グリストラップ

創作の怖い話 File.95



投稿者 でび一星人 様





私の名前は 八木 沙織。

一歳になる双子の母。

旦那の裕史は大阪のとある工場で働いている。

安月給で・・・。

当然、共働きでないと食べて行けない。

なので私は働く手段として・・・


「沙織ちゃん〜。 ほらほら、このファイル、今日仕事に持っていくんじゃない?机に置いたままだったよ?」


「あ、ありがとうございます。お義母さん」

 

 私の母は、ワケがあって今は消息が不明。

なので、旦那の実家で、旦那の母と一緒に暮らしている。

もちろん、私が仕事をしている間、2人の子供はお義母さんが見てくれている。

本当にやさしいお義母さんで、小言なんかも一才言わない。

・・・旦那の裕史が、あまり気の効かない子に育ったのもなんとなく解る気がする・・・。



「・・本当に、いつもスイマセンねぇ・・。お義母さん・・。」


「何言ってるのよ。沙織ちゃん。 私も、一人で暮らすより、家族が多い方がいいわよ。

 子供たちはまかせといて。 かわいい孫の顔がみれただけでも嬉しいわよ。」


本当に、理解のあるお義母さんで良かった・・・。


「ありがとうございます・・。 では、行って来ます。」

私はドアを開け、外に出ようとすると。
「あ、ちょっと待って沙織ちゃん。」

お義母さんが私を呼び止めた。

「沙織ちゃん、最近顔色良くないわよ。 無理してない? 適当に休まなきゃダメよ?」

「・・あ、そうですかね・・。 大丈夫です。 まだバリバリ働けますから!」

私は笑顔でちからこぶを作ってみせた。

「・・そう・・。 なら良いけど・・・。」


 本当に、よく気のつくお義母さんだ。

ありがたい・・・。


私は勤め先の老人ホームへ向かった。


大阪に居た頃は、老人ホームで介護の仕事をしていたこともあったが、

今は栄養士の仕事をしている。

元々資格を持っていて、病院給食の献立等を立てていたので、老人ホームの献立はわりとすんなり作る事が出来た。

 ただ、今は国の指針というか、そういうので、【個別対応】というのがやたらとある。

この利用者様は、魚禁止とか、そういった類だ。

・・・そういう利用者が一人ならいいが、それが何十人にもなると、本当にややこしい。

現場の身になって、そういう指針は決めてもらいたいものだと本当に思う・・・。


「おはようございま〜す。」



「あ、八木さんおはようございます。」

調理師の津野田君が元気に挨拶をしてくる。

「おはよう。津野田君。 朝食は、何もトラブルなかった?」

「はい。バッチリです。」

津野田君は自信満々に言う。

・・・まぁ、見渡す限り、特に何もなさそうだ。


私は白衣に着替え、机のパソコンと睨めっこ体勢に入った。






 昼の配膳が終わり、残食調査のために厨房に入る。

見ると、津野田君がえらく慌てて床を流している。


「・・ん?津野田君、何かあったの?」

「え、い、いや、な、なにもないですよ。 アハハハ。」


床を見ると、やたらとヌルヌルだ。


・・・さては、津野田のやつ・・・誰もが一度はやる、

【フライヤー掃除の時に、油受けを置き忘れて、油ダダ流し】をやりやがったな・・・。


私はあえて気付かないフリをし、明日の発注に油1缶を追加しておいた。



 その日の夕方、私は油がこぼれていたであろう地帯がふと気になったので見に行った。

「・・ん?」

そこで、あることに気づいた。

「なんか、妙に匂うな・・・。」


ここの厨房は、フライヤーの近くにグリストラップという、ドブみたいなトコロがあるのだが、妙にドブ臭がするのだ。


さては・・・津野田君、掃除サボッテやがるな・・・。


グリストラップは、一週間も掃除をしないと、けっこう匂ってくることが多い。

私はとりあえずビニールの手袋をはめ、蓋を取ろうとした。



「八木さん?何やってるんですか?」

その時、後ろから声が聞こえた。

「あ、津野田君。」

津野田君だった。

「何やってんすか?そんなトコロで。」

