雨の夜の出来事(1)

創作の怖い話 File.191



投稿者 でび一星人 様





「今日もありがと。気をつけて帰ってね。」

「ヒック。あぁ。ありがとうママ・・・。」


 ふらつく足取りの常連の肩を支え、花子ママはタクシーが待つ道路脇へ向かった。


「・・・ヒック・・・。じゃぁ、また来るから。」

「ありがとうございました。」


タクシーの後部座席にもたれかかるように座る常連客が手を振っている。

そんなお客さんに、花子ママは深々とおじぎをした。


トントントン・・・


そして階段を上り、二階にある自分の店へと戻る。


ガラガラガラ・・・


シャッターを閉める。

いつもの光景。

いつもの店じまい。



 花子ママは誰も居なくなったカウンターに座り、

今日の売り上げを計算する為に電卓と老眼鏡を用意した。




 【スナック花子】


店の名前だ。


この店を経営する花子ママは今年で64歳になった。


でも、見た目はまだまだ50代半ばで通る若さを保っている。

常連さんの中には、花子ママを狙っている人も多い。




「・・・3万と・・・102円・・・か。」


花子ママはそう言うと、102円をカンカンの貯金箱に入れた。


端数はいつもこの貯金箱に入れる事にしている。



「さ。帰るか。」


花子ママは大きく伸びをした。

全身に酸素が行き渡り、少し体が軽くなった。



 店内の明かりを消し、シャッターの鍵と鞄を手に、外へ出る。


「・・・花ちゃん。」


鍵をかけようとした花子ママの背後から声がした。


花子ママはゆっくりと後ろを向いた。

・・・そこには、大柄な中年男性が立っていた。


「よう。花ちゃん。どないや?景気は?」


「あぁ・・・丼丸さん。」



【神谷 丼丸】

花子ママより一回り若いこの男は、このへん一帯を仕切っている【神谷組】の組長だ。

花子ママの元夫に恩があり、その繋がりで、花子ママに破格の安値でこのテナントを貸しているのだ。


「丼丸さん、本当にいつもありがとうございます。

丼丸さんのおかげで、ややこしい客も寄り付かなくなりました。」


「ん?はっはっは。かまへんかまへん。

花子ママにはしっかり稼いでもらわな、家賃もらわれへんかったら困るからのう。」



「家賃なんて・・・格安にしてもらってますし・・・なんか悪いです・・・。」


「いやいや、ほんまにそれは気にせんといてくれや。

今のワシがあるのも、裕史のおかげ・・・あ、スマン。

この名前は出したらイカンかったな・・・。」


「・・・いえ・・・。

気使わせてしまって、なんかすいません・・・。」


「・・・いや・・・。

そ、それより花子ママ、

これから暇か?

1杯飲み行かへんか?」

「いえ・・・。明日は少し用事がありまして・・・。

すいません。」


「そ、そうか。 ほな、これでタクシーでも乗って帰りーや。」


丼丸はそう言うと、1万円札をサイフから取り出し、花子ママに手渡そうとした。


「え・・・こんなに、困ります。

それに家は歩いて帰れる距離ですし。」


「ま、まぁまぁ。エエやんけ。ジュースでも飲み〜や。」


丼丸は、1度出したお金を引っ込めるわけにもいかず、花子ママに受け取ってもらおうと尚も渡そうとする。


「ほ、本当に結構ですので。 困りますから。


また、暇な時にでも行きましょう。ね。」




「そ、そうか・・・。

そこまで言うんやったら・・・しゃぁないな。

まあ、気つけて帰りや。」


「はい。

丼丸さんも、お気をつけて。」


花子ママは丼丸に一礼すると、家に向かって歩いていった。






ポツ・・・






    ポツポツポツ・・・





 ポツ・・・





ザーーーーーーー・・・






  数分歩いたところで、雨が降り出した。

かなりの土砂降りだ。


花子ママはとっさに道脇にある、シャッターの閉まったお店の軒下に非難した。


(ハァ・・・困ったわ。 こんな事になるなら、丼丸さんに甘えて、タクシーで帰るんだった・・・。)


花子ママはそんな事を考えながら、雨が止むのを軒下で待った。







数分後----------------







(止まない・・・。)




ザーーーーー・・・



梅雨時の雨。



すぐ止むと思っていたが、なかなか止まない。


(困った・・・。)


花子ママは携帯を取り出した。


仕方ないので、タクシーを呼ぼうと思ったからだ。



「えっと・・・タクシー会社の番号は・・・あった!」



発信ボタンを押す花子ママ。




・・・





・・・




・・・





繋がらない・・・。

鞄から老眼鏡を取り出す。





そこで謎が解けた。



「この場所・・・圏外じゃん・・・。」



なんと、この場所は電波が通じないらしい。




雨は依然として土砂降り。




「困った・・・。」






・・・まったく止む気配が無い。




ピチャッ・・・




    ピチャッ・・・



 ピチャッ・・・。




 その時、遠方から真っ赤な傘をさした人が歩いてくるのが見えた。





ピチャ・・・



 ピチャッ・・・。






 (変な人だったらいやだなぁ・・・。)



そんな事を思いながら、花子ママは下を向いて雨が止むのを待っていた。




ピチャッ・・・




  ピチャン・・・。




足音が近付いてくる。



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