ジュウシチネンゼミ(2)

創作の怖い話 File.253



投稿者 でび一星人 様





「おはよう。雪村さん。」

「あ、おはよう。村井君。」


雪村さんと出会って10日ほどが経った。

毎朝、雪村さんを【追い抜く】時に挨拶するようになっていた。

不思議なもので、女性に対してまったく話す事が出来なかった僕が、

雪村さんに対しては自然と話す事が出来ている。


 「あ、ちょっとまって〜村井君!」

雪村さんの声が後ろから聞こえて来た。

僕は自転車を止めて振り向いた。

雪村さんが少し早めに自転車を漕いで近付いて来る。


「はぁはぁ。 村井君、今日の放課後って、暇かな?」

僕の隣に自転車をつけた雪村さんが聞いてきた。

「ん。うん。いつも暇だけど、なんで?」

「あ、うん。実はお父さんから株主優待の映画券をもらって・・・。 もしよかったら、ご一緒にどうかなって。」


ドキっとした。

突然の誘い。

なんという事だろう。

  
二週間前の僕からは、想像も出来ない事が、ここ数日間続いている。

女の子と2人で映画・・・。

これは【デート】というやつなのでは・・・。



放課後。

駐輪場で待ち合わせた後、2人で自転車を押しながら駅まで歩いた。

映画館は学校の最寄り駅から3駅ほど行った所にある。

僕は自転車でも平気だが、彼女にはちと酷な距離だ。


 電車には、同じ学校の生徒がちらほら乗っていたが、

目立たない存在の僕と、ここ数日学校に通いだした雪村さん。

他の生徒も1回チラ見したくらいで、そこまで興味はもたれなかったようだ。



 映画館に着いて、二人並んで席に向かう。

付き合っている訳では無いから、手を繋ぐ訳でもないし、2人の距離も微妙だ。

 「・・・空いてるね・・・。」

雪村さんの言う通り、映画館はがらがらだった。

あと4日で、公開終了する映画のようだ。


僕と雪村さんは、並んで座り、【別れ】という映画を見た。

 主人公が、死んだ彼女のクローンと過ごすといった内容だった。

映画の後半、雪村さんの横顔を見た。

雪村さんは泣いていた。

感づかれたらいけないので、一瞬しか見なかったのだが、

雪村さんの涙は鮮明に僕の心に描写された。




「ありがとね。村井君。今日は付き合ってくれて。」

「ん。いやいや、こちらこそ、ありがとう。 楽しかったよ。」



 自転車を停めている駅へと向かう電車の中、僕らは当たり障りのない話をしていた。

その一言一言が、何の意味も無い話なのかもしれないけれど、

僕にはとても幸せでかけがえのない時間で・・・。


 話の内容なんて、何でも良いんだろう。

僕は話をしている雪村さんを、ただただ見つめて頷いていたかった。

ずっとずっと、このまま自転車を停めている駅に着かないで欲しかった。


でも、時間は進む。 終わりは必ず来る。

楽しい時間も終わり。

電車は駅に着く。



改札を出て、商店街に停めてある自転車を取りに2人で歩く。

 あぁ


この幸せな時間も、もうすぐ終わるのか。

時間が止まれば良いのに・・・。

本気でそう思った。



 その思いが通じたのかもしれない。

「・・・無いね・・・。」

「・・・うん・・・。そうだね・・・。」


時刻は夕方の七時半。

朝だけだと思っていた。

まさか夕方にヤラれるなんて、思ってもいなかった。


自転車の撤去・・・。




 作戦会議?の為に、僕らはマクドナルドに居た。

「ゴメンね・・・。本当にゴメンネ。村井君。」

雪村さんが申し訳なさそうに謝る。

「い、いやいや、気にしないで。 それより、雪村さんも自転車もってかれちゃったけど、大丈夫?」


「私は、歩いても帰れる距離だから・・・。それより村井君、遠いんでしょ?家。 本当にごめんなさい。」


「ハハ・・・。 大丈夫だよ。一応、バスもあるからさ。 電車の駅は近くに無いんだけどね・・・。」


そう。

バスに乗れば、帰れる。

