夏に咲く桜(16)

創作の怖い話 File.157



投稿者 でび一星人 様





清腹がジャンプするも、届かない。


「フェア!!」


ボールはライン上に落ち、ファールグラウンドを点々と転がっていった。


鎌司は三塁ベースを蹴って悠々ホームイン。


「やったッスね!八木さん!」

バットを引いた優真が両手を上げて鎌司を出迎える。

ライトがボールを拾い、内野に返した頃には貝塚は二塁ベース上に立ってユニフォームに付いた土を払っていた。


 カバーの為ホームベースの後ろに立っていた桑太は呆然としていた。


(おれの球が・・・マスミボールが・・・。)

土壇場で、親指高校は2-2と追いついた。


「鎌司さん、ナイス盗塁でした。 オレも続きますよ!」

優真が鎌司とすれ違いざま声をかけた。

「・・・頼んだよ・・・。」

鎌司は左手を押さえながらベンチに戻り座った。



 打席に入る優真。

(オレが打たないと・・・後ろは全部期待できないからな・・・。)


 桑太は気持を切り替える。

(まだ同点・・・。ここで斬る!)

桑太が1球目を投げた時だった。

二塁ランナーの貝塚がスタートを切った。


キャッチャーがボールを捕り三塁に投げる。

「セーフ!」

貝塚は悠々と三塁を陥れた。


「タ、タイム。」

キャッチャーの喜怒がマウンドの桑太の所へと駆け寄る。

「・・・桑太・・・今のオレの送球は完璧やった。

そしてあのランナーの足はそう速くない。

つまり完璧に盗まれたっちゅー事や・・・わかるな?」

「何?オレに原因があると?」

桑太は少しムっとして答えた。

「いや、原因がオマエとかそういう事やない。

盗まれてるっちゅー事や。

どこかフォームに癖が出て、球種がバレてるんちゃうかなと思って・・・。」


「バカな事を言うな!おれは完璧だ。 たまたまだろ。たまたま。」

「そ・・・そうか・・・なら良いけど・・・。」


守備位置に戻るキャッチャーの喜怒を見て優真は、なにやら浮き足立っている感じを受けた。

もしかしたら次の球は甘いところに来るかもしれない。

そんな感じがしていた。



 桑太は三塁ランナーの貝塚が気になるようで、しつこくけん制球を投げる。


そんな桑太を見て、優真は大胆な行動に出た。

なんと、打席を右から左に切り替えてきたのだ。

もちろん優真は両打ちでは無い。

ただなんとなく桑太が同様しているようなので、揺さぶりをかけるつもりで打席を変えたのだ。



 マウンド上の桑太は、その作戦にまんまとはまる。


(なぜ今さら打席を代える・・・?なぜ?)

桑太は迷った。

その迷いが、ありえないミスを犯す事がある。

次にけん制球を投げた時だった。





「ボーク! ボーク!」

三塁塁審のコールが響き渡った。

「え・・・え? どこが?どこがボークなんですか!?」

桑田が三塁の塁審に詰め寄ろうとした。

「よせ!真澄!」

素早く1塁の清腹が駆け寄り、桑太を押さえつける。

「落ち着け!9回のウラがあるやろ! ここでオマエが退場くらったら勝ちも負けもなくなるやろうが!」

「・・・ス、スマン・・・。」

桑太は冷静さを取り戻し、優真をマスミボールを交えながら三振に斬って奪った。


3-2

9回オモテ、親指高校は再逆転したのだ。 

「優真! ナイスゆさぶり!」

下葉がキャッチャー鎧を身に着けながら優真に声をかける。

「ハハ・・・。理解してくれて嬉しいっス。 でも、あのボールはまったく打てる気がしなかったっスけどね・・・。

別格です。あの桑太って投手。」




 マウンドに向かう鎌司に、貝塚が声をかける。

「・・・鎌司さん、痛み、まだありますか?」

「・・・あぁ。 テーピングのおかげで大分マシだよ・・・ありがとう。」

「・・・そうですか。 ムリせずに、打たせて下さいよ。 おれと優真なら大体のゴロは捌きます。」

「・・・ありがとう・・・。」

鎌司はマウンドに立ち、空を見上げた。

(・・・この回を抑えれば・・・初勝利・・・か・・・。)



 OL学園ベンチでは監督が先頭に立ち選手に激を飛ばす。

「お前ら!いいか!この回1番からの攻撃だ!

今までオレは監督をやっていて何度もこういう展開で逆転勝ちをしている!

大事なのは先頭バッターだ!

