でびノート(11)

創作の怖い話 File.57



投稿者 でび一星人 様





「…」

「…ん?

しかし、何でそんなに元気が無いんだい?

今までそのノートを使った人は、皆爽快な笑顔ばかりだったのに…。

…ボウヤ、どんな願いを書いたんだい?

一発目から、まさかそんなに大きな事は書かないだろぉ」

「…人…の…両腕をもいじゃいました…。

…オレを…ずっといじめてた奴の…」

「…ォゥ…。りょ…両腕を…。

…そ…そいつはハードだな…」

「…」

…オジサンに…打ち明けてしまった…。

…でも…ちょっとこれは無理だった…オレ一人で抱え込み続けたら…心が壊れそうだったから…。

「…そ、そうか…。

…うん…。

うんうん…。

それも、良いと思うよ。

うん…」

「…良いと思うって…

…気休めですか?」

「…いやいや、気休めなんかじゃないよ」

「…じゃあ…人の腕をもいで…良いと思うって…。

…それって正しいんですか…?」

「ふむ…。

そんな事言うって事は、

ボウヤは、正しい事をしたとは思っていないワケかい?」

「…正しい事…。

…正しいワケ…無いじゃないですか…。

…人の両腕をもぐなんて…」

「…そうか…正しくない事をしたワケだ…

正しくないと知っていて…やったワケだ…」

「や…やったって…。

…僕は、ただ単にでびノートに書いただけで…」

「でびノートに書いた…。

…【そうなればいいな】と思って…書いたんじゃないのかい?」

「…そ…それは…」

「…ふむ。

…まあ、ボウヤ、そんなに気にしなさんな。

まだボウヤは若いからわからんだろうが、

世の中の大人は、多かれ少なかれ罪悪感を抱えて生きているものなんだよ」

「…罪悪感…?」

「そう。罪悪感だ。

『悪い事をした』『あの時なんであんな事を…』『あの過去を消したい…』

…一つも罪悪感の無い大人なんて居るだろうか?

…きっと居ないと思うね。

もし居たとしても、それはまだ気付いて居ないだけさ。

…歳を取る過程で、そのうち気付くんだよ。

自分の犯してきた罪が鎖となり、心を縛り付けている現実をね」

「罪…心…鎖…」

「…ボウヤ、乗り越えな。

その罪悪感を乗り越えるんだ。

ソレは生きていれば、必ず現われる壁だ。

そこで立ち止まって、一生うずくまったまま生きる人間も居る。

ソレと向き合い、前を向いて生きていく人間も居る。

人生は一回だ。

勿体無くないかい?

立ち止まった時間って。

一生は、長いようで実は限られている。

始まりから終わりまでの時間は永遠では無い。

ただ長いから把握できないだけで、無限じゃないから消費してしまえば終わりが来る。

…不思議だよねぇ。人間って。

同じ一万円でも、

所持金が1万3千円の時の一万円は大事に使うのに、

所持金が一億円の時の1万円は少なからず無駄遣いしてしまう。

同じ1万円なのにねぇ…」

…あいかわらず…オジサンはなんだか良い事を言う…。

…今日も、僕の心に響いてきた。

…ただ、今日のオジサンの話には、一言だけ言っておかねばならない事がある…。

オレは顔をあげ、おじさんの目を見つめながら言う。

「オジサン…途中から、話が逸れとるがな」

おじさんの店を出て、オレはトボトボと帰路についた。

…心が冴えない…。

罪悪感…。

…阿部は…おれのせいで…。

考えれば考えるほど、オレの心を縛る鎖が多くなっていくようだ…。

ガチャッ。

「…ただいま…」

…返事なし。

当たり前か。

父さんはまだ仕事だし。

いつもより早く家に着いたオレは、まだ夕飯の支度をしなくても良い少しの開放感の中、自分の部屋に入った。

「…でびノート…」

部屋に入り、真っ先にオレの目に入ってきたのは【でびノート】だった。

…たしかに、朝カバンの中で見たはずなのに…。

ノートはの上の真ん中に、歪みなくきれいに置かれていた。

オレはゆっくりとノートに近付き、最初のページを見る。

「…な…これは…」

でびノートの最初のページ。

阿部の腕がもげる事を書いたページの左隅の下方に、

真っ赤な不気味な文字で【済】という文字。

「…なんだこのハンコみたいなのは…。オレ…絶対にこんなの書いてない…もしや…」

オレは部屋を見渡す。

窓の鍵…開いてない…。

オレは泥棒が入ったのかと思い、家の窓やドアを全て確認した。

…しかし戸締りはしっかり出来ている。

…もしや、誰かが合鍵か何かを作って侵入?

…いやまさかそんな。

オレは部屋に戻り、再度でびノートを見る。

…でびノート…。

…このノートに書いた事は本当になった…。

…しかも、現実にはありえないような方法が…。

…このノートが本物なのはわかった…。

…ただ…。

…このノートは、神が創ったのか…?

…それとも悪魔が…。

オレはノートをパタンと閉じ、鍵のついた引き出しに仕舞った。

鍵を閉めた手が震えている…。

…でびノート…。

阿部の惨劇…。

オレは怖くなった。

たしかにこのノートは…オレを救ってくれた。

明日から、もう阿部にイジメられる事もないだろう…。

…その安堵で落ち着いた心の中で、今度は怖さが増殖し始めた。

… 恐 怖 は 増 殖 す る … 

「…でびノート…ありがとう…ありがとう…でも…

…もう…オマエを使う事は無いだろう…」

オレは引き出しの鍵をゴミバコに捨てた。

…もう、一生この引き出しを開く事は無いだろうから…

阿部には本当に悪い事をしたと思う。

…でも、阿部がもしオレをイジメなければ、阿部はこんな事にはなっていなかっただろう。

自業自得。

きっとそうだ…きっと…きっと…。

そうとでも思わなければ…オレは罪悪感やら恐怖やらで持たないだろう…。

          ―翌日ー

オレは普通に登校した。

登校中、周りからはチラホラ阿部の話題が聞えてきた。

オレはなるべくそれらを聞かないように真っ直ぐ教室へと向った。

…もう、今日から阿部にイジメられる事は無い。

こんな時にあれだが、正直大きな喜びだ。

ガラガラガラ…。

教室の扉を開き、自分の席へと向う。

…!

足が止まった。

オレの机の上は、マジックで書いたであろう落書きで埋め尽くされていた。

【死ね!】【不細工】【死に損ない】【オマエも腕が千切れろ!】【ガリガリ】
【バカ】【カス】…etc…。

…なんで…阿部はもう…学校に来れないはずなのに…なんで…。

「…よう。マーガリン」

…はっ。

後ろから声が聞えたので、オレは振り返る。

「い…稲生…宇田部…」

後ろには、ニヤニヤと笑う、阿部の舎弟だった稲生と宇田部が立っていた。

「どうしたんだよマーガリン?早く席に着けよ」

「ステキな席だなぁ。はっはっは」

…オレのイジメは…終わらないのか…?

             阿部が居なくなって…終わるんじゃぁなかったのか…?

   …なんで…なんでオレばかりが…。

その日から、オレへ対するイジメは更に酷くなった。

オレの敵は…阿部一人ではなかった…。

(完)



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