聞きたがり |
創作の怖い話 File.71 |
投稿者 はぴ 様 |
|
五つ年下の弟の洋次は、まだ幼稚園児なのでというかバカなので自分の事を「よーちゃん」と呼ぶ。 僕はこいつが大嫌いだ。 母さんも父さんもおじいちゃんもおばあちゃんもこいつを甘やかしえこひいきする。 だからこいつはどうしようもないバカで甘ったれたクソガキになってしまったのだと僕は思う。 そのくせこいつはいつも僕にまとわりついて、うっとおしくてしかたない。 「にーちゃん、おそといくの、よーちゃんも!」 「やだ。お前ジャマだし」 「うぇぇぇぇっ!」 「洋太、意地悪しないの。お兄ちゃんでしょ」 すぐこれだ。 母さんも父さんも田舎のおじいちゃんもおばあちゃんも、お隣のおばさんまで二言目には『お兄ちゃんでしょ』 お兄ちゃんでしょ、我慢しなさい。 お兄ちゃんでしょ、ゆずってあげなさい。 お兄ちゃんでしょ、守ってあげなさい。 お兄ちゃんなんだから「欧米か!」なんて言って叩いたりしないの! 僕は望んで兄になったわけではないのに、このわけのわからない理屈でいつもねじ伏せられてしまう。 「はいはい。わかりましたよぉ〜だ」 小さくて弱っちくて、すぐに転んですぐに泣くこいつがいると、僕は友達とサッカーもドッジボールも電王ごっこもできなくなる。 それにほんのちょっとでも嫌な事があると、こいつはすぐに母さんに全部言いつけるんだ。 結局、遊ぶといってもちょっと外へ行って、一回りして帰ってくるだけになる。 「にーちゃん、ポストはなんであかいの」 弟は小さくてヘタレでバカなので、思った事はすぐ口にする。 「戦隊モノのレッドを気取ってんだよ」 だから僕は適当に思いついたウソを教える。 自分で考えたり調べたりしないで、すぐ人に聞くからいけないんだ。 そういうのは良くないと、そろばん塾の先生も言ってた。 明日幼稚園で恥をかけばいいと思う。 「なんでそらはあおいの?」 「黄色いと目が痛くなるからだ」 「なんできゅうきゅうしゃはしろいの?」 「黒いと霊柩車とキャラがかぶるからだ」 「なんでナメクジにはカラがないの?」 「ナメクジには実は瞬間移動能力がある。危ない時は能力で逃げるから殻を背負う必要はない」 「にーちゃん、あたまいい!」 「当然」 即答するのがポイントだ。 どんなデタラメでもかまわないけど、ちょっとでもためらうとウソがばれる。 ウソがばれたり、ごまかしきれないと洋次はすぐ母さんに言いつける。 そして僕は怒られる。 だからどんなに面倒でも、聞かれた事には全部答えないといけないわけで。 だけどこいつはバカだから、答えられない事も聞いてくるわけで。 +++++++++++++++ 「にーちゃん、なんで?」 洋次は汚れた床に座り込んだ。 ああ、服が汚れる。 「なんで、よーちゃんをさがしてくれなかったの」 僕はいつものように即答できなかった。 「かくれんぼしようっていったの、にーちゃんなのに」 ウソもごまかしも何も思いつかなかった。 だって悪いのは僕だったから。 あの日、僕達は留守番をしていた。 だけどどうしても洋次抜きで遊びたかった僕は、 自分がかくれんぼの鬼をやるからと言って洋次を隠れさせ、そのまま外に出たのだった。 置き去りになった洋次は、いまでもしつこく怒っている。 悪かったと思う。 だけどこいつに謝るのは嫌だった。 「なんで、にーちゃんはおへんじしないの?」 正直、今はこいつとしゃべりたくない。 でもそんな事言えない。言ったらこいつは大泣きして、僕は母さんにメチャクチャ怒られるに決まってる。 