黒い影(9)

創作の怖い話 File.131



投稿者 でび一星人 様





と言ってまた出て行った。


 なんとなく目がしょぼしょぼした感じの氷室さんは、

「ご、ごめんね。私寝てたよね? せっかく来てもらったのに、ゴメンね!」

と、やけに謝っていた。


 部屋を見ると、大量のCDの他に、何千冊もの本が目に入った。

「・・・氷室さん、本も読むんだ・・・。」

「うん。 八木君も読んだりする? 私、そんなに体が強いほうじゃないからさ。 本や音楽が友達だったんだよ・・・。」

氷室さんはすこし寂しそうな表情を見せた。


「・・・でもね、八木君。 そのおかげで見えたものも沢山あるんだよ。八木君にはわかるかな?」

「・・・一通り経験すればわかると思うけど・・・。」

「・・・なるほど・・・。」



 氷室さんは、こんな僕と一緒に居て楽しいのだろうか?


 カステイラを食べようと、手を伸ばす。

すると、丁度氷室さんも取ろうとしたのか、手と手が触れてしまった。

「あっ。」

氷室さんが小さな声をあげる。

「ご、ごめんなさいね。八木君。 お先にどうぞ・・・。」

「・・・うん・・・。」

僕は先にカステイラを取る。

・・・氷室さんは、何か言いたげにうつむき加減だ。

「・・あ、あのさ、八木君・・・。」

氷室さんが何か良いかけた時だった。



ガチャッ



「オーーーーーーーーーーーッホッホッホッホ。若い衆、お昼ご飯ザマスわよ。」

・・・本日三回目の登場・・・。

 氷室さんのお母さん、略してヒムママは、厚さ50mmのサーロインステーキを置いて、また出て行った。

食べにくくて仕方なかった。

頂いていて何だが、ものには限度があると知って欲しい。


 
 今の間で、氷室さんは何か言いかけたのを飲み込んでしまったらしく、コーヒーをすすっている。

「あれ、八木君、コーヒーぜんぜん飲んでないね。 コーヒーは食後派?」

「・・ん。あぁ。 僕、コーヒーは飲まないんだ。 あんまり好きじゃないから・・・。」

「そ、そうなんだ。へ〜。」


 僕たちは当たり障りの無い話をした。


 氷室さんのお母さんは、なんだかんだでその後オヤツやジュースを4回持って来た。

そのたびに、氷室さんは何か言いたそうだったのをためらっている感じがした。




 時間はあっという間に過ぎた。

「・・・それじゃあ。 僕、そろそろ行くよ。 将棋があるから・・・。」

「え、あ・・。もうこんな時間か・・・。」

氷室さんは家の前まで見送ってくれた。


 別れ際、


「あ、あのさ。八木君。 もし、冬休み中暇があったら、また会って話でも出来ない?」

と氷室さんに言われた。

 「・・・いいよ・・。」

と言うと、氷室さんは電話番号を書いた紙を渡してくれた。

僕は携帯電話を持っていないので、その紙をサイフに入れた。

 不思議なもので、

当たり障りの無い話をしてるだけなのに、氷室さんとの会話は退屈を感じない。

特にレベルの高い話をしている訳でもないのに・・・。

僕にとって、今までにない感覚だ。

 一見普通の目立たない子なのに、なぜだろうか・・・。

大体の物事はすぐ答えにたどり着くのに、

なぜかこの答えは今のところ見付ける事が出来なかった。



 「・・・鎌司・・お前、何か悩み事でもあるんか?」

夕方。


師匠の家で【ぶつかり稽古】の最中にそう聞かれた。

「・・・別に何も無いですが・・・。なぜですか・・・。」

「ん・・・。なんかな・・・。 そういう将棋を指しとるように感じるんやが。」

・・・そういう将棋・・・。


「・・・気のせいですよ・・・。風邪ぎみなんです・・・。」

