ジュウシチネンゼミ(4)

創作の怖い話 File.255



投稿者 でび一星人 様





教室に戻り、カバンから机に教科書を移す。

「・・ん?」


机の中に、1枚の手紙が入っているのに気がついた。


【村井君へ。 雪村 桜】


ゆ、雪村さんからだ!


 いてもたってもいられなかった。

「すいません!先生! おなかをこわしました!トイレに行ってきます!」


 うんこ野郎なんて思われてもいい。

僕は、今この手紙を早急に読まねば気が治まらなかった。


トイレに入り、鍵をかける。

そして雪村さんからの手紙をゆっくりと開いた。

【村井君へ。

この手紙を村井君が読んでいる時、

私はもうこの世に居ないでしょう。

信じられないかもしれないけれど、私にはある呪いがかかっています。

先日父から聞かされたのです。

 私の父は、ある有名企業の代表取締役をしています。

一代で、その地位を築きました。

私は父を誇りに思っています。

 私はというと、小さい頃から体が弱く、

村井君にも言った通り、家と病院を往復する日々。

 兄は元気に育ち、私を誰よりも心配してくれます。

母も父も、いつも私を気遣ってくれます。


 そんな父が、二週間前、私に泣きながら教えてくれたんです。


父が若い頃・・・私が産まれる前の話です。

どんな仕事をやっても上手くいかなかった父は、

古本屋で、ある『呪いの本』を見つけたそうです。

名前はもう忘れてしまったそうですが、その本に書いてある通りにすれば、

必ず成功すると書いてあったそうです。


ただし、その代償として、

次に産まれて来る自分の子共は、

17年の自由を奪われ、

17年と2週間でその命をも奪われる・・・。

とも書かれていたそうです。


 父は呪いなんて信じていなかったそうです。

何をやっても上手く行かないから、

軽い気持で、その呪いの方法を試したそうです。


 その後、私が生まれ、

父の起こした会社は時代の波にのり、恐ろしいくらいの速さで成長して行ったそうです。

 私はというと、この呪いの通り、17年間の自由を奪われた結果になりました・・・。


父はそれでも、呪いを信じていなかったそうです。

『たまたま』だと思い込んでいたそうです。

だけど、2週間前に、夢に悪魔が出てきてこう言ったそうです。



「2シュウカン 後 ノ 日ノ出 ニ  ヤクソクノ モノヲ  モライニクル」  



 それが単なる夢で無い事は、感覚でわかったそうです。

父は何度も何度も私に謝りました。


泣きながら、何度も何度も・・・。



 でもね、私はこれっぽっちも父を恨んでなんかいません。

だって、父は本当に私を可愛がってくれたし、

自分の時間を割いてまで見舞いに来てくれたし、

・・・何より、父が居ないと私は産まれてこれなかったんだもの。


 私の命はもうすぐ終わるかもしれないけれど、私は幸せでした。


 だって、村井君。

アナタと出会えたんだから。

 村井君、ごめんね。

卑怯かもしれないけれど、あの日本当は村井君に手を出して来て欲しかった。

もうすぐ終わりを迎える私を、

私が好きになった人に包んで欲しかった・・・。


最初に見かけた時から、私は村井君の事が好きでした。

その気持は、今も大きくなり続けています。

本当に本当に、

昨日、今日と、気まずくて学校に行かなかった事が心残りです。

手紙、日の出前にこっそりと机に入れておきます。

 最後に一目、村井君を見たかったけど、

叶わぬ願いですね。


さようなら。

本当に感謝しています。

もし生まれ変わって、またアナタと出会う事があるのなら、

その時は、沢山の時間を一緒に過ごしたいです。


                      雪村 桜】

ここがトイレという事も忘れて、僕はその場にへたり込んでいた。

手紙を持つ手が震える。

 あぁ・・・。

あの日、なぜ雪村さんを置いて、一人で帰ってしまったんだろう・・・。

あの場に一人残された雪村さんは、一体どれだけ寂しい思いをしたのだろう・・・。


 今になって、僕は雪村さんにした事の酷さを理解した。


 それと同時に、僕はかけがえの無いものをなくしてしまった事も理解した。

涙が手紙を濡らす。


 


 教室に戻ると、先生に小言を言われた。

僕は適当に返事をし、謝った後席に着いた。


 ふと教科書を見ると、【ジュウシチネンゼミ】の事が載っていた。

「17年間土の中で暮らし、2週間だけ、大空を飛ぶ・・・か。」

誰にも聞こえないような声で、そう呟いた。


【ジュウシチネンゼミ】

そう。

雪村さんは、まさにジュウシチネンゼミのような人生だった。

17年も、土の中で永い永い時を過ごし、

2週間だけ、大空を飛べる。


ただ、

彼女の2週間は、本当に大空を飛べた二週間だったのだろうか?

僕にその手助けが出来たのだろうか?


 
 窓から外を見ると、雪がちらついていた。

そういえば、最初に雪村さんと会った前の日も、

こんなふうに雪が降っていたな・・・。


 そんな事を思いながら、僕は机に顔を伏せた。


そうしないと、自然にあふれ出てくる涙を周りに悟られてしまうと思ったからだ。








 あれから、数ヶ月が過ぎた。

僕は就職した会社で研修を受けている。

馴れない環境で、精神的に張り詰めたものもあるが、なかなかに充実はしている。




 あの日、雪を描いていた空は、今では綺麗な桜を描いている。



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