疫病神様(2)

創作の怖い話 File.206



投稿者 でび一星人 様





「お、おお!ちょうど良いやんけ。鎌司! 少し優真と話しいや!気晴らしや。気晴らし!」

姉ちゃんも、ここぞとばかりか優真トークを促す。


「・・・わかったよ・・・。」


僕は優真君とすこしばかり話をする事にした。



僕が部屋に優真君を案内しようとすると、


「あ!鎌司さん! 外行きましょうよ!外!」


優真君は僕を呼び止めた。


「・・・え・・・・家で良くない?外、寒いし・・・。」


「いやいや〜。 久々に、八木さんとキャッチボールしようと思って・・・。」



優真君はそう言うと、カバンからグローブを取り出してニコっと笑った。


「・・・ゴメン、優真君・・・僕、もうグローブ捨てちゃったんだ・・・。


ドラフト会議のあったあの日・・・。


もう、使う事無いと思ってね・・・。」




・・・そう、


あの日。



ドラフト会議が終わった日。



プロ志望届けを出していなかった僕は、もちろんドラフト会議で指名される事は無かった。


その日、僕は【決別】の意味で、


グローブを捨てたんだ。





「・・・そ、そうなんスか・・・残念っす・・・。」


「ごめん・・・。」




優真君は少し寂しそうだった。





「あ!ちょっと、お前らそこで待っとき!」


姉ちゃんがなんだかソワソワしている。


「・・・何で・・・?」


「エエから、待っといてや!」


姉ちゃんはそう言うと、バタバタと家の奥に走って行った。



「・・・鍋衣さん・・・何ソワソワしてんスかね・・・。」


「・・・さあ・・・。」

姉ちゃんは、たまに理解不能の行動をとる。


それは僕の知能を持ってしても、解読できない事があるくらいだ。




『どこやー


    ここかー!』




・・・ねえちゃんの声が遠くから聞える・・・。




 ドタドタ


   ガシャガシャ!


 バキッ!  ドカッ!




・・・破壊音さえ聞えてくる・・・。



『あったぁ!!!』



ドタドタドタ!





掛け声と共に、姉ちゃんが戻ってきた。




「鎌司!おまたせ!」



姉ちゃんの手には、古びたグローブが握られていた。



「・・・こ、これは・・・。」


僕はそのグローブをそっと受け取った。


・・・このグローブは・・・まさか・・・。

「ふふ。鎌司、こんな日が来るかもしれんと思ってな。


姉ちゃん、お前がグローブ捨てたの見てて、こっそり拾って隠しといたんやわ。」


姉ちゃんは小さくvサインをした。


「・・・姉ちゃん・・・。」



僕はグローブを強く握り締めた。


もう何年も触っていなかったせいか、


グローブはカピカピに固まっていた。



「鍋衣さん、やるっスね!」


優真君も笑顔になった。


「さ!鎌司さん、外行きましょう! これで断る理由はないですよね!」


「・・・でも・・・もう何年もボールなんて触ってないし・・・。こんな体になっちゃったし・・・。」


「アハハ。鎌司さんらしくない! 良いから行きましょう!体が覚えてるっスよきっと!」


僕は優真君に手を引かれ、半ば連れ出されるように近くの公園まで引っ張られていった。






 パシッ



シュッ




  カシッ。




 グローブがかちかちで、僕がボールを取った時の音がおかしい・・・。



「ははは!やっぱり、鎌司さん、ブランクあってもキレイな投げ方じゃないっスか!」


優真君は楽しそうだ。



 ボールを投げるのは本当に久しぶりだったが、


優真君の言った通り、球を投げる型は体で覚えてるみたいだった。


当時壊した肩が少し心配だったが、


普通にキャッチボールしたりする分には問題ないようだ。

何年も安静にしていたからだろう。


・・・ただ、


ピッチャーとして1試合何球も投げる事は出来ないだろうな・・・。



・・・ん。


何を考えてるんだろう。


僕はこんな体。


もう野球とは決別したのに・・・。

シュッ


パシッ



シュッ


コシッ



ほんのりと、グローブはほぐれてきたみたいだ。

でも、まだまだカチカチだが・・・。



シュッ



「ところで鎌司さん!・・・少し相談というか、話があるんっスが!」



パシッ


シュッ



「・・・ん。そういえば、それが本題だったね・・・一体どうしたの・・・?」



シュッ


コシッ



「ええ!実は、オレね、大学でも結局野球続けたんスよ!」


シュッ


パシッ



「・・へぇ・・・。優真君、野球は嫌いって言ってたのに・・・。」


シュッ


コシッ


「へへ・・・そうだったんスがね・・・。気づいたら、なんかオレには野球しか無くなってて。」


シュッ


パシッ


「・・・そう・・・。」


シュッ


コシッ


「でね、八木さん、オレ、今度テスト受けようと思ってるんすよ。 プロ野球の。」


シュッ


パシッ


「・・・テスト・・・?」


シュッ


ピシッ


「ええ。ドラフトでは指名される気配が無いんでね・・・。


【苦天 ヒヨコーズ】って知ってますか?


まだ設立して数年しか経ってないチームですけど、


今度、入団テストじみた事をやるらしいんっスよ。


アマチュアや独立リーグの選手を対象にしたテストを。


そこで評価されれば、育成選手として指名してくれるらしいんス。」


シュッ



パシッ


「・・・。」



・・・優真君が・・・プロ野球選手を目指す・・・のか・・・。

苦天 ヒヨコーズ・・・。


たしか、高校時代、僕を指名したいと挨拶に来てくれた球団の一つだ・・。


当時、新人選手としては最高の評価をしてくれた球団・・・。



シュッ


ピシッ



「八木さん?聞いてます?」



シュッ


パシッ



「・・・あぁ・・・ごめん。 優真君、プロは厳しいと思うよ・・・。」



シュッ


ピシッ


「・・・ええ。解ってます・・・。でも・・・何もやらないまま諦めるって・・何か嫌じゃないっスか?」


シュッ


パシッ


「・・・それは解るけど・・・覚えてる?僕らが大阪府予選の準決勝で負けた大阪近蔭高校・・・。

あんなに強いチームでも、甲子園には行けなかったんだよ・・・。

・・更に、優勝した高校も、甲子園の1回戦で負けた・・・。

大学は更にその上・・・


社会人はもっと上・・・。


プロは、その更に上なんだよ・・・?」


シュッ


ピシッ。



「う・・・で、でも・・・やってみないと解らないじゃないっスか!」

シュッ


パシッ


「・・・可能性、ゼロじゃないけどね・・・。

でも、難しいと思うよ・・・優真君の実力だと・・・。」



シュッ


ピシッ



「な・・・何か、八木さん変わりましたね・・・。」


シュッ


パシッ


「・・・えっ・・・?」



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