鍋女

創作の怖い話 File.62



投稿者 でび一星人 様





「今日、同窓会だから、お母さん遅くなるね。 誰かお家に来ても、危ないから絶対に玄関を開けちゃダメよ。」

沙織ちゃんの家は母子家庭。

母親がこんな言い方をするのは、最近この付近で不可解な出来事が起こっている為だろうか。

その出来事とは、【鍋女】が出るという事だ。

鍋女は、夜な夜な町を徘徊し、鍋を頭にかぶせて、耳を引きちぎり、甲高い声で笑いながら去っていくらしい。

らしいというのも、まだ誰も、その鍋女の姿を見た人が居ないからだ。

警察は犯人逮捕に全力を挙げているが、それでも、誰に姿を見られるわけでもなく、鍋女は犯行を繰り返す。

もうすでに七人もの被害者が出ている。

最近では、一部で、「これは霊的な何かではないか・・・。」という声も聞かれるようになった。

母親が、誰が来ても玄関を開けるなと子供に言うのは、当然かもしれない。

「うん。わかってるよ。母さん。」

沙織ちゃんは高校2年生。

少しグレてはいるが、やさしい子だ。

もちろん鍋女の噂も知っているが、「まさか自分が・・・」と思い、母親が家を出た後、

玄関のカギが閉まってる事を確認もせずに自分の部屋に戻り、大音量でCDを聞いていた。

そうこうしてるうちに、うとうとし、寝てしまったらしい。

ふと部屋の窓から外を見ると、空はもう真っ暗だった。

窓から見える街灯のフモトが、なんだか赤く見えた。

ピンポーン

その時、玄関のチャイムが鳴った。

(誰だろう・・・?母さんはカギもってるから自分で入って来るし・・・)

沙織ちゃんは母の言いつけを守り、無視することにした。

ピンポーン

ピンポーン

ピンポーン

チャイムは鳴り続ける。

(しつこいな・・一体誰だろう・・・)

沙織ちゃんは玄関のドアについている覗き穴から、外の様子を伺う事にした。

ピンポーン

ピンポーン

ピンポーン

部屋から玄関に向かう途中も、チャイムの音は鳴り続ける。

玄関に着き、沙織ちゃんはそっと覗き穴から外の様子を伺った。

(なんだか・・・赤い・・・)

覗き穴から見た外は、なんだか赤いセロファンを貼ったように、少し赤っぽく見えた。

その赤っぽい景色の下方から、なにかがチラチラ見える。

(何だろう?)

沙織ちゃんは覗き穴に顔を近づける。

ドタン

顔を近づける時に、ドアに手を突いてしまった。

と、同時にチャイムの音が鳴り止んだ。

そして下の方でチラチラ見えているものが、だんだんと覗き穴から見える高さまで上がってくる。

!!!!

(ひ・・裕史君・・・!?)

沙織ちゃんはバッとそこから飛びのいた。

どうやらドアに手を突いてしまった音で、外にいる裕史君に、自分が居ることがバレてしまったらしい。

ガチャッ

外にいる裕史君は、ドアノブを回し、ドアを開けた。

「やあ。」

同じクラスの裕史君は凄くマジメな子で、ちょっとグレてる沙織ちゃんとほとんど面識もない。

その裕史君が家を訪問してきた事に、沙織ちゃんは疑問を抱かずにはいられなかった。

「こ・・こんばんは。 あ、あれ? 裕史君って、私の家知ってたっけ?」

「う、うん。 今日知った。 はいこれ。」

裕史君はビニール袋に入ったプリントを沙織ちゃんに手渡した。

「これ、学際のお知らせでさ。 沙織さん、今日も学校休んでたじゃない? 

