でびノート(5)

創作の怖い話 File.51



投稿者 でび一星人 様





「ふふ…」

オレが問いかけると、オジサンは不適な笑みを浮かべ、イスに座りなおした。

「…ボウヤ。何も深く考える事は無いよ。

…ほら。ちゃんと説明書もついてただろう?」

「…せ、説明書って…。あんなの真に受けてやるとでも思ってるんですか?」

「…ボウヤ、ちゃんと試してから言ってるのかい?」

おじさんはメガネの隙間から、鋭い眼差しを僕に向けた。

少し背筋がゾっとした。

「えっ…い、いや…試しては無いですけど…」

「ふふ…ボウヤ。

中学二年生か」

「そ、そうですが…」

「…いいねぇ。若いってのは。

無限の可能性がある」

「…は、はぁ…」

「中学二年生。

体はぐんぐん成長するが、心はまだ子供。

そんな時期だよなぁ」

「…」

「…ボウヤ。君らくらいの年齢の子っていうのはね、

義務教育で習う事を既に八割以上学び、色んな知識を持ってるんだ。

…心は子供のままなのにね」

「…そ、それがどうしたんですか…」

「…ボウヤ、あの入り口の貼り紙を見て、昨日ビビったよね」

おじさんは、入り口のところに貼ってある【10万払えの紙】を指差した。

「…そ、そりゃぁビビりましたよ…。

昨日は奥にどんな怖いおにいさんが潜んでいるかわからなかったワケだし…」

「フフ。

そう。

ボウヤは昨日、ありもしない事を信じ込んだ。

…でもどうだろう?

昨日ボウヤが買ったノートの説明書に書かれている事に関しては、

信じようともしなかったんだろう?」

「…そ、そりゃぁ…あんなの信じる方がおかしいですよ…」

「…フフフ。信じるほうがおかしい…か。

…おじさんから見れば逆だけどねぇ。

【10万払えの紙】を信じる方がおかしいと思うけど」

「な…バ、バカにしてるんですか!」

「バカにはしていないよ。

…ただ、未熟だな…とね」

「み…未熟!!!?」

「…そう。未熟だ。

まだ熟して無い状態だね。」

「な、なんかやっぱりバカにされてる気分だ!」

「…フフ…

じゃあ聞くけど、

ボウヤは【10万の紙】は信じて、【昨日のノート】は信じなかった。

その【信じる】【信じない】の基準ってのは、どこで決めるんだい?」

「えっ…」

…改めてそう聞かれると即座に答えられいもんだ…。

「…フフフ。

いいんだよ。答えられなくても。

…もともと【信じる】か【信じない】かってのは、

どんな物事に関しても、難しくて簡単に答えが出ないものなんだよ。

だからそれでいい」

「………な、なんか頭がこんがらがってきた…」

「…フフ。

まあ、今回の件に関しては、

【現実っぽい】か【現実っぽくない】かでボウヤは判断したんだろうけどね。

中学生にありがちな判断基準さ」

「…そ、そうなんですか…」

「…いやぁ、スマンねボウヤ。

ボウヤにはこんな話はまだ早すぎたね。

…とりあえず、オジサンが言いたいのはね、

【何もやらずに決め付けるのは良くない】という事なんだよ。

どんな物事でもそうだけど、

間違ってると思った事でも、

実際にやってみて、その上で否定すればいいと思うんだよ。

でも世の中は色んな理屈をつけて、やりもしないのに否定する大人が多いだろう?

おじさんはそんな大人の言葉に説得力なんて感じないね」

「…はぁ…」

「否定するためにはまずやる!

やらないのであれば否定はせず、ただ触れなければいい!

