ふふふ。裕史君、家のカベ、気になる?」

裕史は一瞬ギクリとした。

ひょっとして、沙織ちゃんのお母さんも見える人なのか?

そういえば、まだ裕史が霊感の無い頃に、沙織ちゃんのお母さんがお守りをくれた事があった。

そのお守りで、電車に乗ったときに憑かれた霊に憑依されずに済んだ事があったからだ。

「そりゃあ、気になるわね。裕史くん。これだけカベに御札いっぱい貼ってちゃぁ・・・。」

お札?

裕史はよくカベを見てみた。

カベにはビッシリと御札が貼り付けられていた。

どうやら、その御札ところに格1体づつ、霊が正座して大人しくしているようだった。

「ごめんねぇ。おばさん、もらいやすい体質みたいでねぇ。 こうやって御札を貼ってないと、大変なことになるのよ。」

「ははは・・・。そうなんですか。」

一応、裕史は気付かないフリをした。

ハッキリ見えるなんて言っても、どうせ半信半疑なんだろうから。


 お菓子をつまみながら、裕史と沙織ちゃんのお母さんは沙織ちゃんの話しをした。

東京に就職した後、本人は黙ってはいたがどうやらお水をやってそうだった事。

その後、大阪の大学に行って無事卒業した事。

資格を取り、管理栄養士として働いた事。

そして、林田という人と婚約した事・・・。

もう沙織ちゃんは昔の存在だと思ってはいたが、なんだか結婚と聞くと正直少しショックな部分があった。

でも、自分はあと3年しか生きられない。

どうせ、沙織ちゃんを幸せにはしてあげられない。

そう思うと、気持ちの整理は比較的楽だった。


「・・で、沙織ちゃんは、今その林田って人と住んでるんですか?」

「・・うん。そうなんだけど、気になる事があってねぇ・・・。」


「・・?気になる事?」

「・・・うん・・・。沙織はねぇ、隠し事をするとき、話し方に癖が出るのよ・・・。」

「・・癖?」

「うん。なんていうか、【あ】が多くなるのよ。」

「・・・【あ】?」

「・・うん。例えば、【あ、かあさん。あ、うん。元気にしてるよ。

あ、また今度あの料理つくってね^^】 とかだね。 

文頭に【あ】が付くのよ。」

どうやら、こういう事らしい。

ここ一年、元気にしてると電話はよこすのだが、ぜんぜん実家に顔を出さないらしい。

そしてその電話での話し方は、やはり【あ】が多いという事だった。

「私、心配でさ。ちょっと裕史君、様子を見てきてくれないかい?」

「え、ぼ、僕がですか?」

沙織ちゃんのお母さんは、

沙織ちゃんが実家に帰って来てた時、

沙織ちゃんがお風呂に入ってる間に

コッソリと林田さんと同棲している家のカギを持ち出し、

合鍵を作ったらしい。


犯罪じゃねぇか・・・。


「安心して。なんか怖いから、私はまだ家に入った事がないの。 だから裕史君がヴァージン鍵よ。」

意味が良くわからないが、とりあえずこんな話を聞いて心配になったために、裕史は家に向かう事にした。

まずは外から様子を見る。

・・・誰も居ない。

留守のようだ。

コッソリと鍵を開ける。
そして入って締める。

・・・本当に、誰か居る形跡が無い。

沙織ちゃんは仕事はもう辞めたと聞いていたのだが・・・。

買い物か?


・・・コンコン・・・


物音がどこからともなく聞こえてきた。


裕史は部屋をくまなく調べた。

・・・でも、どの部屋も誰も居なかった。


・・おかしい。

裕史は霊現象は【見る】事がほとんどで、【聞こえる】事なんて滅多にない。

いや、むしろ、霊感が備わってからは見るだけで、聞いた事等一度もなかったのだ。



コンコン・・・


やっぱり聞こえてくる。


とりあえず、音のするほうへと向かうことにした。



コンコン・・・


台所のほうだ・・・。


裕史は台所へと向かう。


コンコンコン・・・


台所の床に、不自然な切り込みのようなものがあった。

床にあけた穴に、同模様の板をはめ込んだような感じだ。

とりあえず裕史はひっかけるものを探し、包丁くらいしかなかったので包丁を引っ掛けてその板を外した。



・・・ビンゴ・・・。


そこには下りの階段があった。


(こんなところに。。。一体なんで隠し部屋のようなものが・・・。)


ここまで来たら後には引けない。

裕史はゆっくりと、その階段を下りた。


ゆっくり、

ゆっくりと・・・。





薄暗い豆電球くらいの明かりはついていたので、懐中電灯等は必要ではなかった。


コンコン・・・



音は階段の奥から聞こえていた。


とりあえず、裕史は音の方へと進む。


ガサッ


その時、足に何かが当たった。


裕史の体が硬まった。

背中から汗が噴出す。



そこには、干からびた女性の死体が転がっていた・・・。



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