「そ、そうか。 まあ、無理はすなや。」


 師匠はさすが、A級八段の棋士だ。

指す将棋の内容でだいたい相手を見抜いてしまう。


・・・という事は・・・。
 
僕の心に、何か変化があるという事なのか・・・。







 翌朝、冬休み初日。

朝から練習のため、練習着に着替えて学校へ。

・・・姉ちゃんは爆睡していた・・。

長期休みの時は毎回そうなのだが、

おそらく1日20時間は寝るのだろう。

 姉はネコ科なのかもしれない・・・。



 「おう!鎌司おはよう!」

「・・・あ、吉宗先輩。おはようございます・・・。」

吉宗先輩はいつも早い。

誰よりも早く練習に来ている。

そしてたまに1年がやるべき準備を手伝ってくれたりする。

こういう一つ一つの姿勢が、吉宗さんの人望へと繋がっているのだろう。


 「鎌司、ちょっと・・・。」

そんな吉宗さんがちいさくオイデオイデをして僕を呼ぶ。

僕が近寄ると、吉宗さんは肩を組み、小さい声で、

「・・・オイ、あの件、進めてくれたか?」

と聞いてきた。

・・・一瞬、何の事か解らなかったがすぐに思い出した。

「・・・あぁ。 姉ちゃんの件ですね・・・。」

「お、おぅおぅ。そやそや。 どないなった?デートしてくれるんか?」


・・・困った。

実のところまったく忘れていた。

何も進めていないとは言い辛い。

でも僕は

「・・・ええ。会うとは言ってましたよ・・・。」

と言った。

「おお!ホ、ホンマか! おおお!でかしたで鎌司! んで、いつ鍋衣ちゃんは会ってくれんねや?」

「・・・明日の夕方、空いてますか? それなら都合が良いと言っていましたが・・・。」

「え?あ、明日か!? え、えらい急やなぁ。気持の準備が出来てへんで・・・。」

・・・先輩、キャラ変わったな・・・。

「・・・ただし、先輩。一つだけ条件があるそうです・・・。」

「ほえ?条件?」

「・・・はい・・・。」

「な、何や?その条件って。」

「・・・1対1では恥ずかしいそうなので、3対3でお願いしたいという事です・・・。」

「な、それは合コン形式っちゅーやつか?」

「・・・そうですね・・・。合コン形式です・・・。」


 これなら何とか出来るだろう・・・。 今日帰ってから姉ちゃんに言えばなんとかなる・・・。

1対1だと、姉ちゃんがもし暴れた時が心配だから・・・。

「わ、わかったで鎌司。用意するわ。後2人! 明日の夕方やな?」

「・・・はい。よろしくお願いします・・・。」

この日の吉宗先輩の練習姿はポロポロと散々なものだった。

きっと【合コン】のメンバー集めの事で頭が一杯だったのだろう。

・・・先輩は心の動きが頻繁に動きに現れるタイプなのだと確信した。


 昼前で練習が終わり、今日も目一杯走りこんだ僕は棒のような足で家に帰った。

家ではようやく姉ちゃんが起きたようで、寝ぼけマナコで歯を磨いていた。

「・・・おはよう姉ちゃん・・・。」

「モゴモゴ・・ぁ、おはよぉ鎌司。 今から練習か?」

「いや・・もう終わった・・・。」


 とりあえず汚れた練習着を洗濯機に放り込み、シャワーを浴びた。

家用のジャージに着替え、姉ちゃんに交渉しに行く。

「・・・姉ちゃん。明日の夕方って暇・・・?」

「・・ん?何や?別に暇やけど?」

「・・・ご馳走って、食べたくない?」

「何?何か食わせてくれるんか? 食いたいに決まってるやろう!」

「・・・そう。 実はさ、野球部の先輩が、明日の夕方、

姉ちゃんが女の子2人連れてきてくれたらご馳走してくれるって言ってるんだけど・・・。」



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