待井にかかっていると言っても過言では無い。

気合は十分か?待井!」


「は・・はぁ。 がんばりますっ!」

「む〜〜〜〜〜


代打だ! 代打 鋼森!」


「はいっ!!!!」

ベンチから、出番を待ち望んでいた鋼森がバットを持って出て行った。


「いいか!こういう試合、最後は気持で決まるんだ!

レギュラーと言えども、その気持が後ろ向きなヤツはどんどん代える!

わかったか!」


「は、はいっ!」

「はいっ!」




 選手は額に汗をかき次々と返事をした。


「ちょっと君!」

審判が鎌司に言う。

「・・・はい・・・。」

「投手の利き腕へのテーピングは禁止だ。すぐに外しなさい!」

「・・・わかりました・・・。」

鎌司はテーピングを剥がし、ポケットに入れた。




 代打で登場した小柄の鋼森が左打席に入る。

やたらと長いバットを握っている。

そしてホームベース寄りギリギリのところに立ち、鎌司を見てニヤリと笑った。


鎌司はそんな鋼森を見て、

(・・・外角が得意なのか・・・ それとも内角への誘い?)

と少し迷った。

そして1球目を投げる。

内角のボール球だ。

まずは恐怖心を与えようと思った。

しかし・・




がしっ!!!!

「デ、デドボール!」



「うっひゃっひゃ・・・」


鋼森はヒジを押さえながら笑った。


そして1塁に走る。


 OL学園ベンチは大盛り上がりを見せた。

「よくやったぞ!当たり屋鋼森!! あいつのデドボールは芸術だな! 内角を投げさせるためのあの長いバットもな!」


しかし、鋼森はベース上でうずくまって動かない。

「何!?どうした!」

監督が声をかけると、鋼森は両手で【×】を描いた。

どうやらヒジの骨をやってしまったらしい。

「ムム・・・鋼森!オマエの死は無駄にせんぞ!

 代走!棚下!」

「はいっ!」

代走を告げられると、棚下は勢いよく1塁へと走っていった。

どうやら足が速いらしい。


ノーアウト1塁。


「代打だ! 代打美屋本!」

OL学園の監督は代打攻勢をかける。


美屋本は確実にバントを決め、棚下を二塁に送った。


ワンアウト2塁。


「代打だ!代打、井幕留守!」

さすがに心配した選手が監督に言う。

「か、監督、いくらなんでも代打出しすぎじゃぁ・・。」

「うるさいだまれ! ハングリー精神が大切なんだ! がむしゃらさが大事なんだ!」

「か、監督、キャラ変わってますやん・・・。」

代打の井幕留守が打席に入り構える。

(あの八木という投手、打席に立つとものすごい早く感じると言うが・・・

どんな球なんだ・・・?)


鎌司が1球目を投げる。

激痛が右腕を襲う。


バシィ!


「ストライーーク!」



(・・・? なんだ?普通のストレートじゃないか・・・。打てそうな感じがするが・・・。)



鎌司は二塁ランナーを見て、2球目を投げた。


カキーーン!!


「おお!」


OL学園ベンチから皆が身を乗り出す。

打球は三遊間を勢いよく抜ける・・・と思われた。

バシィ!


優真が横っ飛びでボールを抑えた。

・・・しかし、どこにも投げられない。


「・・くぅ!スマンです!八木さん!! せっかく捕ったのにぃ・・・。」

「・・・いや、止めてくれてありがとう・・・。 抜けてれば1点だったよ・・・。」

鎌司は優真が投げたボールを受け取った。

ワンアウト1.3塁となった。

そしてバッターは・・・。


『4番 ファースト 清腹君』


「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


今日1番の歓声が球場を包む。

逆転サヨナラのチャンスで、4番の清腹が打席に入るのだ。



 鎌司は左手を見つめた。

投げるたびに激痛が走る。

とても投げられる状態では無い。

だが、自分が投げないワケには行かないのだ。


「タイム!」

貝塚がタイムをかけ、マウンドに駆け寄る。

他の内野手もそれを見て集まった。


「・・鎌司さん、手は大丈夫なのですか? 投げられる状態では無いのでは?」

貝塚のその言葉に下葉が。

「ええ!鎌司、手どないかしたんか?」

と言って鎌司の手を見た。

鎌司の手は痛々しく腫れ上がっていた。

「うわ・・・。 八木さん、ソレ絶対ヤバいっすよ。 オレが代わりに投げましょうか?」

優真も心配してそう言った。

「・・・いや・・・。投げるよ。 大丈夫。 あとアウト二つだ・・・。」



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