奇妙な1週間(10)

創作の怖い話 File.265



投稿者 でび一星人 様





「・・・では、今夜は【雪村 桜】さん、お願いします・・・。」

薄暗い密室。

テーブルを囲んで座る男女七人に、世話役のデビロ・イチーゾが静かにそう言った。
「・・・私ですね。わかりました・・・。

あの・・・私怖い話とかそんなに知らなくて・・・

これは家に置いてあった本で読んだ話なんですけど・・・。」

桜はゆっくりと頷き、語り始めた・・・

【月の詩】


月がとても綺麗な夜


月が妖しく輝く夜


私はいつも彼と逢っていた。


月が一際輝く夜。


そう



満月の夜にだけ、



彼は私の前に現れてくれた・・・。




 彼と最初に出逢ったのは月が綺麗な5月の夜



彼は足音も立てずに私の隣にそっと座った。



「泣いてるの?」




彼は優しく耳元で呟いた。




私の耳元でそっと呟いた。





私はその日、




ずっと大事に思っていた人に裏切られた。





だから夜の浜辺に座り、




月の映る海を眺めながら泣いていた。




私の隣に座った彼は、そっと私の涙を拭いてくれた。





彼はその後、




何も言わず、ただ私の隣に座っていてくれた。




ただ、私と一緒に眺めていてくれた。





月の浮かぶ水面を。

朝、



気がつくと私は浜辺で眠っていたようで、





服や顔にたくさん砂が付いていた。




彼はもう私の隣に居なかった。






ただ、





砂浜に彼が座った跡を見つけて、





なんだか私は安心した。






 その後、私は何度かその浜辺に行った。




彼がそこに現れる事はあまりなかった。





私はたまにそこに現れる彼に会う為に、毎晩その浜辺へ行った。





彼が居た時、




彼はいつも黙って私の隣に座ってくれた。




ただ、そうしてくれた。




そうしていると、安心感を得る事ができた。




私はその時間がとても好きだった。

最初に彼と出逢ってから、1年が過ぎた頃、




あの浜辺へ行こうとする私に、おばあさんが近寄ってきた。





「ちょっとお嬢さん、アンタよくあの浜辺へ行くが、何してるんだい?」





おばさんは開いてるのか開いていないのか解らない目で私にそう聞いた。





「・・・彼に・・・彼に逢いに行ってるんです・・・。」




私もなぜかそのおばあさんに素直にそう答えた。




「彼・・・にか・・・。」




おばあさんは少し詰まりながらそう答えた。




「たしか、前にもそんな娘さんがいたねぇ・・・アンタも、気をつけなよ。」




おばあさんはそう言うと、曲がった腰を抑えながら、どこかへスタスタと歩いていった。




アンタ【も】・・・気をつける・・・?



私以外の女性にも・・・彼は逢っているの?






その夜、




浜辺で私は彼に聞いた。



「私以外に逢ってる女性がいるんじゃない?」





彼は静かに答える。

「・・・昔・・・ここでよく話をしていた女性が居たんだ・・・


もう、今は逢えないけれど・・・。」




寂しそうにそういう彼を、私は抱きしめていた。





彼もまた、





心に寂しさを背負っているんだ。





それが凄く伝わってきて、私も悲しくなった。






私はそれからも、彼に逢うために浜辺に行った。




そしてある事に気がついた。





彼が来る日は、決まって満月の夜だという事。










彼と一緒に居るときには、決まって丸い月が私たちを照らしていた。





ある、月が赤い夜




彼はそっと私にくちづけをした。





私はそっと目を閉じた。




彼に身を任せようとした。





でも、次の瞬間、彼の感触が消えた。




目をあけると、そこに彼の姿は無かった。




私は浜辺に一人、ポツンと座っていた。





赤い月は私一人をただ照らしていた。

それから、彼は浜辺に姿を現さなくなった。




満月の夜も、そうでない夜も。




でも私は待ち続けた。





独りで、この浜辺に座って、











月の輝きを見つめながら・・・。












 何年そうしていただろう?






