でびノート(10)

創作の怖い話 File.56



投稿者 でび一星人 様





全身汗だくだった。

…夢。

阿部の夢…。

妙にリアルな夢だった…。

…くそぅ…一体何なんだあの夢は…。

…ん?

というか…ここはどこだ…?

…なぜオレはこんな所で寝ていたんだ…?

シャーッ。

と、突然、オレの周りを覆っているカーテンが開かれた。

「よ…よう」

開かれたカーテンの先から、【稲生 隆二(いのう りゅうじ)】が現れた。

稲生は、いつも阿部に引っ付いていた二人いる舎弟の片方だ。

「…稲生…ここは?」

「…あぁ…ここは保健室だ。

…オマエ…あの後、泡吹いて気失ったからさ…。

【宇田部】と一緒に運んで来たんだ」

【宇田部】とは、お察しの通り阿部の舎弟のもう一方だ。

「…宇田部と…。

そ…そっか…」

オレは、気を失う前の事を思い出してみた。

…阿部がオレに人参を突き刺そうとして…

…そしてその後…

…その後…阿部の体が宙を舞って…三階の金網に…。

「な…なぁ稲生…。

…オレ…どっからどこまでが夢だか…いまいちハッキリしないんだけど…。

…阿部って…体が宙に舞ったよな…?」

少しの間をあけ、稲生はコクリと頷いた。

「…そうか…。

じゃあ、やっぱりあれは夢じゃなかったのか…。

…ん?

そ、そうだ。

阿部は?

阿部はどうなったの?」

「…阿部は…命は取り留めたみたいだ。

…でも…もう、両腕は元には戻らないらしい。

…人間の力では不可能なくらい、めちゃくちゃな状態になって金網に絡まってたからな…」

「…そ…そっか…

うぐ…」

オレはとっさにゴミバコを拾い上げ、そこに顔をうずめた。

「ウゲェェェ…オエェェェ…」

…阿部の、ズタズタになった腕…。

頭の中で、映像が鮮明に蘇った。

ぐちゃぐちゃになった…あの赤い肉と骨と皮…。

思い出すと、胃からすっぱいものがこみ上げた。

「…き、汚ったねぇなマーガリン…」

「はぁ…はぁ…ご…ごめん…」

「…ま、まぁ、時間が無いから、裏口あわせの内容だけ、とっとと伝えとくぞ」

鼻を摘みながら稲生が言った。

「…裏口?」

「…あぁ。

…刑事がよ。今、色々と生徒に聞いてんだわ。

【阿部をあんなふうにした犯人】を探してな。

…まあ、あそこまでウデをグチャグチャに出来るのは、子供には無理だと睨んでるみたいだから、

オレらに事情聴取するのは、犯人らしい大人を見かけたかどうかって内容だとは思うが、

…ホラ、オレらよ。

言ったら、最後まで阿部と一緒に居たワケだろ?」

…最後まで阿部と…。

…そうか…。

たしかに…オレとコイツら阿部の舎弟は、最後まで阿部と一緒にいた…。

…警察に、阿部がああなった時、どこで何してたかと聞かれたら、何と答える…?

『阿部が突然宙を舞い、ああなりました』…って答えるか…?

…信じるワケない…。

…というかむしろ、そんな事言ったらあらぬ疑いをかけられる危険も…。

「…マーガリン。

今、宇田部の奴が聴取受けてんだわ。

…でも安心しろ。

既に、アイツとオレは裏口を合わせてある。

阿部がああなった時、オレと宇田部とマーガリンは、

【三人で】あの場所で絵を描くところを探していました…とな」

「…三人で…」

「あぁそうだ。

まあ、あの一瞬で阿部が三階の金網まで飛ばされるなんて事は、現実では不可能だ。

…それに実際、オレ達四人はあの場所にずっと居た。

警察も、別にそれ以上は疑ったりしないだろう。

…と、いうワケだ。

いいなマーガリン?

