CROSS(1) |
創作の怖い話 File.218 |
投稿者 でび一星人 様 |
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―ウチには、双子の兄が居た。 親からは、【一姫二太郎】的に育つよう、 弟と教えられて育った。 だから、ウチの中で、兄は兄では無く、 弟だった。 いや、 今でも、 ウチにとって、たった一人の姉弟であり、 かけがえのない存在なのだ― 「鍋衣ちゃん!お〜い!鍋衣ちゃん!」 はっ。 ウチの名は【八木 鍋衣(やぎ なべい)】 来年でとうとう三十路。 独身。 親元暮らし。 親は二人とも高齢で、年金を貰っている。 ウチはというと、日々頑張ってパチンコをして、生活費の援助をしている。 エンジョイ!援助! 「鍋衣ちゃ〜ん!聞いてるんか〜〜〜!おい〜〜〜!」 玄関から声がしている・・・。 この声はきっとパチンコ仲間の【潤太郎】だ。 潤太郎とは、数ヶ月前にパチンコ屋で知り合った。 当時、パチンコにハマり過ぎて、 結婚を前提にお付き合いしていた男にフラれて失意のどん底でパチンコしていたウチを、 潤太郎は思いっきり笑った。 腹をかかえて笑いやがった。 ウチはキレた。 潤太郎をボコのボコにした。 崖の上でボコにした。 ボコの極みまで行った時、潤太郎はまた笑った。 そして言った。 「・・・スッキリしたかい?」 潤太郎は、いつもパチンコで負けるウチを遠くから見ていたらしい。 しかし潤太郎は、そんなウチの【指さばき】に天性の物を感じ取ったらしい。 「ヲレが指導したら、鍋衣ちゃんは【パチ神】の域まで到達できるよ。」 潤太郎は、ボコボコにされた顔でそう言った。 「ほ・・・ほんまか?」 男にも逃げられ、三十路が見えてきたウチにとって、その言葉は救いの一言だった。 それから、ウチは潤太郎と一緒にパチンコをするようになった。 なぜか、潤太郎は格安でウチにパチコツを教えてくれた。 前日の晩に、台をチェックして、 朝は誰よりも早起きして店に並ぶ。 そうこうしてるうちに、ウチも少しだけコツを掴んできた。 潤太郎には本当に感謝している。 「オイ〜〜〜鍋衣ちゃぁ〜〜ん! 早く行かないと、行列できちまうぜ〜〜〜!」 「はいはい!すぐ行くでー!」 ウチは布団から素早く脱出し、マッハで眉毛を書いて部屋を飛び出した。 ドンドンドンドン! 階段を数段飛ばしで駆け下りる。 「あ、鍋衣!」 「あ、オカン。」 階段を下ると、丁度トイレに起きたっぽいオカンが立っていた。 「鍋衣・・・早いわね・・・今日もパチンコ?」 「え・・・う・・・うん・・・。」 なぜだろう。 なぜかパチンコに行くというのはバツが悪いものだ。 「鍋衣・・・パチンコなんて、もうやめときなさいよ・・・。 女の子なんだし・・・ それに、あんた、パチンコで大切な人に逃げられたでしょう・・・。」 「う、うっさいわ! その話はすんなや! アホ!」 「あ、鍋衣!ちょっと待ちなさい!」 バンッ! ウチは玄関を勢いよく飛び出て、ドアを閉めた。 「オウ!おはよう鍋衣ちゃん。 ・・・えらいお母さんと言い合いしてたみたいだけど?」 潤太郎はリーゼント頭をかきあげながらウチに声をかけた。 「え、ええねん!あんなん放っとけばええねん! ほら!行くで潤太郎! 早よ行かな行列ができてまうで!」 タッタッタッタッタ・・・ 「あ、待ってよ!鍋衣ちゃん!」 タッタッタッタッタ・・・。 潤太郎とウチは、早朝ランニングしてる人を追い抜きながら走る。 ・・・パチンコ屋に向かって・・・。 「ふぅ。 三番目か。」 潤太郎がカバンから新聞を取り出して、パチ屋の前に敷く。 「ほら、鍋衣ちゃんも座りな。」 「お・・・おう。」 ウチは潤太郎の横に座った。 潤太郎は、パチンコ情報誌を読んでいる。 ウチは目の前を通り過ぎる学生や、スーツを着たサラリーマンを眺めていた。 ・・・ウチにも・・・ああやって普通に学校や会社に通ってた時期があったんやな・・・。 今の自分は、本当に今の自分のままで良いのだろうか? 他に出来る事があるのでは無いだろうか? ・・・ウチは、今のこんな状態で・・・死んだ弟に顔向けできるんやろうか・・・。 ・・・鎌司・・・。 【鎌司(かまじ)】とは、数年前に死んだ弟の名前だ。 交通事故だった。 その時ウチは、心臓の治療の為入院していて、 鎌司はプロの将棋指しになれるかどうかの瀬戸際の対局だった。 その対局中に・・・鎌司はウチの様子を見ようと病院に向かい・・・その途中で・・・。 鎌司・・・ もし、ウチの代わりに鎌司が生きていたら、 お前はウチみたいにしょーもない人生を送って無かったやろうな・・・。 「鍋衣ちゃん!鍋衣ちゃん!」 「・・はっ。」 「何ぼーっとしてるの!鍋衣ちゃん! ほら!もうすぐ開店だよ!」 潤太郎に声をかけられて後ろを向くと、ものすごい行列が出来ていた。 「お、おぉ・・・もうこんな時間か。」 「うん。 とりあえず、鍋衣ちゃんは昨日ヲレが言った台に座って!ね。 間違いないはずだから。」 「お、おう・・・。 サンキュ〜。」 「じゃあ、また夕方!」 「OK。」 開店と同時に、ウチと潤太郎は、他の客もろとも、なだれ込むようにパチ屋に入っていった。 1時間ほどが経ったか。 ウチの椅子の後ろには、パチンコ玉の入った箱が大量に積み重ねられていた。 潤太郎の言うとおりにやれば、ホンマによく出る・・・。 パチンコのレバーを握りながら、 ウチはぼーっと考え事をしていた。 【綿 保(めん たもつ)】・・・。 半年ほど前まで、付き合っていた人。 アダナは【モヤシ】 モヤシとは、中、高時代、同じ学校だった。 なんというか、 ウチのパシリやった。 そんなモヤシは、高校を卒業して医大に進んだ。 そして医者になった。 高校を卒業して、別々の道に進む事になり、離れ離れになったモヤシは、 ある日突然ウチの前にまた姿を現した。 そして病からウチを救ってくれた。 それから、モヤシはウチの側にずっといてくれた。 仕事は鬼の如く忙しそうだったのに、 ウチのワガママにいつも付き合ってくれた。 モヤシは、ウチに対して怒った事が無かった。 ウチはそれを当たり前だと思っていた。 モヤシが怒らない事が、当たり前だと・・・。 →CROSS(2)へ ★→この怖い話を評価する |
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