飛び降りる(1)

創作の怖い話 File.242



投稿者 でび一星人 様





こんばんは。

ストーリーテラーのでび一番です。

 さて。

皆さんは、何かに追い詰められた事、ありますか?

きっと一度はあると思います。

 本当にトコトン追い詰められた人間の最終手段

知ってますか?

 【窮鼠猫を噛む】という言葉がありますが、
それはまだトコトンの前の段階。

本当に追い詰められた人間は逃げます。

逃げ道がもしなかったとしたら?

・・・それでも逃げる手段をとるでしょう。


今宵の主人公のこの男も、その逃げる手段を使おうとしているようです・・・。


それではどうぞ・・・


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜^


 一段・・

一段・・・

オレは階段を上る。


頬を涙が伝った。

何でだろう・・・。

何でこうなってしまったんだろう・・・。おれの人生・・・。


ガチャッ

屋上へと続くドアを開いた。

こんな辛い日なのに、太陽はとても眩しく辺りを照らす。

きっとおれの事なんて知ったこっちゃないんだろうな。



おれはゆっくりと屋上の柵をまたいだ。


下を見ると、小さい人や車が沢山行きかっている。

きっとそれぞれの人生で、それぞれの悩みを抱え、それぞれの楽しみを見つけて生きているんだろう。


風が吹く。

足が震えた。


「・・・8階って、けっこう高いな。」


 オレは目を瞑り、柵を持つ手の力を緩める。

体が空中へと傾く。


さようなら・・・。 この世・・・。

おれの体は完全に宙に包まれた。




・・・

・・・

・・・


どうした事か。

なかなか地面に到達しない。

おれはゆっくりと目を開けた。


目の前には、逆さまのマンションの窓が映った。


その景色が、ゆっくりゆっくりと、下へ下へとスクロールされる。


「こういう事って・・・本当にあるんだな・・・。」


驚いた。

オレは今、ゆっくりゆっくりと、下へ落ちている。


事故に遭って死ぬ間際には、時間がスローモーションに感じるとかなんとか昔何かの本で読んだ事があった。


そういう事が本当にあるんだなと関心した。

でも、関係ない。

サイは既に投げられた。

遅かろうが早かろうが、おれは死ぬ。

この身が地面に到達した時に全ては終わるんだ。



 オレは再び目を閉じた。

ゆっくりゆっくりと、

地面に向かう感覚に包まれながら、

どうしてこうなったかを時間潰しに思い返す事にした。




 ・・・高校三年の夏

あの頃のオレは輝いていた。

夏の甲子園。

5番キャッチャーとして、あの甲子園で準決勝まで勝ち進んだ。

4番でピッチャーの牧田とは小学校からの幼なじみ。

12年間ずっとバッテリーを組んでいて、お互いの事を知り尽くした親友だった。


 結局準決勝でサヨナラ負けを喫してしまったんだが、

その後牧田は大学に進み、

おれは就職し社会人野球に。

お互いそこそこのチームに入り、野球を続けれる事になった。

その後もお互い切磋琢磨し、プロのスカウトも注目までは行かないが、

多少は気に留めてくれるくらいのレベルにはなっていたと思う。


 社会人に進んで三年目の事だった。


アキレスケン断裂。

オレは野球の出来ない体になってしまった。

21歳にして、目の前の進むべき道を失った。


元々野球で入った会社の対応は冷たいものだった。

仕事がバリバリ出来るわけでもなく、

上手い具合に退社のレールに乗せられたんだろう。

22歳の頃に会社を辞める事になった。


絶望

  孤独


 そんな塞ぎこんだオレに、一筋の光が差した。


高校時代、野球部のマネージャーをしていた晴美との再会だった。


晴美はデパートの惣菜屋で働いていた。


晴美の紹介で、オレもそのデパートで働かせてもらえる事になった。


思いっきり走ったりが出来ないくらいで、一般人より全然身体能力のあるおれは、搬送等の仕事で重宝された。

 こういう仕事も良いもんだな・・・。 と思った。


一年が過ぎた。

晴美とオレは、自然の成り行きというのだろうか、恋に落ちていた。

お互いがお互いを必要とし、

理由もなく幸せを感じる。


一度は真っ暗になった未来が、晴美という存在によって、また新しく開けたんだ。


その翌年、おれと晴美は結婚した。


「おめでとう。まさか君達がな。」

結婚式で、高校時代にバッテリーを組んでいた牧田が笑顔でオレに言たのをハッキリと思い出す。


 本当に幸せだった。


本当に。 本当に・・・。



 オレと晴美は、このマンションに住む事になった。

2人だけで住む部屋。

これから、一人二人と増えるかも知れない。

そんな未来を想像すると、自然に笑顔がこぼれる。


 しかし、人生というのはトラブルがつきものだ。

務めていたデパートの経営状態が悪化した。

悪化だけならまだいいが、瞬く間に倒産寸前まで行ってしまった。


