僕らの目指した甲子園(17)

創作の怖い話 File.176



投稿者 でび一星人 様





僕はなぜ急に師匠がこんな事を言い出すのかと少し違和感を持った。

・・・言い出しただけではなく、なんとなくその言い方とか仕草で・・・。


 その理由は翌日学校に行った時にわかった。

僕は放課後に理事長室に呼び出しを喰らった。

「鎌司、殺されるで。」

「鎌司、消されるで。」

同じクラスの男子が冗談じみてそんな事を言う。

だが、あの理事長は本気でやりかねない事だ。


僕は武器になりそうな文房具をいくつかポケットに入れて理事長室に行った。


コンコン


「どうぞ・・・。」


ガチャッ


「やあ。待っておったよ、八木君。」

良かった。

理事長は機嫌が良さそうだ。

「・・・どのようなご用件でしょうか・・・?」

「いやいや、まあ、そこに座りたまえ。」

理事長は机を挟んだ席に座るよう僕に勧めた。

僕は座った瞬間に両方の壁が迫ってくるような仕掛けが無いかを調べてその席に座った。

「・・・やけに警戒しとるな・・・

ワシはもう野球部の顧問。

君に嫌がらせなどせんよ。」

理事長はニコリと笑う。

「・・・そうですか・・・

それで、一体今日はどういうご用件で?」

再度僕が聞くと、理事長は信じられない事を言った。

「いやいや、今日呼んだのはだね、

鎌司君、君は希望の球団とかは有るのかね?」

「・・・球団・・・?」

何の事か一瞬意味が解らなかった。

「ああ、プロ野球の球団じゃよ。

実はだね、鎌司君。

今日はプロのスカウトの方がこられてね。

それも5球団!

 予選の君の速球を、プロのトレーニングで更に磨くととんでもない選手になると言う事なんだよ。」


理事長はそう言うと、僕を欲しいという各球団をまとめた紙を見せてくれた。





 婿入 スネオーズ   高校生ドラフト3巡指名予定  契約金8000 年棒1000

 全身 タイタニック  高校生ドラフト2巡指名予定  契約金5000 年棒800

 外日 ドラエモンズ  高校生ドラフト2巡指名予定  契約金5000 年棒700

 ロッアシ モンローズ 高校生ドラフト2巡指名予定  契約金無し 年棒580

 苦天 ヒヨコーズ   高校生ドラフト1巡指名予定  契約金1億 年棒1500 +出来高

 】



 「・・・。」

「で、どうなんだい、八木君?

君は希望の球団等はあるのかね?

・・・まあ、それはどうでもいい。

ワシには関係ないからね。

いやはや、しかしウチの高校からプロ野球選手が出るとなると、

来年の入学生にも期待が出来るのぉ。

はっはっは。

と、いう事でだ、

八木君、

プロになるためには、

【プロ志望届け】を高野連に提出しなければならないらしいんだよ。

という事で、この紙にだね・・・。」


「・・・行きませんよ、プロには・・・。」

「・・・え?」

「・・・僕はプロの将棋指しになります。

野球はもう終わりました。

沢山の球団に評価して頂いたのは有り難いですが・・・

僕はプロには行きません・・・。

従って、プロ志望届けも提出しません・・・。

それでは、失礼します・・・。」

「ちょ、ちょっと待ちなさい!

億だぞ?


億の金が舞い込むんだぞ?

おい!待てゲルマンボーイ!」


 僕は理事長室を後にした。

僕はプロの将棋指しになるんだ。

今さらプロ野球から誘いが来たからといって、簡単に流される僕では無い・・・。

今までずっと僕を待ってくれた師匠の為にも、



僕はプロ棋士になるんだ。





 夕方――

師匠の家に行った僕は驚く。

師匠宅の玄関に沢山のマスコミが押し寄せていたのだ。

・・・師匠、とうとう犯罪を・・・。


 僕を見つけると、マスコミは一斉に僕の方へと駆け寄って来た。

「あ!八木選手! たくさんの球団が指名する予定みたいですが、希望の球団は?」

「もう志望届けは出されましたか?」

「彼女は居ますか?」


 「・・・ちょ・・・すいません・・・。」

僕はパパラッチの群れをかきわけて師匠の家に非難した。


ドンドンドン!