オレ達は三人であの場所に居た。

阿部は知らない。

途中まで阿部も一緒だったが、知らない間にはぐれた。

…わかったな?」

…オレはゆっくりと頷いた。

「…さ、そろそろ宇田部の事情聴取も終わるだろう。

自然に答えるんだぞ。自然にな」

「あ…あぁ…。

…あっ、あのさ」

「ん?何だ?」

「稲生は…阿部が宙を舞った事とか…手がぐしゃぐしゃになった事とか…。

…信じるのかよ…。

…一体どういう現象なんだよ…アレ…」

オレの言葉を聞く稲生の体は小さく震えている。

…平静を装ってはいるが、やはり稲生もあの光景は怖かったのだろう。

「…し…信じるも何も…。

…目の前で実際に起っちまった事だろうが…。

…それも、オレだけじゃなく、宇田部やオマエも、おもいっきり目撃しちまってる…。

…信じないってほうが不自然だ…」

「た…たしかに…」

「…とにかく、

事情聴取は、さっきの通り上手く言えよ…。


…あと…この事は三人だけの秘密だからな…。

…もし、誰かに漏れたら…下手したら警察に疑われるかもしれねえからよ」

「…わ…わかった…」

その後、

保健室を出たオレと稲生は、順番に事情聴取を受けた。

オレは稲生の指示通り、【あの場所には三人で居た。

その後無残な阿部の姿を遠くから見つけて、気分が悪くなって気を失った】と話した。

警察は特にオレを疑うようでもなく、軽いお礼を言った後、他の生徒にも色々聴取していた。

阿部をあんな姿にした凶悪犯が隠れているかも知れないとの事から、

この日の授業は中止となり、昼食を取った後、全校生徒は体育館に集められた。

そこで先生から聞いた話では、

阿部は腕だけでは無く、精神を煩ってしまい、自分が誰なのかもわからない状態になってしまったらしい。

「…阿部の奴…じゃあもう、学校には戻ってこれねえかもな…」

オレの近くに座る稲生がボソリと呟いた。

体育館で集会が行われた後、

この日は全校生徒、皆すぐに帰宅する事となった。

阿部の事を知らない大半の生徒は、早く帰れる事がうれしいのだろう。

表情がほころんでいる生徒が沢山居た。

…オレも、早く帰れる事は嬉しいのだが、

当然の事ながら、心にひっかかるものが邪魔をして気分が冴えない。

門を出る。

…さすがに今日は、筒井も「バレーボールやらない?」とは声をかけて来なかった。

門をでてしばらく歩き、後ろを振り返る。

…阿部は居ない。

帰り道、後ろを気にするのがどうやら癖になってしまっているようだ。

急に現われた阿部が、いきなりラリアットをしてくるかもしれない恐怖心…。

…今日からは…そんな恐怖を味あわなくて済む…。

…でも…素直に喜んでもいいのか…?

…阿部…。

…なんでだろう。

オレは…オレの生活にとって大きな癌である阿部を排除した。

…排除したはずなのに…心が冴えない…。

…これからオレには平和な日々が訪れるはずなのに…何なんだろう…この胸の痞えは…。

そんな事を考えながら、オレはトボトボと帰り道を歩いた。

…そして川辺に差し掛かった時、あのオジサンの店が目に入った。

…まだ、今日は時間も早い。

そう思ったオレの足は、自然とオジサンの店へと向かっていた。

「Zzz…Zzz…パチン!

…はっ!

い…いらっしゃ…

…何だ。ボウヤかぁ…」

「ど、どうも」

店に入ると、番台で居眠りをしていたオジサンが起きた。

「…」

「ん?どうしたボウヤ?暗い顔して」

「…ええ…まあ…」

「…ふむ…ま、そこ座りな。お茶でも煎れてあげるから」

「…はい…いつもすいません…」

椅子に座り、オジサンが煎れてくれたおいしいお茶を飲むと少し落ち着いた。

「…ふぅ…。いつもすいません、オジサン」

「ハハハ。気にする事ないよ。

…それより、ボウヤ、何かあったんだろ?

よければオジサンに話してみな」

「…」

オレは戸惑った。

…でびノートに書いて…阿部はその通りになった。

…でも…その事は稲生と宇田部とオレの、三人の秘密だ(でびノートの事はオレ意外は知らないけど…)

「…はは〜ん。ボウヤさては…使ったね。

    …でびノート」

…ギクリ…。

僕の目はまんまるに見開いていただろう。

「ホラ、図星だ。

ハッハッハ。

そうか。試したのか。

で、どうだった?すごかったろ?」

…バレた…完全に…。

「…ね。

何もやらずに否定するってのは良くない事だったろ?

…信じずに、あのノートを使わなければ、何も起こらなかったワケだよ」

「…」

「ボウヤは、信じた事により新たな事実を知る事が出来た。

これは大きな事だよ!

願いはあと29個叶えられる。

29個もだよ?

ウハウハだろぉ。

ハハハハハ」



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