ハンナの合図

創作の怖い話 File.4



投稿者 98 様





私は東京の渋谷に比較的理想に近い物件を見つけ、引っ越すとすぐにペットを飼いたくなったんです。

といいますか、それまで住んでいた家がペット禁止だった事もあったので

どちらかと言うと動物を飼う為に引越したようなものなんですけどね。

私はパピヨンが凄く好きで、

部屋の片付けも落ち着くとすぐに原宿やら六本木のペットショップに向かいました。すると………

居すぎ(笑)もう可愛いパピヨンが居すぎて、

どの子にしようか迷った私はすぐには決めずに いったん家に帰る事にしました。

その日は朝から良く晴れていたのですが、帰り道では急な夕立ちに合い 私はもうずぶ濡れでした。

マンションの入口まで来ると、どこからか犬の鳴き声が聞こえて来ました。

それはキュンキュンと何かを求めているような、可愛いらしい…というか淋しそうな声で、、

私はこの日ペットショップで散々犬の鳴き声を聞いていましたので、

何かそんな声が耳にこびりついた事での空耳かなあ…などと思い

いったん部屋に帰ったのですが 窓を開けると やはり何処かから鳴き声が聞こえてきました。

私の部屋は一階で、窓からはマンションの裏庭が見えるのですが、どうもそこから聞こえて来るようなんです。

気になった私は傘をさして外に出て 裏庭の辺りを良く見ると、一匹の柴犬が雨に濡れていました。

迷子???と思い、近付くと人慣れしていて首輪も着いていました

雨は一層強くなって来ていて、

とにかくこのままでは可哀相なのでマンションの入口の屋根があるところまで連れて行き、

私はすぐにタオルをとりに行って、身体を拭いてあげていると、

ずいぶんと気持ち良さそうな表情でじゃれついて来たので

なんだか、のん気なもんだな…と笑ってしまいました。なんなら「柴犬もイイなあ」なんて。

そんな事を思いながらも、とりあえず飼い主が捜しているだろうから、

私はどのようにしたら最速に解決出来るかを考えていました

すると手掛かりは すぐにやって来ました。

同じマンションの二階に住む方がちょうど帰って来られて

「これ伊藤さんちの柴じゃない?」って

伊藤さんとは うちの部屋の隣り、つまり私の隣人でした。

私は引っ越して来た時にこの「伊藤さん」に何度か挨拶に行ったんですが、

いつもご不在で 結局挨拶も出来ないままでした。

とりあえず二階の方と一緒に、すぐにその伊藤さんの部屋の前に行き、

インターホンを鳴らしてみたのですが、応答はありませんでした。

その時、このワンコの様子が急に変わったんです。激しく伊藤さんの部屋のドアに飛び付くんですよ

それを見た二階の方は「ああ間違いない。帰ろうとしてるのよ」って。

とにかく伊藤さんの家のワンコで間違いないと言う事がわかり、ひと安心ではありました。

後はなかなか会えない伊藤さんとのタイミングです。

私はちょっとこの伊藤さんについて、どんな人なのか二階の人に聞いてみました。

すると1年くらい前にこのマンションに引越して来た30代くらいの男性で、

とても気さくで明るい方らしいのですが、

「ちょっと色々ある方でね……」と付け加えられて

何かあったらしく ある時から 一気にふさぎ込んでしまって

それからというもの、たまに見かけて挨拶をしても全く返事を返して来なくなったようなんです。

私はその時(だから、挨拶にいっても応答がないのかなあ…)などと勝手に想像してしまいました。

さらに、その「ちょっと色々……」が気になって、まあ野次馬根性で何があったのか尋ねてみると

二階の人は何か言葉を選ぶような感じで「女性問題」だと言う事を教えてくれました。

どうやら、お付き合いされていた女性が自殺されてしまったそうなんです。

内容が内容なのでそれ以上聞くのはやめておきました。