だから。 一番家近いのがおれらしくて・・・。持ってきたんだ。」

「そ、そうだったんだ・・・ ごめんねぇ!ありがとう・・。」

「う、うん。 じゃあ、また。 明日は来なよ。」

そう言って、裕史君はドアを閉めようとした時だった。

「ま、まって!」

沙織ちゃん裕史君を引き止めた。

「じ、時間、ある? ちょっとだけ、お菓子くらいならあるから、せっかくだし、ゆっくりしていかない?」

「え・・ う、うん。 時間あるけど、 いいの?あがっても?」

「うん。 どうぞどうぞ。」

沙織ちゃんは、実は裕史君に前々から好意を抱いていた。

でも、不良かじりの自分と、マジメな裕史君ではつりあわないだろうと、密に思いを胸にしまっていたのだ。

しかし、こんなチャンスは二度とないかもしれない。

本能がそうさせたのだろう。

二人は台所で、始めはぎこちなく、

そのうち意外と話が合う事に気付き、楽しい時間を過ごした。

「・・・アハハハ。 で、ドラクエの行列に参加しちゃったってわけだぁ。」

「うんうん。 あの時は本当に困ったよぉ。」

「あ、そうそう沙織ちゃん、 最近噂になってる、【鍋女】って、知ってる?」

「え、う、うん。 まあ噂は聞いたことあるけど、まさか自分がなんて思わないよねぇ〜。」

「・・・いやさ、 一応、いろいろと気をつけたほうがいいよ。 おれも昔、似たような事件で母さんがさ・・・。」

「あ・・・」

裕史君の母が、6〜7年前に町を脅えさせた【鎌男】の被害者になったという話は知っていた。

数少ない友達経由で聞いていたからだ。

沙織ちゃんが友達から聞いた話によると、

外で頭に鎌を突きたてられた母は、必死に助けを求め、裕史君の部屋まで行ったらしい。

でも裕史君がそれに気付いたのは朝で、母はすでに意識がなかったらしい。

母が死んだと、裕史君は110番した。

警察がやってきて、母を見るなり、どこかに電話してこう言ったらしい。

「救急車だ!早く!」

母は死んではいなかった。

奇跡的に鎌は致命傷を逃れていた。

ただ、出血は酷く、命は危なかったが、なんとか一命はとり止め、今は後遺症も無く、裕史君と暮らしているらしい。

そして、鎌男は金持ちのボンボンだったようで、捕まった後、多額の慰謝料をもらい、

裕史君の家は母子家庭にもかかわらず、そこそこ裕福らしい。

「・・・う、うん。ありがとう。気をつけるね。 裕史君も、帰り道、気をつけなよ?」

「うん。 ありがと。でも、おれん家、すぐソコだからさ。 また、暇あったら遊びにもおいでよ?」

「え、いいの?ワーイ。 裕史君と話してると、楽しいよ。 また話そうね^^」

「おれも、楽しいよ。 学校もちゃんと来なよ?」

「・・う、うん。 ぜ、是非・・・。」

「じゃ、もう遅くなっちゃったから、おれ帰るね!」

「うん。 またね^^ 夜中に歩きながらメールしたりしたらだめだよ? 一瞬怖いから。」

「うん。気をつける。 じゃあまた!」

二人の名残惜しく、裕史君は家に帰っていった。

一人になった沙織ちゃんは、自分の顔が熱ってる事に気付いた。

胸も高鳴っている。

(これが・・・恋?)

初恋だった。

初恋の気持ちを胸に、沙織ちゃんはとりあえず自分の部屋に戻ろうとした。

トゥルルルルルル

トゥルルルルルル

その時だった。 リビングに置いてある電話の音が家に鳴り響いた。

(か、母さんかもしれない。)

少しの現実感のようなものを感じ、沙織ちゃんは少しだけ冷静さを取り戻た。

急いでリビングに向かい、電話に出た。

「も、もしもし?」

帰って来た返事は、

「ぅぅ・・・うぅぅぅ・・・」

うめき声だった。

「ひぃ!」

沙織ちゃんは急いで電話を切った。

部屋に戻ろうとすると、また、

トゥルルルルル

電話が鳴った。

沙織ちゃんはパニックになり、震える手で電話に出た。

ガチャッ

「・・も、もしもし・・?」

「ああ、沙織かい?」

母だった。

「母さん! 今ね!今、変な電話が!」

「ああ、あれ、母さんだよ。 ほんのイタズラ心さ。」

「もう!やめてよ!!そういうの! マジビビルわ!」

「あはは。ごめんごめん。 ところで、本題だけど、

母さん今日帰れなくなったから。 ごめんだけど寝ててね〜〜〜。」

・・・男だろう・・・。

父を数年前に亡くし、母は同窓会やら新年会やら忘年会のたびに男を作ってくる。

40代後半だが、三十代として十分に通用する母だ。

モテるのだろう。

「・・・わ、わかったよ。 あまりハメはずしすぎないようにね。」

「OK牧場〜〜」

ガチャッ

「・・・ふぅ・・・。 なんだか恋心がぼやけてしまった。・・・寝よう・・・。」

沙織ちゃんは自分の部屋に戻った。

その時だった。

・・・ガチャッ・・・

玄関のドアが開く音がした。

(・・・え・・・あ!)

