百郎の憂鬱(2)

創作の怖い話 File.97



投稿者 でび一星人 様





将棋大会の日がやってきた。

会場に向かう四人。

・・・そう、モモマーが当日になって急に連絡が取れなくなったのだ。

と、いう事でおれたちは一人少ない4人で試合に挑む事になった。

将棋の団体戦は、横にズラリと盤を並べ、皆一斉に対局する。

一人少ない場合、誰を何番目に配置するか?・・つまりどこを不戦敗にするかが、チームの勝敗を左右するのだ。

できる事なら相手の一番強いところにモモマーを当てたい。

とりあえずモモマーを大将にそえる。


まずは4チームで行うリーグ戦。

そのうち2チームが決勝トーナメントに進めるらしい。

第一戦目

おれと百郎さんは、日ごろの特訓?のおかげで難なく勝つ事ができた。

問題は、出可尾さんとガチャピン。

横を見てみる。

・・・ん?

出可尾さんは、やはり即殺されている・・・しかしガチャピン・・

けっこう善戦してるじゃないか!


ガチャピンは接戦ながらも、有利を高めていき、そして勝ってしまった。

「ガチャピン!やるじゃないか!」

第一戦目を終え、感極まりおれはガチャピンに声をかけた。

ガチャピンはメガネをクイっと上げ、

「フ。勉強してきたんですよ。それなりに指さないと申し訳ないでしょう。」

ガチャピン・・。 頼もしいやつだ・・。

ガチャピンの活躍もあり、おれたちはモモマーの糞野郎のハンディもなんのその、予選リーグを見事突破した。

昼飯を皆で食べる。

「八木くん。」

百郎さんが話しかけてきた。

「予選は上手く勝てたけど、決勝トーナメントには、

絶対にランク下げて出場するチームが混じっとる。 そのつもりで頑張るで!」

「はいっ!」

隣のガチャピンも静かに頷く。

皆の気持ちが高まっていくのが伝わってくるようだった。

・・・ただ一人、個人的に全敗の出可尾さんを除いて・・・。

「もう、帰ってもいい?」という出可尾さんを引きとめ、おれたちは決勝トーナメントに挑む。


一回戦。ここを勝てばベスト8入り。

百郎さんは難なく勝ったみたいだ。

・・・でも、ヤバイ・・。

おれが負けそうだ・・。

残り時間は5分を切った。

隣を見るとガチャピンも勝ったようだ。

おれは以前として劣勢。

いや、劣勢というか、挽回不可能な形勢。

出可尾さんの盤を見てみる。

・・・ダメだ・・・。

出可尾さんは、王様以外の全部の駒を取られていた。

泣きそうになっている。

なんて性格の悪い相手なんだ!


数分後、

「負けました・・。」

おれは投げた。

見事な負けっぷりだ・・。

やはり、決勝トーナメントの相手は強い・・・。

「百郎さん・・すいません・・。」

百郎さんに謝るおれ。

「八木君・・・。謝るのはまだ早いで。」

百郎さんは、出可尾さんの盤面をじっと見ている。

出可尾さんの駒は王様一つ。

相手は王手を連続している。

どう考えても勝ち目は無い。

・・・でも、なぜだろう?

相手は半泣きになって必死になっている。

「八木さん・・。」

ガチャピンが、出可尾さんのところにある対局時計を指さした。

出可尾さんの持ち時間は残り3分。

相手は・・・3秒しかない!

そうか!

それで、出可尾さんはねばっているんだ。

ミラクル出可尾!

相手は慌てた!

持ち駒を掴み損ねた。

その一瞬が勝敗を分けた。

無残にも、相手の持ち時計がゼロになった。

「出可尾さん!」

ミラクル出可尾のおかげで、おれたちはベスト8入りを果たすことができたのだ。

「ナイスです!ミラクル出可尾!」

「グッドです!ミラクル出可尾!」

「いやぁ〜」

おれとガチャピンが褒め、出可尾さんは照れていた。

「さ、次勝てばベスト4や!ベスト4入ったら商品もらえるんやで!いくでぇ!」

百郎さんの笑顔はおれたちを勇気付けてくれた。


次の対局。
おれと百郎さんは勝つ事ができた。

隣を見ると、ガチャピンが呟いている。

「・・く・・このレベルが限界か・・・。」


限界?レベル? ガチャピンは数字的にカナリ分析しているのか・・・。

ガチャピンは負けてしまった・・・。

かくして勝敗はミラクル出可尾に託されたのだった。

既に対局を終えた三人が、ミラクル出可尾の盤を覗き込む。

・・・だめだ・・勝てる見込みが微塵もない・・・。

時間は?

