僕らの目指した甲子園(1)

創作の怖い話 File.160



投稿者 でび一星人 様





青年は真っ暗な部屋でその本を開いた。

そしてロウソクに火を灯す。

 青年は本に従い、床一面に敷いた紙に描く。

本に書いてある、不気味な模様を・・・。

 そして青年は願う。

『どうか・・・

どうかオレを甲子園に連れて行って下さい・・・。

どうかどうかお願いします・・・。』

 
 悪魔は地の底でその声を聞く。

そしてニヤリと不気味に笑い、願いを聞き入れる。




 青年の命を代償として・・・。


DDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDDD



 「・・・一回戦、勝ったそうやな・・・。 早う負けたらええのに・・・。 負けて速うプロになれや・・・。」

師匠の那覇村先生が将棋を指しながら僕に言った。


 僕の名は【八木 鎌司】

【大阪府立 親指高校】の三年生。

師匠が言っている一回戦とは、夏の高校野球大会、大阪府予選の事だ。

 僕はプロの将棋指しになるべく、小学校四年生から師匠の下で指導を受けている。

師匠は弟子を取らない主義なのだが、なんとか頼み込んで弟子にしてもらった。

僕はトントン拍子で昇級・昇段して行き、

小学六年生の頃に三段リーグに入った。


この三段リーグでは、奨励会三段の三十余名でリーグ戦が行われ、

その中で上位二名だけがプロ棋士(四段からプロ)になれるのだ。

リーグ戦は年二回行われるので、プロ棋士は例外が無い限り年間4名しか誕生しない。


 将棋の内容、その若さ、容姿と、周りは僕に期待した。

僕はそんな期待なんて少しも気にする事無く、マイペースで順調に勝ち星を重ねて行った。


 しかし、中学に入ってからその流れに異変が起こる。

なんの気なしに初めてしまった野球にハマってしまったのだ。

当然将棋の成績はガタ落ち。

師匠は大激怒した。

辞めろ辞めろと何度も言われたのだが、

僕は辞めなかった。

理由は辞めたくなかったからだ。

 師匠も最後には折れて、

『卒業したら今度こそすぐにプロになれよ。でないと破門や!』

と言って容認してくれた。


・・・だが、中学の野球で僕は完全燃焼する事が出来なかった。

将棋の対局日には、学校を休んで指しに行かなければならなかった。

もちろんその日は部活も休む事となる。

野球部の監督はそれを良く思わなかったようで、

僕は毎日タイヤ引きをやらされた。

ほとんどボールに触らせてもらえなかった。

そればかりか、1試合も使ってもらえなかった・・・。


 結果、僕は高校進学を決めた。

高校で野球をやり、そこで完全燃焼したいと思ったからだ。

さすがに師匠も呆れてしまったようで、中学の頃ほど色々は言われなかった。

 そして高校三年。

1回戦、優勝候補と言われるOL学園との死闘。

なんと僕らは別名【プロ養成学校】のOL学園に勝ってしまったのだ。

ちなみに僕らのチームはほぼ半数が素人のチームだ・・・。



・・・そんないきさつがあるもので、

『早く負けたら良いのに。』は最近師匠の口癖になっている。

早く負けて、プロ棋士になれという良い意味で言ってくれてるのだろう。







「・・・にしても、鎌司よ。」

師匠が続けて口を開く。

「お前、ようあのOL学園に勝ったのぉ。 あそこのエースと四番、【KKコンビ】はよう新聞に載っとったやつらやで。

・・・こりゃぁ、鎌司
お前にも今後マスコミは注目するんとちゃうか?」

師匠は心配してくれているようだ・・・。

「・・・大丈夫だと思いますよ・・・この間はうまく巻きましたし・・・。

それより、師匠OL学園とか、高校野球の事詳しいですね・・・。

野球は大キライだと言ってませんでしたっけ・・・。」


「お、ぉ、ぉぅ!。だいっきらいや。

た、たまたま新聞で見ただけや。

勘違いすんなよ!