裕史君が帰ってから、玄関にカギをするのを忘れていた。

「うぅぅ・・うぅぅぅ・・・」

玄関のほうからうめき声が聞こえる。

ズルズル

ズルズル・・・

床を這いずる音も聞こえる。

「うぅぅうぅ・・・」

ズルズル・・  ズルズル・・

音はだんだん大きくなる。

【何か】がこちらへ向かってくる・・・!

あきらかに、その【何か】は

自  分  の  部  屋  に  向  か  っ  て  来  て  い  る

「ぅぅうぅ・・」

ズルズル・・・

ズルズル・・・

ズルズル・・・

・・・

音が止んだ。

恐る恐る、沙織ちゃんは震える足を必死に動かし、自分の部屋のドアのほうへ様子を伺いに向かった。

そしてドアの前に立った時だった。

ガチャガチャッ!!

ガカガチャガチャ!

「ひぃっ!!!」

部屋のドアノブがガチャガチャと回された。

「ぅぅぅ・・ううぅぅぅ・・」

そしてまた、あのうめき声が聞こえてくる。

沙織ちゃんは飛ぶように自分のベッドの毛布に潜った。

ガチャガチャと、ドアノブは回され続ける。

うめき声も聞こえ続ける。

沙織ちゃんは、ただただ、その【何か】に対して、毛布に潜り込んで脅えているしかなかった。

・・・

・・・

何時間が経っただろう?

うめき声は聞こえなくなった。

ドアノブをガチャガチャと回す音も聞こえなくなった。

ただ、その【何か】は依然としてまだドアの前にいた。

ドアを開け、そこからじっと沙織ちゃんを見つめていた。

鍋をかぶり、

耳があった場所から血を流し、

ただ立ちつくす、

知らない男の人が・・・。

不気味に時間が流れて行く・・・。

チュンチュン

チュンチュン

気がつくと、沙織ちゃんは毛布に潜ったまま眠っていたらしい。

ひょっとしたら気絶してしまったのかもしれない。

外はもう明るくなり、小鳥のサエズリが聞こえていた。

もうドアはちゃんと閉まって、昨日の知らない男は居なかった。

(ひょっとしたら、あれは夢だったのかな?)と思い、

ドアを開くと、そこには頭に鍋をかぶり、

血を流して死んでいる男が居るワケもなく、ただ普通の廊下があるだけだった。

(や、やっぱり夢だったんだ・・・ よ、よかったぁ・・。)

「ふんふん〜♪」

台所の方から、母の鼻歌が聞こえてくる。

(あ、母さん、帰って来てたんだ)

台所に行くと、母が朝食を作っていた。

「母さん、おはよぉ。」

「あ、おはよう。沙織。」

「・・・あ、この香り、今日の朝ごはんは、あれね?」

「フフ。 あったり〜。」

母さんはそう言って、沙織ちゃんにお肉を生地で包んで蒸したものを出した。

「これ、コリコリしておいしいよね〜。 私ハマっちゃってさ〜。」

「そうでしょそうでしょ。 その触感は、なかなか味わえないものね^^」

「これ、なんてお肉なの?」

「ふふ。 ヒミツ。 母さんにしかつくれないヒミツの料理なのよ。それは。」

「え〜〜ケチ〜〜。」

仲のいい母娘の会話の光景。

幸せの光景。

台所に置いてあるテレビでは、昨夜起こった事件をやっている。

【鍋女】がまた出たらしい。

この家のすぐ近所だ。

被害者は、やはり鍋をかぶせられ、耳をちぎられ、その後数時間、

心を病んでしまい、町を徘徊し、警察に発見されたらしい。

「そういえば母さん。」

「ん?」

「うちって、ヤケに鍋いっぱいあるよね〜。」

「ウフフ。安売りしてたら買っちゃうのよ母さん。」

「母さんのそういう計画性の無いところ、私も似ちゃったわ・・・。」

「アハハ。本当にね〜。」

母さんが続ける。

「そういえば、昨日コップが二つあったみたいだけど、誰かお客さんでも来てたの?」

「う、うん!同じクラスの裕史君。 すごくいい子だよ^^」

「んま!男の子だったの! 沙織に手だそうとしてるのかしら?」

「アハハ。そんなんじゃないよ。 でも、いい子だよ本当に。」

「へ〜。 でもま、沙織にもし手だすような事があったら、母さんが、

   料 理 し て や ん な い と ね !」

「アハハ。変な事言わないでよ〜〜。 大丈夫だから。」

「ウフフ。 冗談よ。 仲良くやりなさい。」

「は〜い。 それにしてもこのお肉、本当においしいよね〜。」

何気ない日常の朝。

今日も親子は仲良く元気に一日を迎える。



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