 そして親会社が外資系の会社になった。


ノルマの悪化

  サービス残業の増加


 利益優先の社風


まず体調をやられ、それにつられて精神面も参っていった。


「だいじょうぶ?」

専業主婦となった晴美はいつも心配してくれる。

おれは笑顔で「平気平気。」と答える。

ここで負けてはダメだ。

晴美は・・晴美は必ず守らなければならない。


しかしそんなオレの思いも虚しく、



リストラ


おれは25という若さでその餌食となった。


昼前の11時。

荷物を整理し、おれは帰路についた。


いつもは暗くなるまで帰る事のなかったこの道を、


今日は落ち込んだ気持とは裏腹に太陽が照らす。


不思議な感覚だった。


 「・・・ただいま・・・。」

玄関を開けた。

晴美はまさかオレがこんなに早く帰ってくるとは思ってもいないだろう。

おれは全て素直に話すつもりでいた。


ふと玄関を見ると、見慣れない靴があるのに気付いた。

大きな皮靴。


誰だろう?

不思議に思いながらも、おれは部屋に向かう。


台所にも、居間にも晴美は見当たらなかった。

オレは奥にある寝室の扉を開けた。




・・・信じられない光景が目に飛び込んできた。


晴美が居た。

そして、高校時代バッテリーを組んでいた牧田もそこに居た。





2人とも裸だった。


おれと目が合った晴美は慌ててこっちに向かってきて、

「・・ち、違うの、違うのよ!」

と必死に弁明しようとしていた。


どう違うというのか・・・。



おれは晴美の股からこぼれ出る、牧田のものであろう白い液体を目にし、全てが嫌になった。


「近づくな!」


そう叫んでおれは部屋を飛び出した。


そして屋上への階段を一歩一歩上る。


 最後の・・・


オレの一番信頼していた晴美が、


 こんな裏切りをしていたなんて・・・。


もうなにもかもが嫌になった。


部屋がある二階から、屋上の八階まで数分くらいかかっただろうか。


その間頭の中は色んなものが渦巻いていた・・・。






  
  そしておれは飛び降りた。








・・・そんな事を思い出した後、目を開ける。


依然として景色はゆっくりとスクロールしている。


一体いつになれば地面にたどり着くのだろう?


まだ、飛び降りる直前まで捕まっていた柵から三メートルも離れていない。


『あ〜あ。 飛び降りちゃったかぁ。』

その時、耳元で声が聞こえた。

「・・・誰だ?」

そう聞き返すも、姿はどこにも見えない。

『フフ。 僕が誰だかわからないか。 まあ、君が地面に到着する頃にはわかるよ・・・。』

声の主はうっすらと笑ったような声でそう言った。

 一体誰なんだ・・・でも、まあいい。

今から地面に到着するまで、こんなワケのわからない存在でも話し相手になってくれれば少しは気が紛れる。


「一つ聞きたいんだが、なぜこんなにも時がゆっくり流れるんだ?」


おれは声の主に疑問を投げかけた。

『フフ。気になるかい? これは周りの時間がゆっくりになったワケじゃない。 

君の時間が早く流れているんだよ。 恐ろしくね。』

「オレに流れる時間?」

『そう。 君は本来よりも早く命を絶つ訳だ。 その分の時間を、まとめて頂いてる・・・って感じかな。』


よく意味が解らなかったが、おそらく理解出来ないだろうからこれ以上聞くのは辞めておいた。


『それより、君さ。 世の中には辛い人は沢山いるんだよ? なんでそんなに簡単に命を捨てるんだい?』

声の主が聞いてきたのでオレは、

「・・・アンタに、おれの辛さがわかるかよ・・・。」

と答えた。


『アハハ・・。たしかに。 これはすまない事を言ってしまった。

 しかしね、君も辛いんだろうが、ほら、目の前の窓を見てごらん。』


言われたので、窓を見ると、部屋の中には子供が一人、テレビゲームをしていた。

「・・・この子が、一体どうしたというんだ?」

『フフ。この子はね。 3歳の頃両親が離婚して、母方についていったんだ。

その母方が再婚した相手って言うのが、凄い暴力亭主でね〜。

一週間前かな。

とうとう母は暴力に耐えかねて、家をとびだした。

つまり、今この子は、本当の父でもない男の暴力に耐えながら、日々生きているんだよ。

この子の選択肢には、まだ【死】という逃げ道は無い。

耐えてるんだよね。

君は、この子より辛い事があったのかい?』


半そで半パンから出ている子供の両手両足には、無数の痣があった。


「・・・・」


おれは言葉が返せなかった。

・・・しかし、辛さの種類が違うだろう。

比べようが無い・・・。


そんな話をしながらも、ゆっくりと景色は下へ進んで行き、七階の部屋の子供は見えなくなった。


『フフフ。 辛い人は、世の中まだいっぱいいる。 次は六階だね・・・。』


この声の主は、一体オレに何を伝えようとしているのだろうか・・・。



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