黒い影(17)

創作の怖い話 File.139



投稿者 でび一星人 様





CDを聞き音程を探り、

その音程のコードを本と照らし合わせる。


1時間ほどで、僕は【Still Love Her】の弾き語りが出来るようになった。



「な、何や鎌司・・・。えらい騒がしいなぁ・・・。」

姉ちゃんが部屋に入ってきて言った。

「・・・姉ちゃん・・・。ゴメン。ちょっと出かけてくる。 後でお返しはするから、ちょとこの部屋片付けといて!」


「お、おいちょと待てや鎌司!一体どないし・・・っておい!CD散らかしすぎちやろお!!!」


・・・姉ちゃんゴメン・・・。

僕はギターを持って氷室さんが入院している病院に走った。

通行人が僕を見てどう思おうが関係ない。

一刻も早く行かなきゃ。

氷室さんにこの歌声が聞こえなくても良い。




氷室さんが好きだったこの歌を、

僕が気持を込めて歌わなきゃ。

伝えなきゃ!




 病室への階段を駆け上る。

503・・・。


ガチャッ


ドアを開けた。

「ハァ・・ハァ・・。」

中には看護師さんが居て、氷室さんの包帯を代えている所だった。

「・・・あ。面会の方ですか。 すいません。もうすぐ包帯の交換終わりますんで・・・。」

看護師さんはそう言うと、手早く包帯を取替え、僕に一礼して病室から出て行った。


「・・・氷室さん・・・。」

氷室さんの胸の辺りは、ゆるやかに上下している。

氷室さんはまだ生きている。


僕はゆっくりと来客用の椅子に腰掛けた。

そしてギターを構える。

「・・・氷室さん。

まだ、覚えたてで・・・。

ギターも始めてで・・・。

歌なんかも今まで歌った事ないから、下手かもしれないけど・・・。

氷室さんの大好きだったこの曲・・・。

聞いて下さい・・・。」



 僕は歌った。

初めて、ギターを弾いて、人に歌を聞かせた。

上手いのか下手なのかは、自分でもわからない。

でも僕は一生懸命に歌った。

自分の為では無く、

氷室さんの為に。

氷室さんが大好きだったこの歌を、

僕も大好きになったこの歌を。

僕は気持を込めて、君に伝えたい。

その思いで、僕は歌った。




・・・歌い終わった・・・。

氷室さんの胸は、相変わらず緩やかに上下している。

 僕の歌った歌が、氷室さんには届いたのだろうか?

でも、もし届いていなかったとしても、

それでも僕がとった行動は間違いでは無いと思う。

自信を持ってそう言える・・・。



 黒い影は、相変わらずゆっくりゆっくりと揺らめいている。



「・・・じゃぁ、帰るよ・・・氷室さん・・・。」

僕は氷室さんに挨拶をし。病室を出ようとした。

「・・・?」



 氷室さんの頬を、一粒の涙が伝っていた。

「・・・氷室さん・・・。」


 僕は人差し指でその涙を拭った。

それは暖かく、まだ氷室さんが生きている事を僕に実感させてくれた・・・。



 僕はギターを抱えて病室を出た。

病室の外には、数人の患者さんが立っていた。

「・・お騒がせして・・・すいませんでした・・・。」

僕は深々と頭を下げた。

「いやいや・・・。おにいさん、気持がようこもっとる歌やったよ・・・。ありがとう。」

数人の患者さんは、みんなおじいさんやおばあさんだったが、

僕に文句を言うどころか笑顔で理解してくれた。




 僕に出来る事。

本当にそれがベストだったのかはわからない。

でも僕は氷室さんに語りかける事は出来た。

氷室さんのあの涙は、もしかしたら聞こえた涙なのかもしれないし、そうで無いのかもしれない。

 ただ一つ言える事

僕は間違いなく氷室さん。君の為だけにあの歌を唄った・・・。


家に帰ると、姉ちゃんが走って僕の方に向かってきた。

「か・・・かかか・・鎌司!!た、大変や!」

「・・・どうしたの・・・?」

「ひ、氷室さんって、知ってるか?」

「・・・え?氷室さんがどうかしたの?」

「お、おう。今その氷室さんのお母さんからウチに電話かかってきてな・・・。」






 僕はまた、病院に向かって走った。


姉ちゃんが氷室さんのお母さんから電話で聞いた内容。



『桂子の意識が戻ったんザマス。 ・・・鎌司君と話したいって、桂子が必死に言ってるザマス。

 出来ればすぐに来て欲しいザマス。』



信号なんて無視した。

近道の公園を横切った。

病院の階段を駆け上がり、503号室の扉を開ける。


「氷室さん!」

叫んでいたのかもしれない。

病院とか、そういうのを気にする余裕は今の僕には無かった。


 氷室さんの周りには、氷室さんのお母さんと先生。そして数人の看護師が立っていた。

「はぁ・・はぁ・・。氷室さん・・・。」

僕は氷室さんの隣に行って手を握った。


氷室さんのお母さんの目の前でそんな事をするのは不潔と思われるかもしれないけれど、

氷室さんに触れたかった。


 黒い影は、窓際では無く、氷室さんの枕元で揺らめいていた。


「氷室さん・・・。」

僕が再度呼びかけると、氷室さんはゆっくりと目を開けた・・・。

「・・・ぁぁ・・・八木君・・・。」

氷室さんはか細い声で、そう呟く。


「八木君、桂子にさっき歌を聞かせてくれたらしいザマスね。 隣の患者さんから聞いたザマスの・・・。 

ありがとう・・・。それで桂子の意識が戻ったのかもしれないザマス・・・。」


氷室さんのお母さんの目からはとめどなく涙があふれ出ていた。


「・・お母さん・・・。」

氷室さんはしんどそうにお母さんに語りかける。

「な、何ザカスか?桂子。」

「・・・お母さん・・・ちょっと、ちょっとだけでいいから・・・八木君と2人だけで話をさせてもらえない・・かな・・・?」

氷室さんのお母さんは先生の顔を見て返事を考えているようだ。

「まぁ、少しくらいなら・・・。」

先生がそう言うと、氷室さんのお母さんと先生、そして数人の看護師は病室からゆっくりと出て行った。

 黒い影だけは、氷室さんの枕元でゆらゆらと揺れている。


僕は氷室さんの右隣にある椅子に腰掛けた。

「・・・鎌司君・・・。」

「・・・何・・・?」

「鎌司・・君、ゴメンネ・・・あの日・・・。」

「・・・あの日・・・?」

「ほ・・ら・・・。 鎌司君が『公園で待ってる』って言った・・・あの日・・・。」


あぁ・・・。

あの日か・・・。



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