出可尾・・・3分

相手・・・・10分


・・・

時間でも勝てる見込みが無い・・・。

もはやここまでか。


「うあああああ!」

出可尾さんが、苦し紛れに飛車を打ち下ろし、王手をかけた。

「フ。」

相手はニヤリと笑い、底歩を打った。

【金底の歩、岩よりも堅し】

将棋の格言だ。

飛車の横からの攻撃に対してバツグンの守備力を誇る。 それが一段目に打った歩だ。

・・・万事休す・・・

と、誰もが思った。

「あ・・・それ・・・」

出可尾さんがその歩を指さす。

「・・あ」

相手が頭を抱えた。

「それ、二歩ですね・・。」

出可尾さんが申し訳なさそうに言った・・・。

自分の歩を縦に二つ使うことは反則というルール。
それが二歩。


ミラクル出可尾はまた奇跡を起こした。


 いよいよ準決勝。

そうそうミラクルが続くはずもない。

「ガチャピン!頼むぞ!」

おれはガチャピンの肩を叩く。

「は、はい・・・。」

どうしたことだろう?

ガチャピンの元気が無い・・・。

対局が始まる。

「・・だめだ・・やっぱり限界だ・・。」

ガチャピンが呟いているので、ソロっと隣のガチャピンを見てみた。

・・・ん?

なにやら、ガチャピンは机の下でゴソゴソしている。

手には携帯。

「あ!」

なんと、ガチャピンは携帯の将棋アプリでカンニングをしながら指していた!

「あ!」

おれがそれに気付いたと知ったガチャピンは、そそくさと「ちょっとトイレ」って言って席を立った。

ガチャピンの相手は「行っといれ。」って言ってた。

ガチャピンはそのまま帰って来ることは無かった・・・。

さらに隣を見ると、ミラクル出可尾が「負けました・・」って早々に投げていた。

やはり、奇跡はそうそう起こらないか・・。

おれと百郎さんは優勢に進めている。

だが、無理だ・・2人が勝っても、あと一勝が要る・・。

「おまたせ〜〜〜ww」

諦めかけたその時だった。

「モモマー!・・あ、百瀬さん!」

モモマーがやってきた。

「いや〜ごめんねwwちょっと家の鍵がうまく開かなくてさwww」

しょうもない言い訳はよろしい。

「百瀬さん、とりあえず早く早く!」

遅刻してきた対局者は、まず持ち時間を半分引かれる。

25分制なので、その時点で12分半。

さらに遅刻した時間もそこから引かれる。

モモマーは開始から3分の持ち時間で指さねばならなかった。

「ごめんねww八木君。まあ、安心して見てて。」

高速でモモマーのパチパチ音が聞こえる。

だが優勢ながらも近差のおれはモモマーの盤面を見る余裕は無かった。

しばらくして、隣の百郎さんは勝ったらしい。

そしておれもなんとか勝つ事が出来た。

モモマーは!?

「ありがとうございました。」と挨拶をし、おれはいそいでモモマーの盤面を見にいった。

!!!!

衝撃的だった。


モモマーはいきなり反則負けしていた・・。

将棋のルールを知らなかったらしい・・・。


「・・おつかれさん。」

百郎さんがおれの肩を叩いた。

「よう、やってくれたやんか。四位や。上等やんか。 ありがとう!皆!」


四位の商品で、おれたちは二寸盤をもらった。

有名な職人が作った品らしい。

もちろんおれたちは記念に百郎さんにあげた。

百郎さんは遠慮していたが、最後には「ありがとう。大事にするからな。」と、涙目にソレを受け取った。



帰り道、モモマーは一人打ち上げでキャバクラに行ったので、

おれと百郎さんは2人で暗い道を歩いて帰路についていた。

「八木君。・・今日はありがとう。」

「いえ・・すいません。最後まで行けなくて・・。」

「いやいやぁ、十分や。」

百郎さんは嬉しそうな顔で微笑んだ。

・・・ペタペタペタ・・・

「ん?」

ふと、後ろで足音がした。

振り返る・・が、誰もいない。

「どないしたんや?八木君?」

「あ、いや、今足音が聞こえませんでした?」

「や、何も聞こえへんけど?」

気のせいか・・。

またおれと百郎さんは歩き出す。

ぺたぺたぺた・・・


・・・やっぱり聞こえる・・・。

百郎さんに気付かれないように後ろを向く。

でもやはり誰もいない。


「ほんじゃあ、八木君、今日はありがとう。おれこっちやから!」

「あ、あぁ、お疲れ様でした。」

百郎さんと別れた。


ぺたぺたぺた・・・

足音が遠ざかって行った。

おれはピンときた。

人間では無いナニかが、百郎さんの後をつけている・・・。


急いで百郎さんの方へ走った。

見ると、黒いモヤが百郎さんにまとわりついていた。

「百郎さん!」

百郎さんはおれの声が聞こえないのか、スタスタと歩いて行く。


おれは百郎さんの前に回り、

「百郎さん??」と声をかけた。

百郎さんは無表情で、

「ダイジョウブダカラ。 カエリナサイ。」

と、65歳とは思えないような力でおれを押しのけ、歩いていった。


なぜだかわからないが、おれはそれ以上百郎さんに近づく事が出来なかった。

 黒いモヤは、百郎さんが持っていた将棋盤にまとわりついていた・・・。


百郎さんは、それから会社に来る事なく退職した。

最後の一週間、出社してから退職する予定だったのだが、休暇をとったようだ。

家に行っても、電話をしても、百郎さんは出て来る事は無かった。


それからしばらくして、百郎さんは実家に帰って行ったらしい。







ちなみに、モモマーはやっぱり事務の女の子にセクハラしてクビになった。



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