私も歳をとった。






彼は・・・彼はまだ帰ってこない。





一体どこに行ったのだろう・・・。

更に月日は流れる。






若かった私は更に歳をとり、おばあさんになった。






おばあさんになった私は、砂浜まで行けなくなった。





足を患ってしまい、砂浜へ続く階段を下る事が出来ないからだ。





そんなある日、




浜辺に座る一人の女性を見つけた。




まだ若い女の子だ。





昔の自分を思い出す・・・。







その女の子は、それからもちょくちょくあの浜辺に座っているようだった。




ただ一人、海を眺めていた。







 ある日、




私は偶然その女の子と話す機会を得た。





浜辺に向かう女の子がちょうど目の前を通ったからだ。




私は女の子に近づいて、





「ちょっとお嬢さん、アンタよくあの浜辺へ行くが、何してるんだい?」





と尋ねた。

女の子は、




「・・・彼に・・・彼に逢いに行ってるんです・・・。」




と答えた。




素直でまっすぐな目だ。






「彼・・・にか・・・。」




私は少し詰まりながらそう答えた。




「たしか、前にもそんな娘さんがいたねぇ・・・アンタも、気をつけなよ。」




【娘さん】とは、私自身の事だ。





私はそう言うと、曲がった腰を抑えながら、家に向かいスタスタと歩いて行った。





あの女の子、





昔の私にとても似ていた・・・。





そして同じように彼を待っている・・・。






私は重い体を布団に横たえた。





窓から月明かりが差し込んだ。





あぁ・・・





綺麗な月だ・・・。

今夜は赤い月だった。




妖しい輝きを放つその月は、





まるで私の心を包み込むかのように大きく輝いていた。





「・・・やぁ。」




突然耳元で声がした。




私はそっと耳元を見る。





「・・・ぁ。」





彼だ。




彼が私の枕元に座っていた。





私はすぐに起き上がった。




「・・・久しぶり・・・。」




とっさに出た言葉がそれだった。



彼はニッコリと笑って、



「久しぶり。」



と答えた。






月の差し込む私の部屋に、彼と二人。

「・・・一体、今までどこに・・・それに、アナタの姿・・・。」




彼の姿は、私が若かったあの頃とまったく同じだった。




なぜだろう?




あれから何十年も経ったのに・・・。




彼は私に顔を近づけ、




「君も・・・変わってないよ。」




ポツリと言った。



「・・・え・・・。」





彼の瞳に映る私の姿は、あの頃の私のままだった。





私は更に彼の瞳を見た。







腰も曲がっていない、




顔にシワも無い。




あの浜辺で彼を待っていた頃の私。

「あれ・・・なんで私・・・。」





「君をずっと待っていた。」





「私もアナタをずっと待っていたのよ?」




「あぁ。知っていた。」





「じゃぁなんで来てくれなかったの?」






「逢いたくても逢えなかったんだ。」





「なぜ?」





「今にならないと会えなかったから。」





「なんで今なの?」






彼は私がさっきまで寝ていた布団を指さした。

「・・・え?」





そこにはシワだらけで腰の曲がった私が横になっていた。





「・・・これは?」





「君は今死んだ。だから会えたんだ。」





「・・・死んだ?」





「そう。死んだ。


君の肉体は死んだ。



だから今こうして君と会う事が出来るんだ。」





「私が・・・死んだ・・・。」







そう、





私は今日死んだのだ。

彼が私の目の前から姿を消したあの日の夜。





彼は基地に戻り、翌日の出撃に備えた。




【神風特攻隊】




彼の属する隊はそう呼ばれていた。







「さぁ、行こうか、一緒に。」





彼は私に手を差し出した。





「・・・ええ、ありがとう。



迎えに来てくれて・・・。」





私は彼の手にそっと自分の手を重ねた。





そして月に向かって、二人で歩き始めた。




赤く赤く





綺麗に輝く月に向かって・・・。

「・・・以上です。怖くなかったらゴメンナサイ・・・。」


桜はうつむきながら言った。


「いえいえ。大丈夫ですよ。

桜ちゃんはかわいいからOKです。」

デビロはにやけながら桜にそう言った。


「ちょ・・・ちょっとトイレ。」

前回に引き続き、出不夫は前かがみでトイレに走っていった。


「・・・さて、」

デビロは仕切りなおすように口を開く。


「・・・明日は、最後の一夜という事で、外でこの会を開きましょう。



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