とにかく今は、部屋からの応答は無く、ワンコは淋しがっています。

散歩の最中に逃げたのなら、伊藤さんは今頃雨の中を捜しているでしょうし、

実は部屋の中に居て、

人とはあまり話されたくない状態で居留守されているとしてもワンコの事では困っているだろうし…

私はしばらくその場で待っていたのですが、とりあえず、いったんワンコを預かり、

この状況をメモに書いて伊藤さんの部屋のドアに貼っておく事にしました

なんとなく、その状況ではそれがベストかと思えたんですよね。

で、ワンコを部屋に入れた私は、とりあえず濡れた上着を、部屋干ししようかとハンガーに掛けてから

裏庭が良く見えるように窓を開け 雨の中でワンコを捜す人影が無いか見張るようにしていました。

ワンコ自体は部屋の中で尻尾を振ってピョンピョン飛んだりしていたんですが、

良く見ると ハンガーに掛けた私の上着に飛び付こうとしているんです。

その動きがあまりに激しいので、

私は何か上着に匂いでも付いているのかと思ったのですが、良くわかりませんでした。

でも、ワンコはハンガーに掛けた上着と私を交互に見ながら、

上着に飛び付く動作を全く止めないので 妙な感じがしてきました。

そのうちに 私の掛けた上着に向かって激しく吠えはじめてたまに私の方に来たかと思うと、

またすぐに上着の下に戻り、飛び付く動作をやめないんです。

その時です。

「ハナ…」

という男性の声が聞こえたんです。するとワンコはピタリと静かになりました。

私はドキッとしましたよ。

窓の外から聞こえて来たのかな…伊藤さんかな?と思って裏庭を見たのですが誰もいません。

すると、もう一度

「ハナ…」と

今度は明らかに、私の部屋の中でその声がしたんです。今度は女性の声でした

私はこの時、何か凄く嫌な予感がしました

その声は 何て言うか…このワンコを呼ぶように聞こえるんですよ

ワンコの視線は相変わらず私の上着に向けられていて

私もつい同じように 部屋に掛かっている上着を見ていたんですが…

何て言うか…

皆さんも、今もし、自分の近くに洋服が掛かっていたりしたら、

ちょっと眺めてみてください。

人が ぶら下がっているように見えませんか?

私はこの時、何かハッとした感じになって「裏庭」から見える自分の部屋を思い出し、

さらに、その隣りには 伊藤さんの部屋も…

気付くと私はベランダを飛び越えて雨の中、裏庭に出ていました

伊藤さんの部屋は少し、木の影に隠れるような感じであるのですが、それでも、

閉じられたカーテンの隙間から、

部屋の中でぶら下がっている伊藤さんがよく見えました。

結局、私がこの首吊り自殺の第一発見者となり警察に連絡すると、

騒ぎを知ったマンションの住人や 近所の方もだんだんと出てきて、

皆悲しそうな、また、どこかうんざりした様な表情をしていました。

どうやら このマンションでの自殺は これで二人目だったらしいのです

もう一人は 、今私が住んでる部屋で、自殺されている事がわかり、

それが伊藤さんの彼女でした。

二階の人は、おそらく私に気をつかって、その事を言わなかったんでしょう

ワンコの名前はハナでは無く「ハンナ」でした。

伊藤さんの部屋は締め切った状態だったので、

恐らく自殺される前に外に捨てたんじゃないかと思われています。

ハンナはずっと裏庭から

部屋の中でぶら下がっている伊藤さんを見ていたのでしょうか。

そしてそれを伝えたかったのでしょうか。私にはわかりません

声の正体は…………

ハンナは伊藤さんのご家族が引き取っています

私はすぐに新宿に引越して、ペットは柴犬にしました

でも名前は「パピヨン」です。

部屋の中には、なるべく服を掛けないようにしています。




★→この怖い話を評価する



[怖い話]


[創作の怖い話]

[PR]消防士ヘッドライト