黒い影(16)

創作の怖い話 File.138



投稿者 でび一星人 様





「・・・わかりました・・・。」


僕は氷室さんのお母さんに一礼し、五階に向かって階段を駆け上がった。

エレベーターを待つよりも、五階くらいなら階段を走ったほうが早い。

503・・・

503・・・


・・・あった・・・。


 ガチャッ。

ドアを開ける。

「・・・氷室さん・・・。」

思わず氷室さんの名を口にした。

個室で、広い病室。

氷室さんは、その病室のベッドに横たわり、頭と頬を覆うように包帯が巻かれ、

酸素マスクのようなものを取り付けられていた。

手には点滴。

そしてなにやら複雑そうな機械から伸びたコードのようなモノの先が複数手に貼り付けられていた。



 氷室さんに近付いて歩く。

そして足を止める。

氷室さんの側・・・窓際には、あの黒い影がチラチラと揺らめいていた。

黒い影は窓の辺りの壁を突き抜けたり、部屋にまた入ったりを繰り返していた。


 氷室さんの顔を近くで見る。

 酸素マスクの音が聞こえる。

「・・・氷室さん・・・。」

僕は思わず氷室さんの手を握っていた。


黒い影は相変わらずゆらゆらと揺らめいている。


おしょうの言っていた言葉を思い出す。

『死神』


・・・あの黒い影は、本当に死神なのだろうか・・・?

だとしたら、氷室さんはこのまま・・・。


「氷室さん・・・。氷室さん!」

氷室さんの手を握り締めながら、必死に声をかける。

でも・・・

ダメだった・・・。

氷室さんは目を覚ましてはくれなかった。


 黒い影はゆらゆらと揺らめき続ける。

僕らを見ているのか、見ていないのか、

そもそも何かを考えているのかさえ僕にはわからない・・・。

ただただ揺らめいていた。




 氷室さんのお母さんに挨拶をし、僕はその日家に帰った。


死神・・・。

今日の氷室さんの姿を見て、

あの黒い影は本当に死神なんだと実感している僕がいる。

でもそれを信じたくない僕もいる・・・。


僕はどうしたらいい?

何が出来る?

運命は本当に変える事は出来ないのか・・・。


考えても考えても、

自分に出来る事が何なのかわからない・・・。


氷室さんは意識不明・・・。

死神に憑かれている・・・。


 僕は氷室さんが死ぬのを、ただ黙って見ている事しか出来ないのか・・・。


 考えがぐるぐる頭の中を駆け巡った。

答えが見えない考えが・・・。



 「ただいまぁ〜。」

姉ちゃんが帰って来た。


「いやぁ〜食った食ったぁ〜。」


「・・・おかえり・・・。」

「おう。ただいま鎌司。・・・ん?どないしたんや?えらい元気ないやんかぁ。」

姉ちゃん・・・。

「・・・姉ちゃん・・・。 一つ質問してもいい・・・?」

「ん?何や?」

「・・・もし、自分の大切な人が居なくなってしまうとして、

その人と話す事も見てもらう事も出来ないとしたら、

姉ちゃんならその人の為にどうしてあげる・・・?」


「・・・何や鎌司・・・。また何かあったんかいな?」

「・・・い、いや。別に・・・。ただなんとなく気になっただけだよ・・・。 姉ちゃんならどうする?」

「ん〜。 せやな・・・。 相手は何も話されへんわけやんな?」

「・・・うん・・・。」

「ん〜。 こっちは見たり話しかけたりは出来るんか?」

「・・・まあ・・・。」

「ん〜。 そしたらまあ、相手に聞こえようが聞こえまいが、見えようが見えまいが、

とりあえず相手の好きやった事をしてあげるかな。ウチなら。」


「・・・相手の好きだった事・・・。」

「せや。 それしか出来へんやろ? 相手が絵好きやったら、絵書いて見せてやる。

見えるか見えへんかわからんとしても、見えたら儲けモンくらいでエエんちゃうか?

何もせんよりマシやろう。」


・・・たしかに・・・。

「・・・姉ちゃん、ありがとう・・・。」

「ん・・・。お、おい!鎌司!」

「・・・ん・・・?」

「お前、またどっかドロンする気ちゃうやろうな!何やまた色々アホみたいに考えてるやろ!」

「・・・大丈夫。心配しないで。 もう前みたいな事はしないいから・・・。」

「そ、そか・・・。ほなエエけども・・・。」




 僕は部屋に行き、新聞紙を広げた。

そしてブタの貯金箱を力いっぱいそこに投げつけた。



パリーン!!!


ブタの貯金箱は勢い良く割れた。


ひぃ・・ふぅ・・みぃ・・・。


2万3千5百2十6円。

僕の全貯金だ。

僕は家を走って飛び出した。

全速力で走った。

一刻も早くしないと、

もし氷室さんが今死んでしまったら間に合わない。

だから僕は走った。



 商店街にある小さな骨董品屋に僕は駆け込んだ。

「・・ハァ・・ハァ・・。」

「いらっしゃい。」

奥から、おじいさんが出てきた。

「・・・ハァ。ハァ。すいません。 ギターって・・・ありますか? 2万3千円くらいで買えるのが欲しいんです・・・。」


「・・・ん・・・。ギターは一応置いてるけど、その金額じゃぁ買われへんねぇ・・・。」

「・・そ、そうですか・・・。失礼しました・・・。」

僕はまた、駆け足でどこかお店を探しに行こうとした。

「・・ちょっと、待ちなさい兄さん。」

おじいさんは僕を呼び止めた。


 「・・・このギター。 そこそこ良いギターなんやがね。

5万円なんやわ。

でも・・・売れる気配も無いし、いいよ。2万3千円で。」


「・・・ほ、本当ですか! あ、ありがとうございます・・・!」


 おじいさんはそう言うと、僕から大量の小銭を勘定もせずに受け取って、

「何かワケアリやろう。お兄さん。 若いっていいねぇ。 ほれ。行きなさい。」

と言ってくれた。

僕はもう一度深く深く頭を下げてお礼を言い、駆け足で家に向かった。



 玄関を勢い良く開け、靴を脱ぎ散らかし居間に置いてある母さんが昔聞いていたCDを漁る。


「・・・あった・・・。」

僕はそのCDの山から、氷室さんが好きだった【Still Love Her】の入ったアルバムを見つけ出し、急いで聞いた。

 それを聞きながら、僕は中学校の頃使った音楽の本をひっぱりだし、ギターのコードが載っているぺージを探し出した。

「・・・よし・・・。」



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