手鞠歌(1)

創作の怖い話 File.72



投稿者 dekao 様





てんてんてんまり てんてまり

てんてんてまりの 手がそれて…。


親父が急逝し、東京で働いていた俺が

急遽、田舎の家業である乾物屋を継がなければならなくなった。

正直言って、ワーキング・プァだった俺は

「どうせ安い給料しか出ないなら、田舎でのんびり暮らすのも悪くない。」と

不謹慎だが、渡りに船とばかりに引き継ぎもソコソコに退社した。
 
人間関係も、あまり上手くいってはいなかったし

何よりも自然が多い田舎暮らしは、都会で10年以上暮らし続けた自分にとって

「安らぎ」そのものだった。

「お〜!! お前、八郎よぉ。いつ帰ったんだぁ!?」

無人駅に降り立ち、排気ガスの臭いが薄い

田舎特有な冬の空気を深呼吸していたら、いきなり声をかけられた。

「…お〜!! おめぇ鈴ちゃ(ん)じゃねぇかぁ!! 何してんだぁ!?」

幼なじみの鈴(すず)ちゃんだ。しかし、久しぶりに見ても…

「畑の帰りだぁ♪ おめ(お前)こそ…。」

その洗濯板みたいな胸…10年経っても成長してないなぁ、と

懐かしがっていたら…太ももを蹴られた。

「八郎よぉ!! おめぇ、帰ってくるなり人の胸見て笑うってのはd…」

「いや、違うってぇ!!」

「何がだぁ!!」

「いや、変わってねぇなってぇ…」

また蹴られた。

いくら女とはいえ、膝で太ももを蹴るのは反則だと思った。

自分の実家に行く道すがら、鈴は話しかけてきた。

「…お父さん、この度は。」

「あぁ、…うん。突然だったから。」

「心臓マヒだって?」

「みたいだ。でも、俺も詳しくは…。」

そこから互いの近況などの情報を交換し

また近いうちに、と家の前で分かれた。

「ただいまぁ!!」

奥からオフクロが出て来た。

「よく…よく帰ってきてくれたわね。」

…顔色が悪い。

「オフクロ、大丈夫か!?」

「あぁ、大丈夫だぁ。」

大丈夫な訳がない。夫に先立たれたんだ。心労もピークだろう。

「俺が帰ってきたんだ、心配すな!!」

「…一郎、帰ったんかぁ?」

オフクロの後から婆ちゃんが出て来た。

もう90を越えて、かなりボケが進んでいるようだ。

俺とオヤジを間違えてる。

「婆ちゃん、俺は孫の八郎だよぉ。」

「そかそかぁ、商売はどんな具合だぁ?」

…耳も遠くなってる。面倒になった俺はニコニコ笑いながら頷いた。

婆ちゃんも、それで満足したのか

ニコニコ笑いながら奥へヨチヨチと戻って行った。

「さ、入って!! あんたの部屋はそのままだよ。」

ここ何年か帰省していなかった俺は、自分の部屋に入った途端

まるでタイムスリップしたような

目眩に近い感覚に襲われて少しふらついた。

すぐ体勢を整えると、ゆっくり自分の部屋を見回す。

当たり前だけど…何一つ変わってない。

変化の無い田舎暮らし

その変化の無さにイヤケが差して東京に強引に就職したんだっけか。

「…ん?」

部屋の真ん中に真ん丸な物がポツンと置いてある。

手に取ってみる。…かなり古びた…手鞠? なんで俺の部屋に?

まぁ多分、婆ちゃんだな。

俺は手鞠を持つと、居間にいる婆ちゃんの所へ向かった。

「婆ちゃん。はい、これ」

手鞠を渡すと、婆ちゃんは一瞬キョトンと手鞠を見ていたが

しがらくして、嬉しそうに歯の無い口で笑いながら

両手で手鞠を持つと、上下にゆるゆると振りながら手鞠歌を歌い出した。

「てんてんてんまり てんてまり てんてんてまりの 手がそれてぇ」

婆ちゃんが、まだ子供の頃に遊ぶ時歌ってたのかなぁ。

それにしても嬉しそうで、俺もつられて笑っていた。

「どこから どこまでとんでったぁ
 
垣根をこぉえて 屋根こえてぇ

表の通りへ とぉ〜んでったぁ とんでったぁ」

しかし、子供の頃に刷り込んだ記憶ってのは凄いなぁ。

もう相当ボケてるってのに、こんなにハッキリと歌詞が出て来るなんてなぁ。

感心しながら婆ちゃんの相手をしていると、オフクロが入ってきた。

一瞬、俺と婆ちゃんを見てギョッとした顔をした。

…いや、俺と婆ちゃんじゃなく…婆ちゃんの持ってる

手鞠をみて、オフクロの顔色が変わったんだ。


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