「那覇村さーーん!一言でいいからおねがいしまーーす!」

 外では依然として沢山のマスコミたちが居る様だ・・・。


「・・・師匠・・・すいません・・・。」

僕が謝ると、

「・・・いや、まあしょうがあるめぇ・・・。」

と師匠はお茶を煎れてくれた。



 普段なら集中しながら指す師匠との稽古将棋も、

今日は外がざわついている為に集中出来なかった。


「・・・。」

師匠の口数も少ない。

やはり外のマスコミに対して気分を害しているのだろう・・・。


 身の入らなかった対局も終わり、家に帰ろうとすると師匠が僕を呼び止めた。

「鎌司。

・・・今日は泊まって行け。

外はマスコミの群れや。

明日の朝にこっそり学校行けや。」

「・・・でも、師匠に迷惑が・・・。」

「アホぅ。 お前は今までどれだけ迷惑かけて来た思とるんや。

今更そんなちっさい事気にすな。

おい!嫁さん!

コイツの寝巻き用意しれくれ!」


 師匠は僕のパジャマを用意してくれて、

この日は大浴場で師匠の背中を流した。

師匠と風呂に入ったのは東京の将棋会館で対局の際、

1度背中を流して以来だ。


 師匠も歳をとった。

少し背中が丸くなったような気がした。



 師匠の横に布団を敷き、その日は床に就いた。


 「・・・なあ、鎌司。」

電気の消えた真っ暗な部屋で、師匠が話しかけてきた。

「・・・はい・・・。」

「お前は、どうなんや。 プロには行きたいんか?」

「・・・行きたいというか、なりたいですよ・・・。

プロ棋士に・・・。」


「ん・・・そうか・・・。

プロ野球選手はどうや?

もし誘われたら行きたいと思うとるんか?」

「・・・師匠・・・。

その話は辞めて下さい・・・。

僕はプロ棋士になるんです・・・。」

「ん・・・。

そうか。

・・・ホンマに、それで良えんやな?

後悔はせえへんねんな?」

「・・・どういう意味ですか?師匠・・・?」

「いや・・・。

なんや、お前は本当は野球を続けたいんちゃうかなって思ってな・・・。

まあ、ワシも歳をとった。

昔と違ごうて丸うなった。

お前が本当に後悔せえへん道を選んだらエエ。

そう言いたいだけや。

ワシはお前がどの道を進んでも文句は言わへん。

お前はずっと、

ワシの弟子やぞ。


・・・鎌司?

オイ、鎌司?

・・・なんや、寝たんかいな・・・。」


 僕は布団を顔までかぶり、寝たフリをした。

師匠のその暖かい気持がものすごく伝わってきて、

これ以上話しをしていると涙が止まらなくなりそうだったから・・・。





 1ヶ月ほどが経った――


高校生ドラフトまであと三日。

僕は当然ながらプロ志望届けは出さず、

奨励会の対局の為、日夜研究や対局に励んでいた。


 学校から家への帰り道、

「よお鎌司、久しぶり。」

 タケシ君だった。

タケシ君は頭を丸め、【おしょう】のところにほぼ毎日通っているという事だった。

お互い少し時間があるという事で、公園のベンチに座り、少し話す事にした。


 「鎌司、いろいろと助けてくれて、ホンマにありがとうな。」

「・・・いや・・・僕は何も・・・

おしょうのおかげだよ・・・。」

「いやいや、そのおしょうを紹介してくれてホンマありがとう・・・。

おれな、高校を卒業してから坊主になるわけやけど、

これで良かったと思うんや。

なんや、いろんな教えを聞いてたら、

今までおれは、ほんまにしょうもない小さな欲に振り回されててんやなぁってひしひしと思うんや。」


「・・・そう・・・。」


 タケシ君はなんだかものすごく落ち着いた感じがする。

結局タケシ君の所属する【大阪近蔭高校】は決勝戦で負けて甲子園に行く事は出来なかった。

その優勝チームも、甲子園の初戦で破れた。


甲子園とは、とてつもなく大きく、遠いものなんだと感じた。


「・・・鎌司、おれはこういう事になって【プロ志望届け】は出してへんけど、

お前はどうなんや?