津野田君がゆっくりと歩み寄る。

「・・・津野田君、ちゃんとココ、洗ってる? なんか匂うんだけど?」

「・・あぁ、すいません。ちょっと忙しくて。 手が、回りませんでした。 明日、ちゃんと洗っときますんで。」

津野田君の後ろ手に、何か光るものが見えた。

「・・ん?津野田君、何か持ってるの?」


「あぁ。これですか。」

津野田君はそれを私に見せた。



包丁だった。

「・・津野田君・・?もう、仕込みとか終わってるよね?」

「・・ええ。終わってますよ。」


角田君はゆっくりと、その包丁を手に持って、私に近づいてきた。





・・・そして、そのまま私の前を通り過ぎ、下に置いてあるト石を持ち上げた。


「今から、ちょっと包丁研いで帰りますんで。 あと戸締りやっときますよ。」


・・・包丁を研ぐだけか・・・。

「・・そ、そう。お願いね。 じゃ、また明日。」

「・・ええ。」


私は包丁を研ぐ津野田君に戸締用の鍵を渡し、職場を後にした。






 次の日の朝、出勤すると、職場は大変なことになっていた。

私はパートさんに
「・・ん?どうしたの?全然片付け終わってないみたいだけど?」
と聞いた。



「片付けどころじゃないですよ!」

パートのおばちゃんが半泣きで私に言う。

「・・ん?一体何があったの??」


「津野田君が、朝から連絡取れないんですよ! なんとか必死に私たちで朝食は出しましたけど!」


「ええ! そうだったの! ありがとう!よく頑張ってやってくれたよ!」

私はおばちゃんにお礼を言い、とりあえず津野田君に電話をする。


「・・おかけになった電話番号は現在使われておりません・・・」


・・・何・・?


電話が解約されている・・・?


・・・これは何かワケがある・・・。

とりあえず、今日休みの調理師の子に電話をし、急遽出勤してもらい、昼食も無事に出す事が出来たのだが・・・。



・・・それにしても、津野田君は一体・・・。



そこで、ふと私は昨日の事を思い出した。


あのグリストラップ。


あの匂い。


私はビニールの手袋をはめ、グリストラップの蓋をあけた。

「・・ん?八木さん、何やってんすか?」

臨時で来てくれた調理師の子が聞く。


「あぁ。 ここ、君は洗ったりしてた?」

「・・いいえ。 なんか、津野田さんが、『末端の仕事はおれがやる』って、やってくれてましたけど?」


ということは、津野田君以外はここを空けていないという事か。


 重い蓋を、私は開けた。


異臭がその近辺に広がった。

「・・ん?何これ?」


 中の、小さい残飯がひっかかる網に、なにか肉の塊のようなものがあった。

異臭は、その塊から放たれているようだ。

私と、臨時で来てくれた調理の子はその塊を見る。

腐敗のすすんだソレの先は、五つに細く分かれていた。

「八木さん・・・もしかして・・コレって・・・。」


鳥肌が経った。

スグに警察に電話をした。


警察やら鑑識の人やらが来て、やはりソレは【人間の手】だということがわかった。


 私も、いろいろと警察に聞かれ、津野田君の昨日の行動、今日突然姿を消した事等を話し、

この手はおそらく津野田君がここに隠したものだろうという事になった。








 あれから1ヶ月が経つ。


近くのごみ収集場や、駅のゴミ箱から、切断された足や胴体が発見されたらしい。


捜査の経過を聞いた所、津野田君は同い年くらいの女性と同棲していて、

発見された手足はその女性のものだという事がわかった。




・・・もし、あの日、

津野田君が包丁を研ぎに来たあの日。

グリストラップの蓋を開けてしまっていたら・・・。

津野田君は、本当に包丁をあんな時間に研ぐ必要があったのか・・・。


思い出すだけでもゾっとする。



 あれから津野田君は見付かっていない。

近所で、津野田君らしい人を見かけたという情報はあったらしいのだが・・・。



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