飛び降りる(2)

創作の怖い話 File.243



投稿者 でび一星人 様





ゆっくりと、ゆっくりと

オレは落ちて行く。

八階建てのマンションの屋上から飛び降りて、どのくらいの時間が経ったろうか。

世間の時間は、1秒も経っちゃいないんだろうが・・・。


 六階の部屋が見えてきた。

30代後半くらいだろうか?

女の人が上機嫌そうに、部屋に掃除機をかけていた。

『彼女も、幸せそうに見えて実は不幸な人なんだよ。』


声の主はまた語りかける。

「・・・どこがどう不幸なんだ?まったくそうは見えないが・・・。」

『フフ。そう。 まったくそうは見えないんだ。 そして彼女自身、自分の不幸に気付いていない。』

「・・どういう意味だ?」


『彼女の旦那は、某有名一流企業の重役。

まだ30代半ばという若さでその地位を手にいれた。

頭も切れるし、人望も厚い理想の旦那だろうな。

 彼女もまた、それなりの大学をそれなりの成績で卒業して、その旦那と結ばれた。

誰もがうらやむような理想の夫婦だ。』


「・・・良い事じゃないか・・・。 実に幸せそうだ。 どこが不幸なんだ?」


『フフフ。まあまあ、話は最後まで聞きなよ。

彼女の旦那はね。 浮気をしている。

もちろん彼女はそれを知らない。

彼女は真面目に働き出世していく旦那を心から愛し、

そして心から尽くしているんだよ。』

「・・浮気・・・か・・。オレは許せないが、世間ではそう珍しい事じゃあ無いだろう?」


『うん。たしかに珍しい事ではない。

だがね、彼女の旦那は、浮気相手の女性を養うために会社のお金に手を出しているんだよ。

そればかりじゃない。

あらゆる所からお金を借りていてね。

その保証人には、ほら。

その幸せそうな顔で、部屋に掃除機をかけている奥さんの名前が勝手に使われているんだよ。』

「・・・何だって・・・。」


『フフ。時間の問題さ。 男はもうすぐ逃げる。

すべてを捨てて、他の女とね。


その時に、

この奥さんは、笑顔のままでいられると思うかい?


 実は不幸に片足を踏み入れているのに、それに気付かずに幸せを感じている。


それって、不幸だと思わないかい?」




・・・また、おれは何も言い返せなかった。

不幸に気付かない不幸。

目に見えない不幸。

これは、おれのように目に見えてしまった不幸より大きいものなんだろうか?

だんだん不幸という意味が解らなくなって来る・・・。

五階



おじいさんが、部屋の真ん中で仰向けに寝そべっていた。

『そのおじいさん、幸せそうに見えるか?


その人はね、若い頃から不幸を避けて生きて来たんだよ。

極力無駄使いはせず、

極力危ない橋は渡らず、

極力人との接触を避けて・・・ね。

おかげでその歳まで、大した不幸も無く、無事に生きてこれたんだよ。

・・・でもね、不幸も無かったが。幸福という幸福は無かったのかもしれない。

 ただ生きて、ただ飯を食い、ただ寝て起きる。

そういう人生を送ったんだ。


君はそれが、本当に幸せと思うかい?』


 オレはおじいさんの顔を見ながら考えた。

おじいさんの顔は、得に不幸な感じでもなく、かといって幸せそうな感じでもなかった。

ただ、【生きているだけ】という顔だった。


「・・・よく解らないが・・・不幸が無く、幸せも無いという事は・・・

 【不幸では無い】ともとれるし、【幸せでは無い】ともとれるような気がするな・・・。」


『お。 ようやく君のきちんとした意見が聞けたね。 

なるほど。

まあそのおじいさんが幸せだったか不幸だったかなんてどちらでもいい。

君がおじいさんを見てどう感じるかが大切だ。

さあ、次は四階だ。』

・・・何なんだ・・・。

一体何なんだ・・・。


オレは不幸を感じ、このマンションから飛び降りた・・・。

でも、これは一体何なんだ?


不幸な人間は・・・。こんなに沢山いるのか?

オレの他にもこんなに居るのか?


・・・だが・・・。

晴美にまで裏切られた俺には、やはり生きる気力は無い。

これでよかったんだ。 これで・・・。





四階





四階の部屋では、男の子と女の子が台所で料理を作っていた。



『彼らに母は居ない。

いや、生きてはいる。

だが、浮気が旦那にバレ、家を追い出されたんだ。

この双子の子供たちは、母の代わりに毎日夕食を作ってるんだ。

健気にね・・・。


 本人たちに、不幸の自覚は無い。

父も、子ども達の事を考えるのであれば、たった一度の浮気くらい許してやれば良かったのにね。


 そんな父のわがままな選択で、この子たちはものすごい苦労を強いられている。

それに気付かず、父を恨むどころか、尊敬すらしている。

この子たちは、不幸なのかね。 幸せなのかね・・・。』




 これは、6階で見た奥さんのケースに少し似ているような気がした。


 子供たち2人の顔は、楽しそうだ。

母が浮気をし、父が追い出し、

とんでもなく不幸なはずなのに、この子達はとても明るく生きているような感じを受けた。


「・・・なぁ・・・。 アンタは、一体誰なんだ? おれに、飛び降りた事を後悔させようとしているのか?」


 オレの心の中に、少しだけ迷いが生じていた。

辛い思いをしても、踏ん張って生きてる人がいる。

それに気付かずに生きている人もいる。


 本当にオレは飛び降りて・・・後悔していないのだろうか?



『フフ。 僕が誰かは、最初に言った通りそのうちわかる。 

後悔させようとしているかだって? フフ。 それも、じきわかるよ・・・。 フフフフ・・・。』



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