CROSS(3)

創作の怖い話 File.220



投稿者 でび一星人 様





オトンは部屋をチラ見した後、ウチの横に座った。


オトンは今年で72歳。

もうすっかりおじいさんだ。




オトンは横になってダレているウチに、ゆっくりと話しはじめる。



「・・・鍋衣、仕事する気はもう無いのか?」


「・・・別に・・・。」


「そうか・・・。」


「うん・・・。」




会話が途切れた。



「あのな、鍋衣。」

「・・・うん。」


頑張ってるな・・オトン・・・。


「実は父さんもな、

鍋衣くらいの歳で、仕事をしていなかった時期があったんだよ。」


「へ〜・・そうなんや・・・意外やな。」


「ああ、そうだろ。

その時ってさ、やっぱり毎日気分が優れずに、

なんていうか、先が濁ってるっていうか、

そんな感覚に見舞われたんだよな。」



・・・オトン・・・なんとなく、わかる・・・。


「でもな、鍋衣。

そんな父さんも、自然と働くようになったよ。

30歳を前にしてね。

だから、鍋衣も今は辛いだろうけど、あまり考えすぎないようにな。」




・・・えっ・・・。



「じゃ、それだけだから。」



オトンはそう言うと、部屋を出て行った。



ガバッ。


ウチは起き上がった。

・・てっきり・・・オトンはウチに説教するもんやと思っとった・・・。


でも・・・オトンは逆に、今のウチを慰めてくれたんか・・・?



 なんだか申し訳ないような、そんな気持ちで、胸が張り裂けそうになった。


そして散らかった部屋に落ちている、【ダイナマイト関西ウォーカー】の表紙に目をやった。





【山特集!〜そこに山があるから登るんだ!〜】



ウチは着替えて眉毛を書いた。

油性マジックで。




そして家を飛び出した。



「あ!鍋衣!どこ行くの!?」

オカンが玄関口でウチに言った。


「ちょっとそこまで散歩や!

安心しぃ!夕飯までには戻るから!」


タッタッタッタッタッタ。



朝日を浴びて、ウチは走った。


【山がウチを呼んでいる。】



何の根拠も無いが、そう思った。




ウチは山を駆け上った。

この山の頂上には、遊園地がある!


しかし、今はそんなの関係ねぇ!


ウチはただひたすらに山を登った。


汗で化粧が流れ落ちた。


でも、眉毛だけは大丈夫だった。


なぜなら油性マジックで書いたから。

「ハァ・・ハァ・・・。」


辺りは木ばっかりになった。


この山に来たのは、何年ぶりだろう・・・。

もう10年近く前に、犬を捨てに来た時以来だろう(結局捨てるのは未遂に終わったが・・・)。





汗だくになった。

しかしなんか気持ちが良い。




疲れた。


少し休む事にしよう。


ウチは、たまたま目の前にあった大きな石に腰掛けた。



「ふぅ。」


喉が渇いたな。


・・・でも、何も考えずにここまで来てしまったため、飲み物が何も無い。



「あぁ〜〜〜喉がカラッカラやぁ〜〜〜。」


周りに誰も居なかったので、声に出してそう言った。


もし草陰に人が隠れて居て聞かれてたらなんかハズいよね!






 ピカッ



その時、辺りが一瞬、眩く光ったような気がした。


「な、なんや!?雷か!?」


ウチは立ち上がり、辺りを見渡した。

・・・雨が降り出す気配はまったくない。

むしろ良い天気だ。



木々の隙間から、陽が差し込んでいる。


(何や・・・この光が・・・たまたま目に入っただけか・・・。)


ウチは金田一ばりに謎が解けて少しスッキリした。

「さて、帰るか。」


ウチはゆっくりと立ち上がった。


なんだか意味も解らず、がむしゃらに自然の中を駆け巡ったので気持ちが軽くなっていた。



山を下る。


来る時はがむしゃらだったのであんまり何も考えては居なかったが、


・・・めちゃくちゃしんどい・・・。



そういえば昔、担任の国語教師が言ってたな。

【限界だと思ったところが、折り返し地点】


残り半分って、超辛いもんやな・・・。






 ウチは後半、文字通り足を引きずりながら、ようやく家に辿りついた。



「フゥ・・・しんどかった・・・。

もう二度と山には登らんで・・・。」



ウチは玄関を開けて家に入ろうとした。



ガチャ



「・・・ん?」


鍵がかかっていた。



「・・・めずらしいな。

オトンもオカンもセットで出かけたんか。」



ウチはポケットから家の鍵を出す。



ガチャリ。


鍵を開けて家に入る。




「ただいまぁ〜・・・。」



シ〜〜ン

「・・・やっぱし出かけとるんか・・・。」



ウチはとりあえず喉が渇いたので台所に行った。




冷蔵庫を開けると、よ〜く冷えた麦茶が入っていた。


「まさに天の恵み!」


ウチは、お茶の入った容器に口を付けずに、上手いこと流し込んで飲んだ。


「ぷはー!(オッサン)美味いっ!・・・ん?」


2リットルのお茶を飲み干し、ふとテーブルを見ると、1枚のメモ書きが置いてあった。




【今日は父さんと一緒に映画を見てきます。


ご飯は勝手に食べててね〜〜〜。


        母より         】




ほ〜〜〜う。

二人でお出かけか。

良えな・・・。

ウチも、旦那とは、70歳超えても一緒にデートできる間柄でおりたいな。

・・・まずは相手探しやけど・・・。




「さて・・・と。

喉も潤ったし、疲れたから寝るかな。」

ウチは大きく伸びをして、自分の部屋に戻ろうとした。





・・・その時だった。



ガチャッ。



玄関の開く音がした。



「・・ん?」


オトンとオカンが帰って来たのか・・・?


こんな早くに・・・?



・・・いや、メモに【ご飯は勝手に食べてね〜〜】って書いていた。


あれはたぶん夜遅くになるという意味・・・


じゃぁ・・・今玄関を開けたのは誰・・・?




ゴトゴトっ。


ギッ ギッ ギッ



廊下を歩く音が、台所へと近付いてくる・・・。



ウチはとっさに台所の電気を消し、テーブルの奥に隠れた。




ギッ ギッ ギッ・・・。




がちゃ



人影が、台所へと入ってきた。


・・・どうやら若い男らしい。


ゴクリ。

ウチは唾を飲む。




→CROSS(4)へ



★→この怖い話を評価する



[怖い話]


[創作の怖い話5]