黒い影(15)

創作の怖い話 File.137



投稿者 でび一星人 様





お風呂から出た時、人生初の立ちくらみを経験した・・・。

つまり浸かりすぎ・・・。


 父さんも、姉ちゃんも、

あきらかに元気の無い僕を見て、それ以上何も言わなかった。

 何も『言えなかった』のかもしれない。

 僕はそういう風に接してくれた父さんと姉ちゃんに対してとてもありがたさを感じた。



 翌朝、

僕が起きた時、父さんは一切昨日の事には触れなかった。

何事も無かったかのように接してくれた。


 珍しく早く起きてきた姉ちゃんも、

「よお!おはよう鎌司!」

と、普通通りに元気良く接してくれた。




 部活の皆も、

那覇村先生も


何事もなかったかのように接してくれた。


 僕はそんな皆に、申し訳なさと、ありがたさを感じて・・・。

でも、それを伝える術は思いつかなくて・・・。


 とてももどかしい気持になった。


でも、そんな思いも時が経つとじょじょに薄れ、

数日も経つと、何も無い普通の日常へと戻って行った。


 氷室さんの事は、きっと一時の気の動転だった。

きっとそうだったんだ。

僕には、僕を心配して大切に思ってくれている沢山の人たちが居る。

大切な人たちが居る。

それが今回で良く解った。

皆が回りに居る事。

普通に周りにいてくれる事。

何も無い事。

それがとても幸せな事なんだ。

今回の一件はそれを気付かせてくれた。

本当にありがとう。

 なぜか僕の心は何かに感謝をしていた。






 年が明けた。


 氷室さんと一緒に居た時間は楽しかった。

でも、今はそんな時間は無いけれど、僕はそれまで見えなかった『当たり前の幸せ』を感じて毎日を過ごしている。


 「鎌司ぃ!初詣行くでえ!!」

 姉ちゃんが僕を呼ぶ。

 1/4日。

正月三が日を過ぎて、少し人が少なくなった神社に僕らはいつも初詣に行く。

 姉ちゃんがこの間の誕生日に買ってくれた暖かい服を着て、僕らは神社に出かけた。

「鎌司とこうやって4日に出かけるのも、もう何年目かなぁ〜。 恒例行事になってもたな! あっはっは。」

「・・・うん。そうだね・・・。いつも付き合ってくれてありがとう・・・。」

「ぉぅ・・・。 か、鎌司、なんや、そういうセリフ言えるようになったんやな・・・。」

「・・・。」


・・・たしかに・・・。

 僕はあれから少し変わったと思う。

なんというか、うまく言葉で説明はできないんだけど・・・。


 

 「ほしたら鎌司!ウチ、昼から少し待ち合わせあるから、行くわ!一人で帰ってくれるか!」

「・・・え。そうなんだ・・・。」

「おう!例の吉宗さんや。 今日、飯おごってくれるって言うから行ってくるわな!」

・・・吉宗さんか・・・。

頑張ってるな・・・吉宗さん・・・。

 吉宗さんが、いろいろと『頑張っている』という事が、今の僕なら解る気がする・・・。

きっと吉宗さんも、姉ちゃんと一緒に居たいという気持ちなんだろう・・・。




 ちらほらと屋台が並ぶ神社を抜け、僕は家に向かって歩いた。

一人で歩く僕の周りには、いわゆる『カップル』が沢山歩いている。

前まではそんなに気にならなかったけど、

今ならそんな男女の幸せな気持がわかる気がする。


 僕は一人で歩く。



 ふと空をみあげる。

あの日、

あれだけ雨が降っていた空には雲ひとつ無く、

太陽は寒空の中に暖かさを運んでくれていた。


 透き通る青い空。

遠くにに広がる地平線

ビルに浮かぶ黒い影。

・・・ん・・・。


黒い影・・・。

黒い影が、見える・・・。

ビルのような高い建物の窓の外に、チラチラと・・・。

・・・氷室さんにつきまとっていた黒い影とよく似ている・・・。


 僕は気になり、その建物へと向かって歩いていた。




【青十字大学病院】

このあたりでは少し名の売れた病院だ。

常に満床で、入院するにはけっこう順番を待たないと行けないという噂を聞いた事がある。


 黒い影を見上げる。

1..2..3…

この建物の5階の窓に浮かんでいるようだ。


しかし・・・。

氷室さんにつきまとっていた影にそっくりだ・・・。

形も

色も

艶も・・・。



 病院の前を通りかかり、僕の足が止まった。

通りすぎるつもりだったのに、足が止まってしまった。

病院の受付の所に、氷室さんのお母さんが居た。


いや・・・まさか・・・。


 僕は氷室さんのお母さんの所に無意識に歩み寄っていた。


・・・まさか・・・。

自動ドアが開く。


氷室さんのお母さんが僕に気づいた。

「・・・こんにちは・・・。覚えていますか・・・。」

「・・あぁ・・。八木君ザマスか・・・。」

氷室さんのお母さんは元気が無い・・・。


まさか・・・。

まさか・・・。

「はぁ・・・。」

氷室さんのお母さんは受付の前に置いてあるイスにへたりこんだ。


なんとなくその様子から、僕の嫌な予感は確信に変わった。


「・・・氷室さん、もしかして入院してるんですか・・・?」

「ぁ・・・。わかるザマスか・・・。 実は・・・年末に交通事故に遭ったザマスのよ・・・。」

交通事故・・・。

「・・・病室は、五階のどこですか・・・?」

「・・・503ザマス・・・。あら?なんで五階ってわかるザマスか・・・?」

「・・・あ・・いえ・・・。外の窓から氷室さんの姿が見えたような気がしたので・・・。」

「あら・・そうザマスか・・・。でも変ザマスね・・・。 桂子は寝たきりだから窓からは見えないはずなんザマスが・・・。」


・・・寝たきり・・・。

「・・・そ、そうですか・・・。 では見間違いでたまたまそれが五階だったんですね・・・。 

見舞いに行かせてもらってもよろしいでしょうか・・・?」


「えぇ・・・。良いザマスけど・・・。 実は桂子・・・。まだ意識が戻っていないんザマスよ・・・。うぅ・・。」

氷室さんのお母さんはその場で泣き出した。

 しばらくそんな氷室さんのお母さんを放っておけずにその場に立ち尽くしていると、

「・・・八木君・・・。私は気にしないで見舞いに行ってやってザマス・・・。 

桂子はきっと喜ぶはずザマス・・。うぅ・・・。」

と氷室さんのお母さんは言った。


 氷室さんのお母さん・・・。



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