黒い影(4)

創作の怖い話 File.126



投稿者 でび一星人 様





「ホ、ホンマか!お、おう!た、頼むで! 鍋衣ちゃんも、なぁ。鎌司と一緒で、顔立ちも整ってるし。ハハハ。」


・・・吉宗さんは、姉ちゃんの本来の性格を知らない・・・。

高校に入って、かなり抑えて(本人的に)大人しくしてる姉ちゃんしか知らないから・・・。

 


 準備をして、練習が始まる。キャッチボールをして、キャプテンの吉宗さんが放つノックを受ける。

そしてバッティング練習だが、僕は参加しない。

僕はタイヤ引きをする。

中学はずっとこれをやらされていた。

そして誰にも負けない体力と足腰を得る事が出来た。

だから僕は基礎体力として、皆とはベツメニューでこれをやっている。

「お〜い、鎌司もたまには打つかぁ〜。」

他の先輩が誘ってくれるが、

「・・・いえ。結構です・・・。」と僕は断った。

僕には僕の思い描いている予想図がある。

このペースを出来れば崩したくないのだ。


タイヤを引いて、グラウンドの外周を回っていると、


「オイ!鎌司ィ!」

と、声が聞こえてきた。

「・・・あ、姉ちゃん・・・。」

校舎の二階から、姉が手を振っていた。


「鎌司!がんばッとるかぁ〜。」

練習中の僕にKYにも声をかけてくる姉ちゃんの隣には、オドオドした感じの男子生徒が立っている。

・・・モヤシ君だ・・・。

【モヤシ】というのはアダ名で、そのヒョロっとしたイデタチからそう呼ばれている。

中学時代、学校を支配していた姉ちゃんのパシリに当たる。

モヤシ君は、そこそこ勉強が出来るほうだった。

常に成績1位は僕だったのだが、

モヤシ君も常にベスト10には名前があった。

それなのにこんな真ん中より弱冠下の高校に来たのは、姉ちゃんが強引に誘ったからだ。

モヤシ君も、姉ちゃんにいろいろとイジメから助けられていたらしく、その【オファー】を受ける事にしたらしい。



 「・・・。」

僕は立ち止まり、姉ちゃんの方を見ていると、

「鎌司!スマン!今日は一人で帰ってくれるか?? ちょっと買うもんあるから、モヤシと買い物行って来るわぁ!」


・・・そんな事か・・・。

僕は「・・・わかったよ・・・。」と返事をし、またタイヤを引いてグラウンドの外周を走り出した。




 夕方五時を回った。

ほんのり辺りが薄暗くなった頃。

 カキーン!

ガシャーン!!

