僕らの目指した甲子園(16) |
創作の怖い話 File.175 |
投稿者 でび一星人 様 |
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「鎌司・・・ゴメン・・・。 おれがちゃんとリードできていれば・・・。」 下葉は泣いていた。 「・・・下葉・・・泣くんじゃないよ。 ・・・笑おう。 僕達は精一杯やったじゃないか・・・。 君も一生懸命努力したじゃないか。 僕は最高の球を最高のコースに投げ込んだ。 そしてそれを打たれた。 僕は・・・ 悔いは無い。 精一杯やって破れた。 胸を張ろう下葉! さあ。 整列だ。」 「・・・鎌司・・・。」 僕は泣き止まずに顔を伏せている下葉の肩を抱え、整列している皆の下へと歩いていった。 こうして、 僕の野球は終わった。 「おつかれさま。」 球場の外で、ウチボは僕らに声をかけてくれた。 「・・・先生・・・本当にありがとうございました・・・。」 僕は帽子を取ってウチボに礼を言った。 「先生、ありがとう。」 「ありがとうでごわす。」 「ありがとうっス。」 「ありがとうでゲス。」 皆も、ウチボには感謝しているのだろう。 顧問が居なくなり、廃部のピンチだったこの野球部を救ってくれた。 なぜそこまでしてくれたのかはわからないが、 ウチボは野球部を・・・僕らを親身になって支えてくれたかけがえの無い先生なのだ。 ウチボは少し照れながら、 「お、お前ら、照れるじゃないか。」 と言った。 ・・・ん? なんだかウチボの喋り方がおかしい。 その理由は瞬時にわかった。 ウチボの手には、試合中ずっと読んでいたであろう本が握られていた。 【ご○せん】が・・・。 夏休みが終わり、新学期が始まった。 始業式の場で、僕らは知らされた。 ウチボが退職する事を。 ウチボは体育館の舞台に立ち、静かな表情で僕らに最後の挨拶をした。 『何かに対して一生懸命になりなさい。』 ウチボは全生徒に対してそう伝えた。 ほとんどの生徒はアクビ等してほとんど聞いていなかった。 でも僕は、 ウチボのその言葉が胸にじんと来た。 教室で簡単なHRを終え、 その日学校は終わった。 僕と下葉が引退した野球部の部室に行くと、 嬉しい事に二年、一年部員が道具を出して練習の準備をしていた。 「あ、鎌司さん!」 「・・・やあ・・・。」 「来年はおれたち、甲子園行かなきゃいけないですからね。 鎌司さんも暇あったら顔だしてくださいよ!」 「・・・ああ・・・ありがとう・・・。」 後輩が声をかけてくれた事は嬉しかった。 でも僕は、これからはプロを目指して将棋に打ち込まなければいけない。 それに僕の心の中で、もう野球への思いは燃え尽きたのだ。 少し暇な時間があったので、 その日は皆がする練習を木陰に座って眺めていた。 次の大会では頑張って欲しい。 自然とそう思えた。 きっと吉宗先輩も、こんな思いで僕らの練習を見つめていたんだろう。 「ちょっと、八木君。」 横から声がした。 「・・・あ、ウチボ先生・・・。」 知らぬ真に、ウチボ先生が隣に座っていた。 「八木君まで!ちゃんと内場先生って呼びなさい!」 「・・あ、すいませんつい・・・。」 「『つい』って事は、普段も心の中では『ウチボ』って呼んでたのね・・・まったく・・・。」 図星である。 「・・・すいません・・・。」 「まあいいわ。もう私は教師じゃ無いんだしね。」 ウチボは肩の荷が降りたといった感じでそう言った。 「・・・先生、急に退職と聞いて驚きました・・・。 本当にいろいろと野球部の為にありがとうございました。 本当に感謝しています・・・。」 「いや、そんな堅いお礼は良いのよ八木君。 それより、今日は少し君に聞きたい事があってね。」 「・・・聞きたい事・・・?」 「ええ。 ・・・八木君、君は今恋をしてる?」 「・・・何なんですか先生・・・。」 「八木君。 もう私は先生じゃ無いわ。 だから聞いてるのよ。 してるの?」 ・・・一体なぜ急にこんな事を聞くんだろう・・・。 しかしウチボ先生には本当にお世話になった。 受け答えくらいはちゃんとしよう・・・。 「・・・していませんよ・・・今は・・・。」 「そう・・・。」 ウチボ先生はそう言うと視線をグラウンドに向けた。 「あのグラウンドで部活をやってる子のうち、 一体何人の子が恋をしてるのかしらね。」 ・・・本当にどうしたんだろう・・・ 恋を語りだした28歳のウチボ。 「八木君!」 「・・・はい・・・。」 「八木君は、10歳も歳が離れた人との恋なんて有ると思う?」 先生はなぜこんな事を聞くんだろう・・・。 「・・・まあ、あるんじゃないですか・・・世の中そういうケースもよく聞きますし・・・。」 「そう・・・そうよね。 無くは無いわよね。」 「・・・ええ。無くは無いというか、むしろ有ると思いますよ・・・。」 「そうね・・・。」 「・・・。」 先生の様子が変だ・・・。 それに急に退職したというのも気になる。 僕は自分なりに推理した。 そして一つの結論にたどり着いた。 「・・・先生・・・ もしかして、急に学校を辞められると言うのは、だれか年上の方と結婚されるのでは・・・?」 「・・え?」 「・・・いや、そんな気がしただけです・・・でないと先生があんな事聞くとは思えませんし・・・。」 「ん・・・。」 ウチボは少し間を置いて、 「・・・さすがね、八木君。 君の推理通りよ。 結婚したら良いかどうか迷ってたんだけど、 今の君の話を聞いて踏ん切りがついたわ。 ありがとう。」 と言って微笑んだ。 「・・・先生、幸せになって下さい。 今まで僕らの為に精一杯色々としてくれたんですから、 次は先生が幸せになる番です・・・。」 「・・・ありがとう。鎌司君・・・。」 ウチボ先生は少し寂しそうに笑った。 そして立ち上がり、 「・・それじゃあ、八木君。 またいつか会いましょう。 その日まで、 さようなら。」 と言って手を振った。 僕も手を振った。 立ち去るウチボ先生の後ろ姿を見て、なんだか凄く寂しい気持になった。 野球部の顧問には、【変人】と噂高い理事長兼校長の【親指 小次郎】が就任した。 親指校長はとある事件がきっかけで野球部が大キライだったのだが、 僕らが大阪府予選でベスト4まで行き、高校のCMが出来たため、 気分が変わったらしい。 あの問題児の【ナベイーズ】たちと上手くやっていけるか不安だったが、 差し入れ攻撃で上手く統率を計っているようだ。 「よう!鎌司! ようやく球打ちから卒業したか。」 師匠の家で練習対局をしていると、唐突に師匠が言い出した。 「・・・野球ですか・・・。そうです、約束通りこれからは将棋に力を入れさせていただきます・・・。」 「はっはっは。そうかそうか。 良いこっちゃ・・・。」 →僕らの目指した甲子園(17) ★→この怖い話を評価する |
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