明日の朝、少し早く起きなきゃならなくなるが、それくらいどうって事ない。

今日雪村さんと映画に行けた事は、何よりの財産だ。

「じゃ、そろそろ行こっか。 バスの最終、九時だから。」

僕の携帯の時計は8時37分と表示されていた。

ここからバス停までは歩いて10分もかからない。

丁度良い時間だ。


「・・・ん。村井君?最終九時なの?」

雪村さんが難しい顔をして聞く。

「ん?そうだけど?」


なにやら雪村さんはゴソゴソとカバンの中をまさぐっている。

そして携帯を取り出し、僕に見せた。



 雪村さんの携帯のディスプレイには、【9時39分】と表示されていた。

僕は自分の携帯を確認する。

・・・【8時37分】


携帯を開いてボタンを押してみる。

・・・画面が固まって動かない・・・。

雪村さんの携帯は・・・。

元気?に動いている・・・。



「フォォォォォォォォォォォオオオォォォォオ!!」

思わず僕は奇声を発してしまった。


「・・・い、いまさらHG?」

雪村さんの冷静なツッコミも、悔しいが愛おしかった・・・。



 
 
―――――――数時間後――――――


 僕は夢を見ているのだろうか・・・。

向こうからは、シャワーの音が聞こえて来る。

シャワーを浴びているのは雪村さんだ・・・。



 バスの最終を豪快に逃した後、

雪村さんは責任を感じたのだろうか?

親に電話して、【友達の家に泊まる】と伝言をした。

そして、朝まで一緒に居てくれると言ってくれた。

申し訳ないので断ったのだが、雪村さんは「気がすまないから。」と、

カラオケで朝まで過ごそうという事になった。

でも、病弱な雪村さんだ。

やっぱり睡眠はとったほうがいいと思い、

僕は人生初ラブホにやってきた。

もちろん、「何もしない!」と約束をして!


しかし・・・雪村さんの親も、最近まで家と病院を往復するような生活をしている娘が心配では無いのだろうか・・・。



 ガチャッ


浴室のドアが開き、雪村さんがパジャマを羽織って出てきた。

「・・・これ、なんか恥ずかしいね。」

「・・う、うん・・・。」

ラブホのパジャマというのは、なんでズボンが着いていないんだろう・・・。

【何もするつもりがない】僕らとしては、恥ずかしい以外の何物でもない。

・・・いや、

そもそも【何もするつもりがない】のにこの場に居る事がおかしいのか・・・。


 火照った顔で、雪村さんがベッドに座る。

先にシャワーを浴びた僕は、もう布団に入ってスタンバっている。

い、いや、この【スタンバる】というのは、寝るためのスタンバイだからね!


 「ゆ、雪村さん、もう寝なよ? 11時回ったよ?」

 「・・・うん。そうだね。」

雪村さんが、布団に入ってくる。

僕の隣に。


 元々薄暗い室内の証明を、

なんだかクリクリ回すやつでじわ〜っと暗くする。

「雪村さん、寝る時は豆電球派? それとも真っ暗派?」

「どっちでもいいよ。」

「そ、そう。」


僕は、豆電球と、真っ暗の中間くらいの微妙な暗さに調節した。

このへんの中途半端さが、おそらくモテない原因なのかもしれない。



 薄暗い部屋。

仰向けに寝る僕と雪村さん。


 これは・・・もしかしたらものすごいチャンスなのではないか?

こんな展開・・・普通はあるのか???


 ・・・

・・・


ぜ、ぜんぜん寝れねえ!!


 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!?


その時だった。

僕の手に、暖かい何かが触れた。


雪村さんの方を見る。

雪村さんは、僕を見つめていた。

そして雪村さんの手は、やさしく僕の手を包んでいた。


「村井君・・・。手、繋いでて。」

「う・・うん。」


胸は更に高鳴る。

果たして僕に安眠は訪れるのだろうか・・・。



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