僕らの目指した甲子園(5)

創作の怖い話 File.164



投稿者 でび一星人 様





一体姉の体はどうなっているのだろう・・・。






しかし姉も人間だった。




家に帰って数時間後、姉は突如トイレに駆け込みだした。

「ぐおぉぉぉぉ・・・腹痛てぇ・・・。」


姉はその後、五時間ほどトイレに篭っていた。



・・・どれだけ鈍い体してんだよ・・・姉ちゃん・・・。









NNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN


青年はその夜も本を開いた。

「ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・。

甲子園がだんだんと見えて参りました・・・。

そしてこれだけの活躍、本当にありがとうございます・・・。」



青年は頭を地面にこすり付けるように祈る。

次の試合も、そのまた次の試合も、

自分に活躍を・・・。

この手に栄光を・・・。


闇の中で、悪魔は笑う。

耳まで避けた口を吊り上げて。


 悪魔は青年の魂に手をかける。

あともう少しで、その魂を自分のものに出来る。


悪魔の胸が躍った。

かつてこの世を恐怖に陥れた、

【デンドロアレチン】の胸が・・・

NNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNN


「今日勝てば、ベスト16よ! 凄いわね皆。 今日もガンバッテネ!」

クラブ顧問のウチボが言った。


 今日の対戦校は【虫工業高校】。

貝塚君がもってきたノートによると、非常にバランスのとれたチームらしい。

特にこれといった特徴は無いが、

確実に、そして普通にここまで勝ち進んできたらしい。


 下葉は今日も風邪が良くなっていないらしい。

ずっとしんどそうに口を閉じている。

心なしか、やつれてきたように見える・・・。

 本当にただの風邪なのだろうか・・・。



 試合が始まった。

僕らのチームは不動のオーダー。

初回、三者三振で無難に終える。

そしてそのウラ、

親指高校は普通に先制した。


そして試合はトントン拍子に進み、

僕らは当たり障りなく5-0で勝った。

しかし普通で無い者が居た。

それは下葉。


今日も三打席連続ホームランを打ったのだ。


「・・・下葉・・今日もナイスバッティング・・・。」

「・・・あぁ・・・。」

下葉はほとんど喋らなくなった。

ほとんど表情を変えなくなった。



「下葉選手!少しコメントよろしいですか!?」

「下葉選手!グランドを周った時の感想は??」

「下葉選手! 下葉選手!!!」


試合を終え。通路を通り外に出る途中、

沢山の新聞記者やマスコミが下葉に群がった。

それもそうだろう。

今大会最多本塁打記録を独走中

下葉の名前はだんだんと有名になってきたのだ。

「うっさい!!そこを通せ!! オレは帰るんや!!」

突然下葉が騒ぎ出した。

「お、おい・・何なんだ・・この球児の態度は・・・。」

戸惑う記者たち。


すかさずウチボが記者と下葉の間に割り込む。

「す、スイマセン!この子、今しがた失恋して気が荒れてるんです!許してあげてください!」


「・・・なんだよ。失恋なら仕方ないな・・・。」

「あぁ、失恋ならしょうがない。 次はガンバレよ! 女は押すだけでも引くだけでもダメなんだぜ!」

記者共は下葉にアドバイス?をしてその場を去っていった。


「・・・一体どうしたの?下葉君。 なんか変よ最近の君。」

ウチボが心配そうに下葉に言う。


「はぁ・・はぁ・・。す、すいません・・・。 風邪で体調が悪くて、気が立ってしまって・・・。」

「・・・下葉君。 次の試合は休みなさい。 教師として、これ以上アナタのムリを見過ごす事はできないわ。」

「い、いや・・・先生・・。オレ出ますよ・・・。 オレが出ないと、人数が・・・。」

「試合も大事だけど、アナタの体の方が大事です! 

