奇妙な1週間(16)

創作の怖い話 File.271



投稿者 でび一星人 様





「・・・。」


それだけに、下手に声をかける事が出来なかった。


「じゃ・・じゃぁ・・・ここに飛び込めば良いんです・・・ね。」

必死に作り笑いをし、呻き声が聞こえてくる地獄のゲートの前に立つ狩羽。


「・・・ええ。そうです。」

デビロもゆっくりと頷く。


「じゃ・・・じゃぁ・・・どうもお世話になりました・・・デビロさん。」


狩羽は大きく息を吸い込んだ。


地獄のゲートを覗くと、中にはこちらを見つめ、手招きしているたくさんの亡者の姿が伺えた。


皮の剥げ落ちた者、

目がくりぬかれた者、

腹がエグられた者。

沢山の亡者が手招きをしている。


狩羽は目を瞑った。

そして意を決して、飛び込もうとした時だった。





「ちょ・・・ちょ〜〜〜〜っとまったぁ!!!」




突然、大きな声が聞こえてきた。


デビロと狩羽は、声のする方を見る。




タッタッタッタッタッタッ・・・


駆け足の音が聞こえ、まもなくすると冴えない天国社員風の男が入ってきた。




「はぁ・・ハァ・・・よ、よかったぁ。まにあったぁ。」


男はホっとした様子でしゃがみこんだ。

「・・・どうしたのですか?」


デビロが不思議そうな顔をして、その男に言った。



「ハァ・・ハァ・・・デビロさん、狩羽さん・・・


も、もうしわけございません・・・。


手違いがございまして・・・。」



「手違い?」


「は、はい・・・。

とりあえず、狩羽さん、こちらへ。」


男は狩羽を手招きした。


「え・・・は、はい。」

狩羽は言われるがままに、その男の元に歩み寄る。




「・・・で、手違いって、どういう事なんだ?」

デビロは男に問い正した。


「は、はい。

手違いというのは、その狩羽さんの地獄行きの件でして・・・。」

「ん・・・?

もしかして、地獄行きじゃ無いのか?」

「え、ええ。そ、そうなんです。」

「じゃぁ、彼は天国に?

