夏に咲く桜(17)

創作の怖い話 File.158



投稿者 でび一星人 様





鎌司は皆にそう言って手をグーパーした。

サードのモヤシも心配して言う。

「鎌司君・・・。 僕は過去沢山殴られてきたけど、ソレはヤバイよ。 投げないほうが良いと思う。」

「・・・モヤシ君。心配ありがとう・・・でも、投げさせてくれ・・・ 皆、頼む・・・。」

「・・・鎌司・・・。」

キャッチャーの下葉はその言葉で涙腺が緩む。

鎌司が実はとんでもなく我慢強く、

1度何かにこだわると周りが何を言っても聞かない事を1年からの付き合いでよく知っているのだ。

だからこそ下葉は皆に言う。

「皆!守備に就こう!しっかり守ったろうや!


・・・鎌司、がんばれよ。」

「・・・あぁ・・・。」


 皆が守備に就いた後、最後まで残っていた貝塚が、

「鎌司さん・・・。二塁ベースは空いている。

清腹は別に歩かせても良いです・・・。

そのへんも考慮して下さい・・。」

と言って戻って行った。


皆が守備に就いた後、鎌司は首からかけているお守り袋を服の襟元から取り出し見つめた。

鎌司は過去、一人だけ好きになった女性が居た。

お守り袋の中には、その女性からもらった手紙が入っている。

(あの時君に言われた僕の弱点・・・

今の僕は克服出来ているのかな・・・?)

鎌司は心の中でそう呟き、お守り袋を服の中に戻した。

不思議と、手の痛みが和らいだ気がした。


 「早う放れやぁ!八木ぃ!」

打席の清腹が言う。

鎌司はゆっくりと頷き、セットポジションから清腹に1球目を投げ込んだ。


(おっ・・・)

ブン!

ズバン!


「ストライーーーク!」

豪快に空振りした清腹が笑みを浮かべる。

「八木ぃ! 勝負してくれるんやなぁ! 漢やでオマエはぁ!」


ボールを受けた下葉の手はじ〜んとした痛みを感じていた。

(鎌司のやつ・・・怪我してるんとちゃうんか・・・?なんや、この球のキレは・・・。)

下葉はボールを鎌司に返す。


大きく構える清腹に、鎌司は第2球を投げ込む。

ズバン!


「ストライーク!!!」

低めギリギリに決まったので、清腹はバットが出なかった。

「ホンマ、エエ球放りよるなぁ・・オマエは・・・。」

清腹の胸が躍る。

鎌司は左手に握るボールを見つめる。

手に痛みはあった。

あったが、不思議と我慢出来た。

4番の清腹は鎌司との勝負を心から楽しみにしてくれているのがわかる。

鎌司もそれが嬉しかった。

マスコミにチヤホヤされるほどの選手。

間違いなくプロに行くであろう選手。

そんな選手が、自分との真っ向勝負を心から楽しみにしてくれているのだ。

次の1球。

全身の力を込めて投げよう。

たとえこの手が千切れてもいい。

その思いと共に鎌司はセットポジションに入った。


清腹も構える。

鎌司は3球目を力一杯投げた!


「捉えたで!!!」


清腹はその渾身のストレートをフルスイングで捉えた。


ガスッ!

ガシャーン!


「ファール!」

打球は真後ろにある金網に突き刺さった。

(おかしい・・・確かに捉えたと思ったんやが・・・。)

清腹は首をかしげた。


鎌司は清腹を見て微笑むような表情をしている。

(アイツ・・・アイツもワシとの対決を楽しんどる・・・。)

清腹も鎌司を見てニヤリを笑った。


 ランナーをチラっと見た後、一旦鎌司はプレートから足を外した。

そしてロジンを手にした後、なんとワンドアップで投げ始めた。


一塁ランナーはスタートを切る。

(八木鎌司・・・エエ漢や!)

鎌司が4球目を投げた。

清腹もフルスイング。





ブンッ!!



清腹の空振りの音。


「ス、ストライク!バッターアウトォ!!」

審判のコールが鳴り響く。

空振り三振した清腹は落ちたヘルメットを拾い、鎌司の方を見て笑った。

「八木――! ありがとう! 久々に真っ直ぐ勝負するやつが出てきて嬉しかったで!

