夏に咲く桜(18)

創作の怖い話 File.159



投稿者 でび一星人 様





「3-2で、親指高校の勝ち!」

審判の掛け声と共に、皆が礼をする。

「ありがとうございましたぁ!」

「あしたぁ!」

「サンキュー!」

「グラッチェ!」

「ファッキュー!」



 清腹が泣いて顔を伏せる桑太の肩を抱えながら、鎌司に近付く。

「オイ!八木ぃ!」

鎌司は清腹の方を向く。

「オマエの真っ直ぐ、ホンマに凄かったで。

練習試合で勝負したどんな投手よりも凄かった。

しかも全部真っ直ぐで勝負するっちゅーのが気にいった。


・・・絶対に行けよ。甲子園。

そしてプロでまた勝負や。」


清腹はそれだけ言うと、ニコっと笑いベンチへと引き上げて行った。


(プロ・・・。)

鎌司は清腹が言った『プロ』という言葉に少し反応した。

今までプロなんて考えた事もなかったからだ。

だがすぐに、自分はプロ棋士になる身という現実に頭をやった。




ベンチに戻る。

「おめでとう!」

監督のウチボが皆を祝福するように声をかけた。

「皆!よくやったね!今から打ち上げに行きましょう!」

「え?マジで? ウチボ先生太っ腹やなぁ!」

下葉は超嬉しそうだ。

「先生、おいどん、美味い居酒屋知ってるでごわすよ!」

ココまでまったく存在感のなかったファーストの一枝が急に元気になった。

「バカたれ!何言ってんの。 君たち未青年でしょう!

マクドよ!マ ク ド !