オジサンはそういうもんだと思うよ」

「…はぁ…」

「…ま、ボウヤは今言ったオジサンの言葉を2割くらいしか理解できていないだろうが、

とりあえずその二割を駆使してゆっくり考えなさい。

はっはっはっはっは」

「…」

なんだか、小難しい話を聞かされて疲れた…。

「…ただいま…」

家に帰り着いた。

もちろん父さんはまだ帰ってきていない。

今日は野菜炒めを作った。

タマネギを少し入れすぎて、甘くなってしまったのでコンソメと塩で味を調整したら美味しくなった。

「ふぅ…」

家の用事を済ませ、自分の部屋のベッドに腰かけた時にはもう夜の8時を回っていた。

チラリ…

机の上を見る。

【でびノート】が真ん中に置かれている…

 『何もやらずに否定するのはよくない事』

オジサンが言っていた言葉…

僕はゆっくりと机に向かい、そして【でびノート】を手に取った。

 ペラッ

ページをめくる。

最初のページが開かれた。

「…何もやらずに否定…か。…とりあえず、ダマされたと思って書いてみるか」

僕は筆箱をカバンから取り出し、このまえ阿部にボロボロにされたシャーペンを手にとった。

【でびノート】の見開きに書ける項目は、名前を含めて5つ。

【名前】
【時刻】
【場所】
【出来事】
【結果】

「…これを埋めれば、その願いが叶うだって…?

…ばかばかしい…」

そう呟きながらも、

今日オジサンに言われた『何もやらずに否定するのはよくない』という言葉が心にひっかかる…。

「…とりあえず、適当に書いてみるかな…」

オレは【でびノート】の最初のページに書き込む…

【名前】阿部 司
【時刻】9月25日(金)AM11:00
【場所】教室
【出来事】両手がもげる
【結果】学校に来れなくなる

「…これでよしっ。…ま、こうなってくれたら少しは学校もマシになるだろうけど。







…ばかばかしい…」

こんなの書いてウサを晴らしてるなんて、情けないよな…。

…でも、実際少しウサが晴れた。

オジサン、とりあえずありがとうと言っておくよ。

今日はもう寝よう。

おやすみ…。

オレは部屋の電気を消して横になった。

そして静かに目を閉じながら、今日オジサンが言っていたこんな言葉を思い出した。

『…ま、ボウヤは今回オジサンの言葉を2割くらいしか理解できていないだろうが、

とりあえずその二割を駆使してゆっくり考えなさい。 』

…二割だと?

オジサンは間違っている。

一割だ。

チュンチュン…。

   チュンチュン…。

9月25日(金)

朝がやってきた。

嫌な朝。

…今日も嫌な学校に行かなければならない…。

憂鬱気分なまま制服に着替え、朝食を採らずに家を出る。

…朝日がまぶしい…。

…普通の奴らは、この朝日を見て【今日も一日頑張ろう】なんて思うのかもしれない。

でもオレはそんなの無理だ。

オレは毎日この朝日を眺めながら学校へ向う。

…地獄の学校へ…。

この朝日を眺めた1時間後には、オレは地獄の渦中に居る…。

オレにとって、この朝日は地獄へ向う鎮魂歌のようなものだ。

「…はっ」

なんという事だ。

鎮魂歌とか朝日とか考えてたら、もう学校に着いてしまった。

…嫌だ…。

行きたくない…。

門をくぐりたくない…。

「よっ!おはよう馬上君!」

門のところに、20代半ばの女教師、【筒井 晴枝】が立っていた。

「お…おはようございます…」

オレは目を見ずに挨拶をした。

「オイオイ!どうしたの馬上君。

今日も元気ないなぁ〜。

朝はもっと元気にあいさつ!」

「は…はぁ…」

…オレの悩みなんて何も解っちゃいない癖に…。

…教師なんて皆そうだ…。

「…ところで馬上君。そろそろどう?

バレーボールやってみない?

今日もさ!朝練で皆良い汗流したんだよ〜〜!

君もバレーやったらさ!

その暗い顔が…」

「…すいません。

早く教室行って予習したいので…」

「…っと…。

ご、ごめん」

「…失礼します…」

チョビ引きしたであろう筒井を後ろに、僕は教室へと向う。

…筒井に悪気は無いだろう…。

それは解ってる。

…でも…。

筒井は何も解っちゃいない。

…オレがどんな気持ちなのか…。

…オレが毎日、どんな思いでこの門をくぐるのか…。

…くそう…。

…筒井は悪くない…。

でも筒井にオレは当たってしまった…。

…気分がモヤモヤする…。



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