まだ出してへんらしいけど、

ホンマにそれで良いんか?」

「・・・良いよ。

僕はプロ棋士になる・・・。

その意思は変わらない・・・。

昔も今も・・・。」


「・・・そうやな・・・。

昔から鎌司は意外と頑固やったよな・・・。

そうか。

おれはもう何も言わへん。

後悔せんようにな!

ただそれだけや。」


 タケシ君は僕の肩を叩いて、【おしょう】の寺に向かって歩いて行った。


 あの一件の後にウッディー先生から聞いた話だが、

タケシ君と悪魔は契約を交わしている為、タケシ君が魂を持っていかれるのは防ぎようが無い。

ただ、悪魔と人間の時間軸は別ものらしく、

策士ウッディーが強引にその時間軸をごまかしてくれたらしい。

 
 でもそのごまかしも実際には一時シノギにしかならないらしく、

タケシ君が僧として立派に修行を積み、それなりに力を得る事で、

この先悪魔が持っていけないような強い魂を作り上げる事が出来るという事らしい。

 だからタケシ君がおしょうの弟子になる事は結果としてタケシ君を守る事にも繋がっているのだ。

 
  



  それから三日間。

僕はいろんな人に説得をされた。

―プロ野球選手になれるなんて滅多にないチャンスだ。

―ドラフトまでに志望届けを出せばまだ間に合う。

―プロ棋士は勝たねばなれないが、プロ野球選手は今意思表示をするだけでなれる。



 説得は高校生ドラフトが行われる前日まで続いた。






― そしてドラフト当日・・・ ―











 婿入 スネオーズ

4巡目指名


親指高校

捕手

下葉 みつお










「ええーーー!!

お、オレーーー!!!?」


一緒にラジオ放送を聞いていた下葉が飛び上がった。

「・・・おめでとう、下葉・・・。」

「あ、ありがとう!ありがとう鎌司!」

下葉と僕は固く握手した。



 下葉は、あの【風邪の影響】で打ちまくったのを評価され、

ドラフトで指名されたのだ。

 僕はというと、

もちろん【プロ志望届】は出さなかった。

なのでもちろんドラフトで指名される事はなかった。



 僕がプロ野球志望届けをださずプロ棋士を目指すという事は、

ドラフトが終わって1週間ほど経ってからちらほらと新聞の記事になった。

 将棋界もPRの為にそのマスコミを利用しようと必死だったみたいだが、

僕にとっては生活のリズムを狂わすモノでしかなかった。

 だが、そんなマスコミも1ヶ月もすると少なくなっていき、

 12月を過ぎた頃には世間にとって僕は古い存在になった。



 
 奨励会の三段リーグ。

この6年間野球に費やした時間は大きく、

僕は昔のように勝てなくなってしまった。

 どうやら、こぞって僕の事を研究して、対策を立てられているようだ。

【出る杭は打たれる。】

まったくその通りだと思った。



 でも大丈夫。

これから僕は将棋に全力を注ぐから、

今まで待ってくれた師匠に必ず恩返しをするから、

その日まで、

僕を見守って居て下さい・・・。




 


 

 ある朝―

僕は少し速く目が覚めた。

12月も半ば。

めっきり寒くなった。


 ふと窓を開けると、雪がチラついていた。

僕は窓をあけて冷たい風を感じた。


 そして棚に置いてある野球のボールを手に取り見つめる。


―プロ野球選手になるという思い―

おそらく、僕は本当の思いを皆には告げていなかった。

プロ棋士になりたいという夢はずっとあったが、

本当はプロ野球選手にもなりたかった。

出来る事なら、

両方なりたかった。






もし、






もしこの左肩が、まだボールを投げられる状態だったらの話だけど・・・。







 僕は思い出のボールを棚に仕舞い、しばらく雪の降る空を眺めていた。



★→この怖い話を評価する



[怖い話]


[創作の怖い話4]