百郎の憂鬱(1)

創作の怖い話 File.96



投稿者 でび一星人 様





おれの名は八木裕史

46歳。

二歳になる双子の父。

でも、嫁の沙織と子供たちとは別居中。

沙織はおれの母さんと一緒に、実家で暮らしている。

というのも、おれが安月給の為、共働きでないと食って行けないからだ。

そのためには、子供の面倒を見る存在が必要。

最初は母さんにこっちに来てもらおうとも思ったんだが、

安っすいオンボロアパートに5人で暮らすのはさぞきつかろうという事で、

この【別居】という形をとったわけだ。

あと1〜2年くらいしたら、子供たちを保育所に入れて、またこっちで一緒に暮らそうと思っている。

・・・それか、おれの給料が上がればマイホ〜〜ムを購入して、母さんも呼んで共に暮らせれば・・・。

・・・まあ、後者は無理っぽいが・・・。


「八木く〜ん!」

「あ、百郎さん、おはようございます。」

おれが工場で働きだしてから、ずっと面倒をみてくれている百郎さんだ。

百郎さんは今年でもう65歳。

定年を過ぎ、給料は半分以下に減ったが、【暇つぶし】で働いてくれている。

腕は良いので、皆ものすごく助かっている。

「八木君、一局指すか。」

「お、待ってましたよ!」

百郎さんは折りたたみの将棋盤と駒を机に置いた。

おれと百郎さんは、暇つぶしで昼休みに将棋を指す。

もう15年くらいになるだろうか?