誰がお前のやってる野球なんか!」


 僕は師匠のこういう人間味のある部分が好きだったりもするのだが・・・。







 


 チュン  チュンチュン



朝。


今日は大阪府予選 二回戦の日。

いつもより早く目が覚めてしまった。

僕も少しは緊張しているようだ。


 布団から出て、顔を洗い朝食を食べに台所へ行く。


「お、おはよう鎌司。早いな。」

台所では父さんが座って朝食のパンを食べていた。

父さんは今年で61歳になる。

還暦を過ぎ、最近朝がものすごく早くなったようだ・・・。

「・・・おはよう父さん・・・。」

僕も父さんの向かいに座り、朝食のパンを食べる。

「鎌司、今日二回戦だってな。

父さんあんまり高校野球の事わかんないけど、頑張ってこいよ!」

「・・・うん・・・。」


父さんはパンを食べ終わると、着替えて仕事に行った。

去年定年になったのだが、

製造業は働き手が少ないのであと3年置いてもらえる事になったらしい。

 僕も食べ終わり、着替えた後家を出た。

姉ちゃんはグーグー大の字になって寝ていた。

でもきっと試合は見にくるはずだ。

なぜかいつも試合や練習だけは見に来るから・・・。




 学校に付くと、1年の貝塚がポツンと座っていた。

「・・・おはよう、貝塚君・・・。」

「・・・おはようございます。」

「・・・早いね・・・。」

「ええ・・・まあ・・・。鎌司さんが来るのを待っていました。」

「・・・え?僕を・・・?」

「ええ・・・これを見て下さい。」

貝塚君はカバンからノートを取り出した。

「・・・これは・・・?」

「これは今日対戦する【下宮高校】のデータです。

中学時代仲の良かったマネージャーに頼んで作ってもらいました。

鎌司さんも是非目を通しておいて下さい。」

「・・・ありがとう・・・心強いな・・・。

ところで、そのマネージャーはなぜこんな事までしてくれるんだい・・・?」

「それは野球が好きだからでしょう・・・。 ちなみに、僕らと同じ【親指高校】に在籍していますよ。」

「・・・え? 同じ高校なの・・・?」

「ええ。 ただ、まだ表舞台には出たく無いそうです。

今ダイエット中だそうで、もし痩せたら正式にマネージャーとして在籍させて欲しいという事です。」

「・・・そ・・・そうなんだ・・・。難しい年頃だね・・・。」


 ノートを見ると、ものすごくわかりやすく、キレイにまとめられていた。

「・・・貝塚君・・・これ、すごいね・・・。 とりあえず、4番の素木は追い込んだらボール球投げとけば良いわけだ・・・。

それにエースの闇田。

桑太ほどでは無いにしても凄そうだね・・・。」

「ええ。ですが、闇田の場合は精神的に桑太より未熟です。

この間のOL学園よりは格下でしょう。」


貝塚君・・・。この間のOL学園戦でも、渋いプレーを連発していた・・・。

やはりタダモノでは無いな・・・。


 ゾロゾロゾロ・・・

そうこうしていると、皆がゾロゾロと学校にやって来た。

貝塚君はノートをささっと仕舞い、

「皆来ましたね・・・鎌司さん、このノートはキャッチャーの下葉さん以外には見せずにおきましょう。

きっと理解しきれず頭がパニックになる者続出でしょうから。

優真の場合、センスはズバ抜けていますが、彼は直感で行動するタイプ。

この手のデータは混乱するだけでしょう。」

と小声で言った。


「・・・なるほどたしかに・・・。 わかった、そうしよう・・・。」


皆が揃ったのを見計らってか、顧問の【ウチボ】がやってきた。

【ウチボ】というのはアダ名で、本名は【内場 歩】という。

28歳の美人教師だ。

 なぜか1ヶ月ほど前にクラブ顧問が辞めた時に、ウチボ先生が引き継いでくれる事になった。

ちなみにウチボ先生は野球の事などまったくわからないので、僕に采配やオーダー等全てを任せてくれている。


「皆おはよう。 良い天気ね。 今日もガンバッテネ。」

ウチボ先生はそう言ってウインクした。

やっぱり28歳、という年齢のためか、その仕草は少し古く感じた。



 皆と一緒に球場に向かう為、最寄駅に行こうとすると、1年の【美角 優真】が

「八木さん! まだ下葉さんが来て無いっスよ!」

と呼び止めた。


【下葉みつお】は僕と同級生で、高校1年の頃から共に野球をやっている。

数少ない同学年の部員だ。

普段は早めに来るタイプなのだが・・・。



五分ほどが経った。

下葉がトコトコ歩いてやって来た。

「・・・おはよう下葉、今日はどうした・・・?」

そう挨拶をして、僕は少し驚いた。

下葉の顔は真っ青で、目の焦点が定まっていない・・・。

「あ・・あぁ・・鎌司か・・・おはよう。」

「・・・どうした?顔色が冴えないけど・・・。」

僕がそう聞くと、下葉はとりつくろうように

「え・・・あぁ。ちょっと風邪気味なんや・・・ゴメンゴメン・・・。」



→僕らの目指した甲子園(2)



★→この怖い話を評価する



[怖い話]


[創作の怖い話4]