「なんで、おしょうがつじゃないのにおばあちゃんたちがきてるの」 「なんで、みんなくろいふくをきてるの?」 「なんで、かーさんととーさんは一言もしゃべらないの?」 「なんで、みんな泣いてるの?」 「なんで、おじいちゃんはあんなにおこってるの?」 なんでなんでなんでなんでなんで 「なんで、よーちゃんは血だらけなの?」 赤黒く汚れた床に、ぽたぽたと落ちる洋次の血。 僕はウソを思いつけないまま一つだけ答える。 「…転んで、鼻血がでてるからだろ」 こいつが足元みないでいきなり走り、転ぶのはいつもの事だ。 頭からタンスの角につっこむ様は、ごーかいだった。 「なんで…」 「よーちゃん!」 黒い服をきた母さんが洋次をみつけて、ぎゅうっと抱きしめた。 「よーちゃん駄目よ、ここに来ちゃ。ここは…ここは…」 いつも僕をしかっていた母さんが、大声をあげて泣き出した。 おばあちゃんや、親戚のおばちゃんたちがわらわら寄ってきて、一緒に泣きだす。 おじいちゃんのゲンコツはぶるぶる震えて、父さんは壁にもたれてずっと俯いていた。 そんな中で、洋次だけが不思議そうに僕を見上げてこう訊いた。 「なんで、みんなはにーちゃんがみえないの?」 「それはこっちが聞きたいよ」 なんで、僕がここにいる事に誰も気づかないのだろう? なんで、僕の体はこんなにも冷たいのだろう? なんで、僕はここから一歩も動く事ができないのだろう? あの時かくれんぼの鬼をするとウソをついて、 一人で外に出ようとドアを開けたら、包丁を持った知らない女の人がいた。 憶えてるのはそこまで。 それ以上思い出そうとすると、お腹がものすごく痛くなる。 「にーちゃん、なんで?」 小さくてヘタレでバカな弟が僕に訊ねる。 だけど僕にわかるのは、僕はこれからずーっとこのままだという事だけだった。 +++++++++++++++ 気が付くと、部屋には誰もいなかった。 家具もカーテンもなくなって、床は埃塗れのカビだらけ。 母さんは綺麗好きだったのに。 ……あ、誰かきた。 「ここが、この辺りで一番ヤバイって心霊スポットかよ」 「ただの民家じゃん『入居者募集』とかあったりして」 「いや、夜になると結構不気味なのよ。いかにも殺人事件がありましたって感じになって」 「出刃包丁もった女が不倫相手の家に押しかけて、留守番していた子供をメッタ刺しにしたんだってよ」 硝子が割れる音と、たくさんの足音。 僕のいる部屋に近づいてくる。 「うっわ!血の跡残ってる」 「怖ッ!!」 「写真とれ写真!投稿するから」 知らない人ばかりだった。 なんで、この人達は靴を脱いでないんだろう? なんで、この人達は怖い怖いと言いながらすごく楽しそうなんだろう? なんで、この人達は…… 洋次の気持ちが今ならわかる。 色んな事が気になってたまらない。 それがなんでなのか知りたくてたまらない。 だけど僕はもう自分で考える事も調べる事もできないから。 洋次がいつも僕にそうしたように、僕は一番近くにいた男の人の手首を掴んで引っ張った。 「わっ!?今何か……」 そして訊ねる。 「ナンデ、イキテルノ?」 返事は悲鳴だった。 それから、ずっと僕はこの人に訊ね続けている。 この人は何か病気にかかったらしくて、あれ以来ずっと病院に入院している。 誰かの腕を掴んでいれば、一緒に移動できる事を最近知った。 手を離したら、僕はまたあの部屋に戻るのだろうか? 「答エテヨ、ネェ?」 「ぁぁぁぁあああああああああっ!!」 この人が叫んだり呻いたりするばかりで、ちゃんと答えてくれないのは病気のせいだと思う。 はやく元気になって欲しい。 ★→この怖い話を評価する |
|
[怖い話] [創作の怖い話] |