無人の玄関(1) |
創作の怖い話 File.187 |
投稿者 でび一星人 様 |
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「だから・・・家では飼えないって言ってるだろ・・・このマンション、ペット禁止なんだから・・・。」 「オトン!そこをなんとか頼むって!見てみ!この子! めっちゃかわいそうな顔してるやんか!」 ・・・姉ちゃんは必死に父さんに食い下がっている・・・。 たしかに、姉ちゃんが拾ってきた犬はめちゃくちゃかわいそうな目をしている。 そして小刻みにプルプルと震えている。 外は雨。 犬はびっしょりと濡れていた。 きっと、寒さと怖さの両方で震えているのだろう。 「・・・父さん・・・まあ、とりあえずその子の体だけでも拭いてあげたら・・・?」 僕のその一言を聞き、姉ちゃんは笑顔になる。 「鎌司!オマエもそう思うやんな!かわいそうやんな!」 「・・・うん・・・かわいそうと思うけど・・・飼うかどうかは別だよ・・・。」 父さんもその一言を聞き、笑顔になる。 「な!鎌司はちゃんとわかってるんだよ。マンションではペットは飼えないって。 ・・・まあ、かわいそうなのは事実。 とりあえず体を拭いてあげなさい。 ・・・雨が止んだら、ちゃんと元の場所に返してくるんだぞ。」 父さんは姉ちゃんにそう言うと、自分の部屋に戻っていった。 姉ちゃんはふくれている。 やっぱり飼いたいんだろう。 「あのクソオヤジ・・・でもまぁ、鎌司、とりあえずありがとうな。ちょっとタオルとってくるから、この子持っててや。」 「・・え、ちょっと・・・。」 姉ちゃんは子犬を僕に手渡すと、急いでタオルを取りに走っていった。 「クゥ〜ン・・・。」 子犬は僕の服のニオイをクンクンと嗅ぎ、 そしてペロっと僕の頬を舐めた。 僕の名は、八木 鎌司(やぎ かまじ) 二十歳。 数ヶ月前に成人式を向かえた。 この子犬を連れて帰ってきたのが姉ちゃんの【鍋衣】(なべい) 僕と同じ二十歳。 つまり、僕と姉ちゃんは双子という事だ。 姉ちゃんは高校を卒業してから、コンビニでアルバイトを続けている。 フリーターというやつだ。 時給は何か店長の弱みを握るたびに上がっているらしく、 今では920円に到達しているらしい。 これは昼のコンビニでは破格の時給だ。 ・・・一方、僕はと言うと、世間でニートと呼ばれる存在になってしまっている。 ・・・まあ、働く意思が無くてニートをしているワケでは無く、 一応目標というか、夢というか、 そういうモノはある。 僕は小学校からプロ棋士を目指していた。 師匠の指導のおかげもあり、小学校六年生で三段リーグに入る事が出来た。 正直、自分自身も、すぐに四段になれると思っていた甘い部分があった。(四段からプロ棋士となり、給料が出る。) そういう甘い考えからか、中学、高校と、野球に熱中してしまう。 ・・・それがいけなかった。 将棋の成績はガタ落ち。 卒業後も、なかなか勘が戻るものでもなく、 かつては飛びぬけた存在だったため、 皆がこぞって僕の将棋を研究し、勝たせてもらえなくなった。 ・・・最近では、昇段争いに加わる事も出来ない始末だ・・・。 ちなみに、25歳までにプロ(四段)になれなければ、奨励会を退会する規定がある。 あと5年ほどの猶予があるのだが、 新三段も、どんどん強い人が上がってくるので、正直少し焦りを覚えている・・・。 「鎌司〜!お待たせ!」 姉ちゃんは【ケロケロ温泉】とプリントされたバスタオルを持ってきた。 「・・・姉ちゃん・・・旅行先からパクって来たろ・・・。」 「え?何や?バスタオルって旅館からプレゼントされてるんとちゃうんか?」 「・・・。」 僕と姉ちゃんは子犬の体を拭き、念のため?ドライヤーで乾かした。 子犬はドライヤーの音でビビリ、少し暴れた。 「ふぅ。鎌司、手伝ってくれてありがとうな!」 「・・・いや、別に・・・じゃぁ、僕は部屋に戻るね・・・。」 「お、おう。ゴメンな。将棋の勉強中に。」 「・・・いや・・・。」 僕がそう言って、部屋に戻ろうとした時だった。 「ぱんぱんっ!」 ・・・? 「・・・姉ちゃん、今の音、何?」 姉ちゃんの方を見ると、隣に座っている子犬が尻尾を振って僕を見ていた。 「お!鎌司、コイツ、鎌司にお礼言うとるでたぶん。」 「・・・いや・・・人の質問聞いてるか?姉ちゃん・・・。」 「ぱんぱんっ!!!」 ・・・・? 幻聴だろうか? 将棋のやりすぎで、少し頭がラリったか・・・。 それともタバコの吸いすぎだろうか・・・。 あ、タスポ買わなきゃ・・・。 ま、ほとんどコンビニで買うから無くても大丈夫だけど・・・。 話が反れた。 どうやら、 今見た感じだと、 子犬が「ぱん」と、鳴いているようだ・・・。 ありえない・・・。 古来から、日本の犬は「ワン」と鳴く事になっている。 欧米では「バウ」らしいが・・・。 「ぱん」は、聞いた事が無い・・・。 「ぱんぱんっ!」 子犬は鳴きながら僕に駆け寄ってきた。 「ハッハッ!」 子犬は尻尾を振りながら、僕の足元にまとわり付いている。 そして・・・ 「ぱんぱんっ!」 僕の耳は、【わ】が【ぱ】に聞えるようになってしまったのだろうか・・・。 このままでは、もし僕がレストランで働くとして、 ワインを頼まれてもパイナップルを持っていくという失敗は避けられない。 これは非常に困る・・・。 ワンダーランドも、中国に頼らなければならなくなる・・・。 これも非常に困る・・。 僕は頭を抱え、その場にしゃがみこんだ。 「ぱんっ!」 子犬は心配してか、僕のひざに両前足を置き、顔を覗き込もうとしている。 あぁぁ・・・。 【わ】が【ぱ】に聞える・・・。 我がパニック・・・。 ↑ラッパーになれるかな。僕。 ・・・そんなのは良い・・・。 そんな僕に、姉ちゃんがゆっくり歩み寄り、こう言った。 「鎌司、コイツ、おもろいやろ〜『ぱん』って鳴くねんで。 笑けるやろ、この鳴き方。ケラケラケラ。」 ・・・!? 「ぱんっ!」 僕が顔を上げると、子犬はうれしそうに鳴いた。 「・・・姉ちゃん、この犬、『ぱん』って鳴くの・・・?」 「・・・ん?そやで。不思議やろ〜。」 なんだよ・・・。 僕の耳のせいじゃなかったのか・・・。 ホっとした。 最近僕は家に引きこもる事が多いせいか、 少々被害妄想癖があるようだ。 とにもかくにも、よかった・・・。 →無人の玄関(2)へ ★→この怖い話を評価する |
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