最初は歯が立たなかったのだが、今ではそこそこ互角に渡り合えるくらいにはなった。

パチリ

パチリ・・


双方駒を並べる。

「八木君も、強ぅなったよなぁ。」

「いやいや、百郎さんにはまだまだ。」

「フフ。」


パチリ。

パチリ。

昼休み、各々休憩所や外で自分の時間を過ごし、静かな作業場に駒音が響く。


「八木くん。」

百郎さんが話しかける。


「・・なんですか?」

読む事に必死で、おれは盤を見たまま無愛想に返事をする。

形勢は明らかにこっちが悪い・・・。

「おれも、もう65や。そろそろ、退職しようと考えとるんやわ。」

「そうですか・・・」

・・・

・・・

「え!!!!?一体何があったんですか??百郎さん!」

ぶったまげた(死語)。

まさか、あの元気で遊びまくりの百郎さんが、引退なんて・・・。

「驚いたか?フフ。 まだ働こう思うたら働けるんやけどな、実家の親の具合が、あんまり良うないみたいなんやわ・・。」

「・・そうなんですか・・・。」


百郎さんは、中学卒業後、集団就職で大阪にやってきたのは知っていた。

未だに独身で、よく遊び、後輩の面倒見は凄く良い。

そんな百郎さんが引退なんて、思ってもいなかった事だ。


「少しは寂しがってくれるか?八木君。」

「・・なんとも言えません・・。」

正直寂しいが、なんだか恥ずかしくて『さみしい』なんて言葉を言えなかった。

百郎さんは、ポケットから紙を取り出した。

「八木君、そこでなんやけどな、この会社の思い出に、この大会に出てみたいんやわ。」

百郎さんが取り出した紙には、【西日本 職域団体将棋大会】の文字。

「はぁ・・将棋大会ですか。 別にこの日は暇なんで出ても良いですが、おれらの力で通用するんですかね?」

「そこや。八木君。 八木君はおれとしか指してないから解らんやろうけど、

おれ実はアマチュア四段の免状をもっとってな。 八木君も、十分三段くらいの力は既にあると思う。」

「ほへぇ。 そうだったんですか! 」

百郎さんはコクリと頷く。

「その大会はな、AからDクラスまであるんやが、Dくらいなら十分優勝を狙えると思うんやわ。 

どや?人数集めて出てみいへんか?」

紙には、5人で1チームと書いてあった。

「5人・・ですか・・・。けっこう多いですね・・・。」

「そやろ・・・。 おれと八木君で1勝として、あと1人はまともに指せる人間が居るんやわ・・。」


このご時世、将棋人口も著しく低下している。

でも、百郎さんの最後の思い出だ。

「よし!集めましょう!」

おれは立ち上がった。

「・・・八木君・・。」

「百郎さん!おれ、人数集めます!今からいろいろあたってみて!」

そういって、おれは盤面の駒をぐちゃぐちゃっとした。

「お、おい、何するんや八木君!」


「タイム イズ マネー! 時は一刻を争う! 今から集めてきます!」

おれはダッシュで休憩中の作業員を回る事にした。

それに、今の将棋はどう考えても勝てる見込みがなかったのでね。




 まずは、隣の組み立て職場の出可尾さんの所に来た。

出可尾さんは昔、体調不良を理由に一度退社したのだが、3年ほど前からまた職場復帰した。

50代半場で人柄のいい方だ。

「出可尾さん!将棋大会、出てみないですか?」

「・・将棋?うんん・・もう何年もやってないんやけども・・・。」

「もし都合が良ければ、人数あわせだけでも!」

「う〜ん。 そやな。出てみるかな!」

「あざっす!」

あと2人。


次におれは、今年の新入社員の【勝屋 一】に声をかけに行った。

勝屋 一 ・・・ かちや はじめ は、その漢字の読み方が、


カチヤ ピン  という事で、皆からガチャピンと呼ばれている。


「ガチャピン!将棋大会でないかい?」

ガチャピンはメガネをクイっと上に上げて、

「ほほう。 将棋ですか。 ですが、僕はあまり暇がないもので・・・。」

と言ったので、

「ふ〜ん。 じゃ、こないだガチャピン、風俗でボッタクられた話、皆にしとくよ!じゃあな!」

って言ったら快くOKしてくれた。



あと1人


「すいません?出てくれないですか? すいません!?」

だが、あと1人がどうしても見付からなかった。

そのまま一週間が流れた。


ある日の朝、
「八木君・・。よう頑張ってくれた。その気持ちが凄く嬉しいわ。ほんまにありがとう・・。でも、もう諦めよう。」

百郎さんが悟ったような笑みで語りかけてきた。

「な、何言ってるんですか!百郎さん! おれが仕事で行き詰った時に、

百郎さん昔言ってくれたじゃないですか!【諦めずに続けたら、きっと答えは見付かる】って!」

「八木君・・・そうやったな。 スマン。 おれも年とったな。 ありがとう。 最後まで、諦めずに探そう!」



その日の朝礼で、奇跡は起こった。

部長の挨拶で、
「え〜今日から働いてくれる事になった、百瀬 真一さんです。 皆さん、いろいろ教えてあげてください。」

と、紹介があった。


ももせ・・しんいち・・・


聞いた事がある名前だ・・・。


!!!


モモマーだ!


モモマー・・・百瀬 真一 という字から、そういうアダナがついた。

おれが最初に就職した時に、いろいろお世話?になった先輩だ。

モモマーはぜんぜん違うところに配属されたようだが、昼休みにおれはモモマーを訪ねて行った。



「百瀬・・先輩ですよね?」

「・・んwww おお!八木君じゃんwww」


覚えてくれていた。


モモマーの頭は、ところどころ白髪交じりだった。 もう50過ぎといったところだろうか。

「お互い、年とりましたね。」

「本当にwww八木君いてよかったよww」

「ん?」

「いや、おれさ、全然こういう仕事始めてなんだよねwwでも、経験かなりあるっていって入ったんだよwww」


・・・相変わらず最悪な男だ・・・モモマー・・・。


モモマーがクビになるのは何週間か解らないが、

とりあえず助けれるところは助けるという条件で、将棋大会に出てもらう事になった。

「八木君wwおれ、強いよww 羽部名人に勝った事とかあるしwww」


どうせホラ吹いてるだろうから、そういうのは流しといた。


かくして、将棋大会には無事出場できる事となった。


だが、まだこの時は知るはずもなかった。

大会の帰りに・・まさかあんな事が起こるとは・・・。



★→この怖い話を評価する



[怖い話]


[創作の怖い話2]