マクドナルドで打ち上げよ!」

「・・・マクドかぁ・・・。」

「ハハハハハハ。」

部員たちの笑い声がベンチにこだました。

ベンチを出て、球場の通路に差し掛かった時、

「八木選手!インタビューお願いします!」

「ヤギ選手!」

「山羊せんしゅ!!!」

「メェ〜!」


 鎌司に向かって、十人以上のパパラッチが押し寄せてきた。

「あのOL学園に投げ勝った今の感想は?」

「どこで野球を覚えたのですか?」

「なぜ君ほどの選手が今まで無名だったのですか?」


パパラッチは沢山の質問を鎌司に投げつけてきた。

「・・・はぁ・・・。 すいません。 また次の試合の時にお答えします・・・。

今日は少し疲れていますので・・・よろしいでしょうか・・・?」

鎌司は適当にあしらい、球場を後にした。


外に出て、ウチボは、

「鎌司君。勿体無いわねぇ。 あそこで愛想良くしといたらテレビとか出て有名人になれるって言うのに・・・。」

と鎌司に言う。

「・・・メンドクサイですよ・・・そんなの・・・。

どうせ、数年したら将棋であの手のインタビューは受けるでしょうし・・・。」


「なんだか・・・うらやましいというか、 腹たつ自信ね・・・。」

ウチボは少しイラッとした。



「鎌司ぃぃぃぃぃぃいいいい!!!」


鍋衣と吉宗が走ってきた。

「おめでとう!鎌司!!! めっちゃ感動したで!!!」

両目に黒ブチメガネを描かれた鍋衣が嬉しそうに鎌司の手を握った。

「・・・姉ちゃん・・・どうしたんだよ・・・その目・・・。」

鍋衣はキョトンとして、

「・・え?目?」

と言って、手鏡をカバンから取り出して顔を見た。

鍋衣の手がわなわなと震える。


「よおおおおおおおしむねええええええええ!!!!」


吉宗は猛ダッシュで逃げ出した。

鍋衣はモヤシがつけているメガネを奪い、レンズを叩き外し、

それをかけて誤魔化し、吉宗を追いかけて行った。





 「・・・八木君・・。」

声が聞こえたので鎌司が振り向くと、そこには桑太と清腹が立っていた。


桑太は申し訳なさそうに鎌司に謝った。

「八木君、本当に申し訳ない。

君の手に怪我を負わせてしまった。

君はそれでも最後まで投げぬいた。

本当に凄い男だ。」


「・・・いや・・・。

試合中の事だから・・・。

気にしないで・・・。」

鎌司がそう言うと、清腹は

「ホンマ、オマエはエエ漢や。

ようその手であんだけの球を9回に投げたのぉ・・・。」

と言って腫れあがった鎌司の左手をそっと掴んだ。

「・・・八木君、お詫びというのも変なのだが・・・。」

桑太はそう言うと、1本の瓶をカバンから取り出して鎌司に渡した。

「それは、オレの田舎にむかしから伝わる秘薬なんだ。

大体の怪我はそれで早く治るんだ・・・。

是非、使ってくれ。

そしてオレたちの分も頑張ってくれ。

是非、甲子園まで行ってくれ。

せめてものオレたちの願いだ。」


鎌司はコクリと頷いた。

「・・・やれるだけの事はやるよ・・・。

君達の三年間の努力・・・良く伝わってきたよ。

僕も6年間、努力してきたから・・・。」


「八木君・・・。」


 そんな少し青春なヤリトリをしていると、

鍋衣がグロッキーの吉宗を抱えて戻ってきた。


「ホンマ、コイツどんだけいらん事しいやねん!」

ドサッ


そう言い、ボコボコになった吉宗を投げ捨てて、桑太や清腹を見る。

「あぁ、相手チームの人らか。 今日はホンマおおき・・・」

鍋衣がお礼をしようとしたその時だった。

「・・・ん?」

鍋衣はその2人をどこかで見た事があるような気がした。

「・・・お前ら二人、どっかで会った事あったっけ?」

「?」
「?」

桑太も清腹もキョトンとしている。

「ワシらぁ、姉さんみたいなメガネ美人初めて見るけどなぁ。」


「あ、ちゃうちゃう。ウチ、これダテメガネや。
さっきかりただけや。」

鍋衣はそう言うとメガネを外した・

「どや?」

桑太は、

「いや・・・これでわかるかって言われても・・・地肌にもメガネ書いてあるし・・・。」


鍋衣はまたイラっとして吉宗の頭を小突いた。

「ちょ、ちょっと待っててや!」

そう言い遺すと、鍋衣は女子トイレに走って行った。


 数分後、

スッピン鍋衣が戻ってきた。

「どや?見覚えないか?」


少し考えた様子の清腹。

「ああああ!!!」

どうやら清腹はピンと来たようだ。

「オマエ、この間コンビニで対決した店員やんけ!」

鍋衣もその説明じみたセリフでようやく思い出した。

「おおおお!ホンマや! オマエ、あん時の番長やんけ!」

「なんや、お前、親指高校の生徒やったんか!」

「そういう番長も、OL学園やったんか!!」



そして鍋衣は少し目線を落とす。

「き、昨日はどうも・・・。」

あきらかに、桑太に対しては緊張した挨拶をしている。

「どうも・・・。」

桑太は返事を返す。

「あ、あの・・・。」

鍋衣はがんばって桑太と話をしようと試みる。

「なんですか?」

「い、いや・・・何でもないです・・・。」


でも、ムリなようだった。

意外とシャイだ。


「なんや、お前、ワシと真澄でエライ態度ちゃうやんけ!どういう事やねん!」

「う、うるさいわ!番長! 放っとけや!」


そんなヤリトリをしていると、


「お〜い!お前ら帰るぞ〜!」

遠くからOL学園の監督が呼んでいる声が聞こえた。


「あ、スマン。 ワシらもう行かなアカンわ。

ほな、次もがんばれよ!

そしてコンビニのねーちゃん、

ワシらはもう引退やし、

次は思う存分に勝負や。

がっはっは!」

清腹はそう言うと、ゆっくりと歩いていった。


「では・・・またご縁があれば。」

桑太も丁寧にそう言い一礼すると、監督や他の部員の下へと戻って行った。


鍋衣は頬を赤らめてボーっとしていた。

「・・・姉ちゃん・・・?」

鎌司が鍋衣を呼ぶも、鍋衣はウワノソラな感じだった。

「・・・仕方ない・・・放って行こう・・・。」

鎌司や他の部員は、思考停止状態の鍋衣と、グロッキーの吉宗に置手紙を残し、

とりあえず打ち上げ会場であるマクドへと向かった。



 マクドに着き、心ばかりのウチボのおもてなしを受ける。

「さあ!皆しっかり食べてね!」

と言っても、ウチボが持っているクーポンが使えるもの限定なのだが・・・。

 鎌司は遠慮して野菜生活を頼み、ストローでちびちび飲む。

そしてさっき桑太からもらった薬を、負傷している左手に塗りこんだ。

(不思議だ・・・さっきまで疼いていた痛みが消えた・・・。)

どうやらこの薬は本当に秘薬らしい。

その様子を見ていた貝塚もホっとしていた。

「貝塚。」

優真が貝塚に声をかける。

「貝塚、お前、八木先輩気にいったんとちゃう?」

貝塚は、

「・・・良い先輩じゃないか。 優真とあの先輩がいれば、楽しい野球が出来そうだよ。」

と言い、笑みを浮かべながらチキンナゲットをつまんだ。


 鎌司はまったく目立たなかった他の5人にも、この場を借りてお礼を言った。

「・・・本当にありがとう。 皆がいなければ、今日の勝利もなかった。

感謝の気持で一杯だ・・・。」



そんな鎌司に、5番レフトの平田が言う。

「たしかに良い活躍はできなかったし、エラーもしてしまったけど・・・

あのOLと試合ができて、そして勝てるような経験をさせてもらって・・・

一生の宝です。

ありがとうございます!鎌司さん!」




6番ファーストの一枝が言う

「おいどん、野球部に入って5キロ痩せたでごわす。

今までどんなダイエットをしてもムリだったこの体が、

5キロも減ったでごわす。

下手したらY田ダイサーカスのあいつみたいになるところだったでごわす。

お礼を言うでごわす。」




7番センターの中田が言う

「おれね、ちょっと新聞記者にインタビューうけたんすよ。

良いもんすね!