吉宗さんの打球が、校舎のガラスをぶち破る音が鳴り響いた。


 今日の吉宗さんは絶好調だ。

きっと、あの部室での一件があったからだろう・・・。

「鎌司〜〜スマン!ボール取りに行ってくれへんかぁ!?」

「・・・はい・・・。」

・・・仕方が無い。

1年部員は僕ともう一人しか居ない。

もう一人は吉宗先輩の隣でバッティング練習中。

消去法で、雑用は僕に・・・。


 タイヤに繋がっている縄から手を離し、僕は窓が割れている三階に向かった。

階段を駆け上り、窓が割れている場所の教室に入る。

・・・ガラスは無残にもそこらじゅうに飛び散っている。


 この、『ボールを取りに行ってくれ』という言葉には、

片付けも頼んだ という意味も含まれている。

僕は掃除用具居れからほうきとちりとりを出し、散らばったガラスを片付け始めた。


 大方片付けも終わり、無事ボールも見付かったので、僕は教室を出ようとした。

その時だった。


ガラガラガラ・・・。


教室の扉が開いた。


 開いた扉のところに、氷室さんが立っていた。

二学期になって転向してきて、国語のテストが【102点】だった、あの氷室さんが。

「・・・。」

僕は何も言わず、ほうきとちりとりを直して教室を出ようとした。


「八木・・・君・・・。」

氷室さんが僕に声をかけてきた。

足を止める。

氷室さんと話をするのは、初めてだ。

僕も全然同じクラスの人間とは話をしないが、氷室さんも馴染めないのか、

ほとんどクラスの女子とも話をしていない。


「・・・何・・・?」

そんな氷室さんが突然話かけてきたので、少し意外な感じがしたが、

声をかけられて無視をする言われは無いので返事をした。


「八木君、凄いね。テストの結果、ほぼ全部1位だったね。」


「・・・。」

氷室さんは何を言いたいんだろう・・・。

そんな僕を差し置いて、自分が1位を獲った国語を自慢しようとしているのだろうか?


「・・・ほぼ全部・・・ね。だから何・・・?」

僕はそっけなく答えた。

あまり長話をしようとも思わなかったから。

「あ、いや、国語なんだけどね・・・。」

やはり、自慢をしようとしているのか・・・。面倒くさい・・・。

「・・・先生から聞いたよ。・・・氷室さん、1位だったそうだね。おめでとう・・・。」

僕はそう言うと、さっさと教室の外に出た。


「あ、ちょっと待って!八木君!」

氷室さんは追いかけてきた。

「・・・今、練習中で忙しいんだ。 ごめん・・・。」

話を切り上げ、一刻も早く僕はグラウンドに戻りたかった。

「ちょ、ちょっと聞いてよ!や、八木君っ!」

早足で階段を駆け下りる僕について来る氷室さんは苦しそうだ。


「八木君っ!私も先生に聞いたんだ!八木君が100点なのに2位になった事!それを謝りたくて!」


・・・謝りたい・・・?

僕は足を止めた。

「・・・謝りたいって・・・どういう事・・・?」

「ハァハァ・・・。」

氷室さんはえらく息が上がっている。

「ハァ、ハァ・・や、八木君やっぱり運動してるから体力あるねぇ・・・。ゼェゼェ・・・。」

「・・・。」


氷室さんはそう言うとポケットからテストの解答用紙を取り出した。

そして表の面を僕に見せる。

「こ、これ・・・。ハァハァ。 私・・ね、97点だったんだ。テスト・・・。 裏面に書いた詩で、5点もらったのね・・・。 

だから、本当は八木君が1位だったの。 それを謝りたくて・・・。」


「・・・別に謝る事じゃぁ無いよ。 内場先生が採点した事だし・・・。」


「いや・・・でも・・・。八木君、今までずっと全教科1位の記録を作ってきてたんでしょ? 

申し訳無い事したなぁって・・・。」


・・・氷室さんはこういう小さい気遣いのできる人なのか・・・。

 あのテストの件は、もう僕にとっては過去の事。

今更別に何とも思っちゃ居ない。(無理やり蒸し返されたら良い気分はしないけど)

 何とも思っちゃ居ないのに、気にされるのも、なんだか良い気はしない・・・。


「・・・氷室さん・・・。 僕は今まで、2位を経験した事が無くて、嬉しかったんだよ。 

君のおかげで、良い思いが出来た。ありがとう。」

「・・え?」

氷室さんはキョトンとしていた。

僕にとっては1位だろうが2位だろうが、本当はどっちでも良い事。(まあ、あのウチボのヤリカタには遺憾だが。)

氷室さんも、こういう風に言われたら、【良い事をした的気分】に少しはなってくれるだろう。


「・・・それじゃぁ。練習があるから・・・。」

「あ、あぁ。ご、ごめんなさい。頑張ってね。」


「・・・。」

僕はグラウンドに戻った。


「鎌司〜!ゴメンな!ありがとう!」

先輩が普段では絶対に見られない腰の低さでお礼を言ってきた。

僕は黙って1度頷き、ボールを手渡した。

「・・・割れたガラスまでは僕は治せないので・・・。それは先生に連絡して下さい。」


「お、おぅ。当然!ここまでしてくれてホンマありがとう!」



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