でも、おかしいだろう。


この書類によれば、彼は何十人もの人間を食べたとなっている・・・。

いくらなんでも、これで天国は無いだろう・・・。」

「え、ええ・・・。そうなんです。

天国でもありません・・・。」

「・・・は?一体どういう事なんだ?」

「は、はい・・・あの・・・その・・・


実は・・ですね、


その狩羽青年は、まだ死んでおらんのです・・・。

本当に申し訳ない・・・。

書類上のミスです・・・。

それに・・・その・・・

人を何人も食べたっていうその記載・・・。

それ、


彼が溺れて気を失った時に見た、夢の内容なんです・・・。


小人の国なんて、あるワケないっすよね。

アッハッハ〜」



「アッハッハ〜じゃ無ェよ! お前、そういうのはダメだろ〜〜〜。

彼がどれだけ怖い思いしたのかわかってんのか!」

デビロはものすごい剣幕でその男を叱った。


「ほ、本当にごめんなさい!ごめんなさい!」


男はただただ土下座していた。

「・・・と、いう事です、狩羽さん。

申し訳ない・・・。

でも・・・助かりましたね。

アナタは、現世に戻れるのです。」

デビロはニッコリと笑い、狩羽に言った。


「え・・・え・・・じゃ・・・じゃぁ、僕は・・

元に戻れるのですか?」

「ええ。そうですよ。まだ死んでいないんですから。」

「そ・・・そっか・・・

よかったぁ・・・。」

狩羽は胸を撫で下ろした。

そして、生き返った後、絶対に悪い事はしないでおこうと固く胸に誓った。

デビロが手をかざすと、


そこにはもうひとつのゲートが現れた。


「・・・さ、狩羽さん。このゲートをくぐれば、アナタは現世に戻る事が出来ます。

本当に・・・申し訳ございませんでした・・・。」


「い・・・いえ。

良い経験をさせてもらったと思っています。

ありがとうございました・・・。」


狩羽は頭を下げた。


「・・・あ、そうそう。狩羽さん。

ひとつだけ注意しておきます。

この世界と、現世では、時間軸そのものが違います。

この二週間、集まった7人の方々も、

あなた方の住む世界では、それぞれ違う時に死んだ人たちなのです。


たとえば吉田里美さんなんかは、アナタが生きている時代よりもずっと未来、


科学の発達した時代に死んだ方・・・等なんですがね。」

「・・・はぁ・・・。それが何か?」

「つまり・・・アナタが現世に戻った後、

今回出逢った誰かと会ってしまうかもしれない。

でも、ここで会ったという事は黙っておいて下さい。

良いですね?」


「そ、そうなんですか・・・はぁ。

わかりました。」

「・・ありがとうございます。

それでは、お戻り下さい。」

「はい・・・。」


狩羽は現世のゲートへと飛びこんで行った・・・。





「・・・ふぅ・・・。」


デビロは椅子に腰を降ろした。

「ほ・・・本当にすいません・・・デビロさん。」

男は謝り倒している。


「・・・いや・・・もう良いよ・・・。」

デビロはそういうと、ポケットからタバコを取り出し火を点けた。

「ふぅ・・・これで・・・オレの出世の話もパーだな・・・。」

デビロは煙を吐き出し、そう呟いた。

「本当に・・・本当にすいませんでした!デビロさん!」

「アハハ・・いやいや、本当に気にするな。

オレには、この仕事は向いてなかったんだよきっと。

進行もスムーズに行かないし、

ガキ共に嘗められるし、

それに、天候にも恵まれなかった。

コメント欄にブーイングの嵐が予想されるよ。」


「・・・本当ですね・・・。

現に、もう数件ブーイングの声でてるし・・・。」

デビロは一瞬カチンと来たが、タバコの煙とともにそれを吐き出した。

「ま、こういう試みが出来ただけで今回は良かったと思うよ。


もう、オレがやる事はないだろうけどね・・・。」


デビロがそう言った時だった。


「・・・デビロ君。やってくれたようだね・・・。」


低い声が聞えてきた。

「あ、しゃ、社長!」

天国政府の社長が現れた。

「デビロ君・・・今回の失態の責任はとってもらうからね・・・。」

「は・・・はい・・・。」

デビロは深々と頭を下げた。



 この【怪談の会】始まって以来の萎える展開。


今まで数度行われてきたこの会は、人間のドロドロした駆け引きが見れるそれは興味深い会だった。

また、観客もそれを望んでいた。







デビロは責任をとらされ、天国政府をクビになった。

「・・・じ・・・。」



「・・・・んじ・・・。」



「け・・・ん・・・じ・・・。」



「健治ちゃん!」




はっ・・・。




狩羽健治は目を覚ました。


「こ・・・ここは・・・。」


辺りを見渡す。

どうやら病院のベットの上のようだった。


「よ・・・よかったぁ・・・。」


狩羽健治のお母さんが安堵の表情を浮かべる。

「良かったですね。お母さん。これで峠は越えました。

もう大丈夫ですよ。」

ドクターらしい先生が、笑顔でおかあさんにそう答えている。


「あれ・・僕・・・。」

「健治!アナタはね、私たちとキャンプ場に向かう途中、船から投げ出されたのよ!

数時間後に発見されたんだけどね、

とても危ない状態だったの。

二週間。

二週間、アナタは昏睡状態だったのよ。」


「二週間・・・。」


二週間・・・。


丁度、あの【怪談の会】が行われていた期間だ・・・。


アレは夢だったのか・・・。


それとも本当に僕は、あの世に行ってたのか・・・。


「どちらにしても、よかったわ。

これからは、船に乗るときは気をつけなきゃね!健治!」


「・・・う・・・うん。ゴメン・・・。」



健治は謝った。

なんだか申し訳ない気持ちと、不思議な気持ちが入り交ざった気分だった。

その夜。



健治は病院のベットの上で、そっと掌を見つめた。


「桜ちゃん・・・。」


手には、なんだか桜ちゃんが握り締めてくれたぬくもりがまだ残っているような気がした。



あれは・・・本当に夢だったのだろうか・・・。

数ヶ月後


 狩羽健治は退院し、ごく普通の高校生活へと戻っていた。

何の変哲もない日常。

つまらない教師の授業。

Aのくだらない話。


こんなしょうもない事も全て、

あの地獄へ向かう恐怖と比べると、幸せに思えた。


あれが夢だったのか、本当に起こった事なのかは解らないが、

健治にとって、あの出来事は少なくとも人生を生きる上でプラスとなっていた。



 ある、寒い日の午後。


学校の帰りに、習い事をしている道場に向かう為、町を歩いている時だった。


「・・あっ。」


目を疑った。

そこには、マクドナルドの窓際の席に座る雪村桜の姿があった。


「・・・さ、桜ちゃん・・・?」


思わず、狩羽はマクドナルドに向かって歩いていた。


桜ちゃんが・・・こんなところに・・・。




嬉しかった。


やはり、あれは夢ではなかったのだろう。



狩羽がマクドナルドに入り、桜に声をかけようとしたその時だった。


一人の男子高校生が、狩羽を追い越して行った。


そして桜の向かいの席に座る。

「おまたせ。雪村さん。はい、ポテト。」

「ありがとう。」

桜ちゃんは、とても嬉しそうな笑顔でその男子高校生を見つめていた。

呆然と立ち尽くす狩羽に気づいた二人は、


「な、何か用ですか?」

と、声をかけた。

「え・・・え、あ、い、いえ。何も。 アハハ・・・。」


狩羽は慌ててそう言うと、マクドナルドを後にした。



【この世とあの世では、時間軸が違う。】


デビロが言っていたその言葉。


狩羽はとても切ない気持ちになった。


桜ちゃんは、この先死んでしまうのだろう。


でも、僕はそれを彼女に教えてはいけない。


何があったのかも、話してはいけない。


それに・・・


あんなに幸せそうな顔の桜ちゃんとあの男子高校生の間に割って入る事なんて、


とても出来そうにないと思った。

この先、あの男子高校生は死んだ桜ちゃんを振り切って、新しい女性と幸せになるんだろう。


なんだかいろんな事を考えていると、


頭の中がモヤモヤしてきたので狩羽は思いっきり走った。



走って走って走りまくった。


すると少しスッキリした。



この先、色んな事があるだろう。



辛い事、


悲しい事、


解っていても、変えられない事・・・。


でも、そんな自分の道を、精一杯走って、

時には歩いて、


進んで行こう。



狩羽健治は、自分の掌を見つめ、「さようなら。」と呟いた。

真冬の夕日は、とても綺麗に輝き、

狩羽健治を明日へと導いてくれているように感じた。



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