次の試合も頑張りましょう!」




8番ライトの右本が言う

「いやいや、何言ってるでゲスか。

今日はスタンドのギャルのパンチラを5ショットも捉える事ができました。

あのポジションじゃないとあんな角度では見れなかったでゲスよ。

お礼を言うのはこっちの方でゲス。」



9番サードのモヤシが言う。

「あんな舞台に立てるなんて・・・

本当にこんな場を与えてもらえて鎌司君には感謝したい。

そして今僕は、

いつ鍋衣さんがやってくるかビクビクしている。」







 「鎌司、あんまりお前だけが気負う事ないで!」

下葉が鎌司の肩を叩きながら言った。

「お前の夢というか、目標というか、

それがこの野球なんやろうけど、

オレやコイツらも、皆同じ夢を今は持ってるんや。

お前の夢の為だけでやってるんやない。

だからお前だけが頭下げようなんて思うな。

皆一緒や。

オレたちは、


仲間やろ!」


「・・・下葉・・・。」


下葉はニッコリと笑った。

他の部員も笑った。



そして、


鎌司も皆を見て笑った。





(イイネ。青春って・・・。)

それを見てウチボだけが黄昏ていた。





 「はっ!」


1時間ほどが経っただろうか。

鍋衣はようやく幻想の世界から舞い戻った。

そしてグロッキーの吉宗と置手紙を発見する。


『地元駅前のマクドで打ち上げやってるよ。 来てね。   みつお』


「何いいいいいい!!!!

あの野郎共!!!!

ウチを放っていきやがってえええ!!

そして下葉みつおの野郎!!!!!

あ○だみつお調に手紙書きやがってえええええええ!


おい!起きろ!吉宗!」


グキッ


「はっ・・・。」

鍋衣の『きつけ』で、吉宗は目を覚ました。

「いくぞ!吉宗! あいつら地元で打ち上げやっとるわ!」

「え?お、おう。 いくか!」

吉宗のナナハンにまたがり、

鍋衣と吉宗は地元に向かってぶっ飛ばして行った。




 鎌司たちがマクドで集う事10分。

バイクの爆音が聞こえてきて、そして店の前で止まった。

吉宗と鍋衣の登場だ。


「・・・姉ちゃん、速かったね・・・。」

「お、おう。

吉宗がバイクで飛ばしよったからな!

・・・ってあほお!!速いとかちゃうわぁ! 

なんで置いていったんや!!」


「・・・だって姉ちゃん・・・妄想の世界に入ってて、何度呼んでも気付かなかったから・・・。」

「え!ホンマかいな! それやったらしゃあないな。

ほなウチ、とりあえずビッグマック6個。」


「ちょっと待ちなさい!八木さん!」

ウチボが腕を組みながら言った。

「な、何やねんウチボ! 打ち上げで遠慮とかご法度とちゃうんか!」

「・・・そういう、それらしくこすずるい知識だけはしっかり持ってるのね・・・。

そしてちゃんと『内場先生』って呼びなさい。

今日頼んで良いのはこのクーポンが使えるやつだけよ。

先生はこう見えても独身OL系なのよ。

そこまで豪快には振舞えないわ。」


「ちぇ。なんやねんな・・・。

ほしたらコレでエエわ。」

鍋衣は適当に三つくらい指さした。



マクドでの打ち上げ

皆はワイワイと喜びを分かち合った。

 苦しかった事

 辛かった事

 逃げ出したいと思った事


そんな辛い思い出話でさえ、

今日は楽しい笑い話になった。



「なあ、鍋衣ちゃん。」

OBの吉宗が鍋衣に声をかけた。

「ん、何や、吉宗。」

「覚えてるか?オレが大分前に言った事。」

「・・どれやねん。範囲広すぎてわかれへんわ。」

「はは・・そらそうやな。 アレや。 『夏に咲く桜がある』って話。」

「あぁ。そう言えばそんな事言うとったなぁ。

・・・一体何やねん。 その夏に咲く桜ってのは。」

「あぁ。 今の、アイツらの笑顔を見てみろよ。」

吉宗が見ている方を見ると、

鎌司を始めとする皆の楽しそうな笑顔があった。

「立派に咲いてるよな・・・見てたらこっちまで嬉しくなってくるわ。」

普段なら一言二言いい返す鍋衣だが、

この時ばかりは何も言い返さずにじっと皆の笑顔を見つめていた。


 『夏に咲く桜』

その桜はまだ満開では無いのだろう。


 彼らの桜が満開になる日まで、

あといくつ勝てば良いのか鍋衣にはわからなかったが、

満開になるその時まで、

自分の出来る範囲で精一杯彼らを支えてやりたいと鍋衣は思った。



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