次の試合までに風邪が治らなければ、試合を放棄します!」

「出・・でますよ・・・放棄なんてとんでもない・・・。」

「だったらちゃんと風邪を治しなさい! わかった?」

「・・・。」

下葉は何も言わなかった。

何も言わずに、一足早く家へと帰っていった・・・。




 「お〜。 何や、エライ記者の数やなぁ〜。」

通路の入り口から声が聞こえてきた。

どうやら、次に試合のあるチームが入ってくるようだ。


「あ!雪村選手!」

「本当だ!【大阪近蔭高校】の雪村選手だ!」

記者達が反応している。

どうやらそこそこ有名な選手のようだ。

念のため、貝塚君に知ってるか聞いてみよう。

 僕はそう思い、貝塚君の耳に口を近づけ、聞いてみた。

「・・・貝塚君、【大阪近蔭高校】の【雪村】って選手知ってるかい・・・?」

貝塚君は数度頷き、

「あぁ。雪村といったら、大会で打ちまくってる選手ですよ。

まあ、今大会の下葉さんほどではないですがね。

大会が始まるまでは無名でしたが、

下葉選手同様、毎試合ホームランをかっとばして有名になった選手です。」

「・・・そうなんだ・・・ありがとう・・・。」



 そんな有名な選手なら、一度顔を見てみよう・・・。

それに、順当に勝ち進めば、次の試合の勝者は準決勝であたるはず。


 球場から出る僕らと、ベンチに進んでいく【大阪近蔭高校】

そのすれ違い様、

記者が群がる大きな選手が居た。

「あれですよ。あの大きいのが雪村です。

雪村タケシ、三年の選手です。」

貝塚君が小さく指をさしおしえてくれた。

そして僕はその雪村を見て驚いた。


「・・・タ・・・タケシ君・・・?」

「・・ん?」

雪村と僕の目があった。


「あぁ! か、鎌司か!??」

雪村・・・タケシ君が目をまん丸にして僕を指さした。

「・・・雪村って・・・タケシ君だったのか・・・。」


雪村タケシ―――――


 タケシ君と僕は保育園の頃同じクラスだった。

小学校は西と東に分かれていたので別になったが、

中学校では同じ野球部に所属していた。

タケシ君はエース、4番、主将。

僕は1試合も使ってもらえないような補欠選手・・・。

 ちなみに、タケシ君は姉ちゃんとも仲が良く、

中学校時代学校を仕切っていた姉ちゃんと普通に話せる唯一の他人でもあった・・・。




 「いやぁ。鎌司久々やのぉ! 新聞で【八木】って出てたけど、まさかオマエやったとは・・・。

鎌司、そんなに凄かったんやなぁ。」


「・・・別に凄くは無いけど・・・。」



「お、お久しぶりっス!雪村さん!」

タケシ君に気づいた優真君が緊張気味に挨拶をする。

「おお!美角やないか。 そかそか、オマエも鎌司と同じ高校やったんかぁ。」

優真君は中学時代、1年にして早くもレギュラーポジションを取った存在。

その為僕らの学年には知れた存在なのだ。

・・・それに、元々番長気質なタケシ君に中学時代しごかれたのが身に染みているのだろう。

優真君はものすごく【きをつけ】状態になっている。


「美角もセンスあったからのお。

まあ、お前らもがんばれよ!

そして勝ち進め!

お前らと真剣勝負がしたくなったわ。

はっはっはっは。」



タケシ君は豪快に笑いながらベンチへ向かって行った。

そんなタケシ君の後姿を見て、少し懐かしい気持を感じながら、

僕も外へと歩いていった。


 それにしても、タケシ君がこんなに身近で野球をやっていたとは・・・。

どこかの高校にスポーツ特待生で進学したとは聞いていたから、

まあ不思議な事では無いか・・・。


外に出ると、姉ちゃんとOBの吉宗さんが待ってくれていた。

「・・・吉宗さん、久しぶりですね・・・。」

「おう!鎌司! 最近バイトが忙しくてな。

今日はバッチリ見たで! やるなあ!

オメデトウ!ベスト16!」


「・・・ありがとうございます・・・。

あ、そうだ姉ちゃん・・・。」



→僕らの目指した甲子園(6)



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