今回はワシの負けやぁ!」

「・・・。」

鎌司はそういう清腹に無言で頷いた。


ツーアウト。

ランナーは盗塁していたので2.3塁。

依然として一打逆転サヨナラのピンチは続く。

打者は5番の今丘。

「ボール」

 「ボール」

「ボール」

    「ボール。 フォアボール。」

鎌司はストレートのフォアボールを与えてしまった。


 (握力が入らない・・・。)

清腹との勝負時にはマヒしていた鎌司の左手は、もはや普通に球を握る事すら出来ない状態となっていた。

9回二死満塁。




(オレはまだ諦めない・・・行くんだ。甲子園に・・・そしてプロに!)

六番の桑太がゆっくりと打席に向かう。


初球。

パスン

「ストライーーク!」



(?)

桑太は拍子抜けした。

(なんだ今の球は・・・。 やはり、あのクロスプレーで蹴った腕がかなり腫れているんだな・・・。)

桑太は心の中でほくそえんだ。


 

 (鎌司・・・ココまできたら気合しかない。がんばれ!)

キャッチャーの下葉が祈る。


 (八木さん・・・あと1人、頑張ってくれっス!)

ショートの優真も祈る。


 (・・・セカンドに打たせたら必ず捕る・・・。頑張るんだ。鎌司さん・・・。)

セカンドの貝塚も祈る。


 (鎌司・・・。姉ちゃんお腹空いてきたわ・・・。)

スタンドの鍋衣も祈る。



 色んな人の想いを受け、

鎌司は2球目を投げた。


 もう鎌司の投げた球は100キロも出ていないだろう。

ただ、精一杯投げたボールにはいろんな想いが詰まっていた。




カキーーン!


打球が鎌司の横に飛んだ。

目一杯鎌司はグローブを伸ばす。

しかし無常にも、打球は鎌司の差し出すグラブをかすめてセンターへと抜けて行った・・・



・・・かに思われた。


バシィ!


セカンドの貝塚が思いっきり飛びついてボールを捕った!


・・・しかし、グラブからボールが零れ落ちた。


「貝塚!!!」

セカンドベースカバーに入った優真が叫ぶ。


貝塚は落ちたボールを拾う。

そして優真にトスする。


優真は体を目一杯に伸ばす。


1塁ランナーの今丘も必死にセカンドに滑り込む。




優真がボールを掴んだ。


今丘もベースに滑り込んだ。


審判の判定は・・・

「アウト! アウトォ!!!!」


審判の手が高々と上がった。


「や・・・やった・・・。」

安堵の言葉が漏れ、鎌司はその場に崩れ落ちた。

「やった!やったで鎌司!!!」

キャッチャーの下葉が鎌司に駆け寄る。

「八木さん!やりましたよ!オレたちOLに勝ったんスよ!!!」


皆が鎌司の元へと駆け寄った。





 スタンドでは、

「くぅ・・・。アイツら・・・やりやがった! オレたちが成しえんかった、初勝利を!」

OBの吉宗が号泣していた。

「吉宗・・・。」

吉宗のイタヅラで【黒ブチ地肌メガネ】になっている鍋衣ももらい泣きしかけていた。




 鎌司の周りに集まり大騒ぎのメンバー達。


「・・・皆、ちょっと待って・・・。」

鎌司はそんな皆をたしなめ、OL学園ナインを指差した。

親指高校ナインはOL学園の皆の姿を見てそれ以上騒ぐ事ができなかった。


ガックリとうなだれるOL学園の部員たち。

桑太は1塁ベース上で倒れこんで号泣していた。


 彼らはこの日の為に、三年間血の滲むような努力をしてきたのだ。

そんな彼らの夢が、

今日この日、無残にも終わりを告げたのだ。


 「・・・真澄。ほら、立て。」

そんなうなだれるOL学園の中、清腹だけは違った。

桑太の元に行き、肩を抱き上げた。

「真澄!お前はようやったやんけ。

胸を張れ!

さあ!整列や。

最後の挨拶に行くで!」

清腹に抱えられ、桑太はベース前へとようやく歩み始めた。

そして他の部員も、ようやくヨロヨロとベース付近に歩いて来た。


親指ナインたちも整列する。



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