夏に咲く桜(15)

創作の怖い話 File.156



投稿者 でび一星人 様





桑太はホームに滑り込んだ。

ボールを両手でガッチリと受けた鎌司はいち早くベース上で構えた。

一瞬鎌司の方が速かった。

しかし・・・


桑太は鎌司のグラブをめがけてスライディングした。

ボールがグラブから転げ落ちる。

「セ・・セーフ!セーフ!」


「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


大歓声が球場を包む。

OL学園応援スタンドでは抱き合って喜ぶ者までいた。

桑太のホームスチールでとうとうOLは逆転した。




 ベンチに帰る桑太に、選手一同は「よくやった!」「ナイス走塁!」

と笑顔で出迎える。

その後ろからションボリと帰ってくる三振した咲来。


 「真澄・・・。」

ベンチに寝そべり、端から帽子を深くかぶる清腹が桑太に声をかける。

「真澄、なんで走ったんや? サインは『打て』やったやろうが・・・。」


桑太は、

「あぁ・・・。 咲来はまったくタイミングが合っていなかったからね。

そうチャンスももらえないだろうし、あそこは一か八か行ったんだよ。」

と答えた。


「・・・一か八か・・・か。 しょーもない野球やるのぉ。お前はぁ。

周りで喜んどるお前らも一緒や。」

「・・・。」

体勢を変えて体を向こうに向ける清腹に、

「・・・僕は確率の高い方を選ぶ。

和博のように自分勝手に打つだけの野球はやらないよ・・・。」

と言って座った。

清腹はピクっとしたが、そのまま無言で座っていた。



カキーーーン!



「おお!?」

快音が鳴り響いた。


8番の喜怒がセンター前ヒットで出塁したのだ。

1塁ベース上でガッツポーズを取る喜怒。



 「おお。どうやら、皆捕らえ始めたようだな・・・。」

OLの監督はホっとしてベンチで呟く。

「・・・監督、八木の速球の威力が落ちただけですよ・・・。」

そんな監督に、桑太がボソリと言った。

「ええ?ど、どういう事だ?桑太。」

「いえ。別に・・・。ただ、あのホームスチール、

八木がベースカバーに入ったところでこのゲームはウチが勝つように出来ていましたね・・・。」

「・・ど、どういう意味だ・・桑太・・・。」

カキーン!

また快音が鳴り響いた。

鎌司の左を、鋭い打球が抜けていく・・・


バシィ!!!


「か、鎌司!!!」

下葉が鎌司に慌てて駆け寄った。

なんと鎌司は素手の左手を伸ばし、センターに抜けるかという当たりを捕ったのだ。

「・・・大丈夫だから・・・。さあ、最後の攻撃だ・・・。」

鎌司は心配して駆け寄る皆にそう言い、ベンチに戻って行った。


スリーアウトチェンジ。

しかしこの回、OL学園はとうとう逆転に成功した。


 9回オモテ。


とうとう最終回がやって来た。

先頭打者はライパチの右本 新八。

「この回で最後だ。 頼むぞ!新八!」

渇を入れる下葉に新八はコクリと頷く。

そして打席に入り、スタンドの鍋衣のパンチラをずっと眺めていた。

「ストライク!バッターアウト!!!」


集中力を欠いた右本新八はあっけなく倒れた。

ワンアウト。


 続くバッターは9番のモヤシ。


「モヤシ! 気合でぶつかっていけ!いいな?」

下葉がアドバイスする。

ぶつかる事はモヤシにとって得意分野だからだ。

ズバン! 

  ズバン!


   ズバン!!!

「ストライク!バッターアウト!!!」


しかしストライクコースに当たる事は不可能だった。


 親指高校は簡単に9回ツーアウトまで追い込まれてしまった。


『1番 ピッチャー 八木君』


鎌司が打席に入ろうとする。

「・・・鎌司さん・・・。」


ボソっと後ろから声がした。

見ると、2番の貝塚が始めて鎌司に語りかけていた。

「・・・貝塚君・・・。」

「・・・鎌司さん、腕・・・見せてもらえますか?」

「ん・・・どうして・・・?」

「・・・さっきのライナーを取ったのもそうですが、

桑太さんと本塁で交錯した時・・・どこか痛めたんでしょう?」

「・・・いや・・・大丈夫だよ。 気にしないで・・・。」

「・・・隠さないで下さい。鎌司さん・・・。 見せてください。」

鎌司の腕を見ると、やはりクロスプレーの時に桑太に蹴られていたみたいで、

手の甲が真っ赤に腫れ上がっていた。


貝塚はポケットからテーピングを取り出し、鎌司の腕に巻いた。

「・・・これで、痛みは和らぐはずです・・・。

八木さん、

あなたの姿勢に胸を打たれました・・・。

是非塁に出てください。」


「・・・わかった・・・ありがとう・・・。」

鎌司は頷き、打席に向かった。

そして二度三度素振りをする。

(・・・本当だ・・・痛みが和らいだ・・・。)


マウンドの桑太は一つ大きく息を吐く。

(ここを抑えれば・・・おれたちの初勝利だ・・・。

長かった・・・本当に今までの三年間は長かった・・・。)


桑太は入部してから今までの事を思い返していた。

OL学園にスカウトされ、青森から列車にのり大阪に出てきた事。

入部してすぐに、先輩の不祥事で出場停止となり絶望した事。

それでも負けずに練習し、和博らと励ましあいながら精進した事。

負けるワケには行かない。

青森では女でひとつ自分を一生懸命育ててくれた母親が待っている。

甲子園で活躍して、

桑太がプロに入る事を祈って・・・。

(おれは勝つ!勝たなければならない・・・。)

桑太はボールを見つめ、呟く。

集中力を高めているのだ。


鎌司もまた、打席で集中力を高める。

【儀式】を終え、桑太が打席の鎌司を睨みつける。

最大限に集中力が高まっているのだろう。

第1球を投げる。


ズバン!

「ストライーク!」



 OL学園ベンチから見ている監督は、

「・・・今の球・・・めちゃくちゃ速いな・・・。

オイ、科学班、今の球は何キロだ?」

「ははっ。145キロであります!」

「この最終回に来て・・・球速が増した・・・恐るべき男だな・・・桑太真澄・・・。」


 (絶対に打たせない)

桑太は2球目を投げる。

ククッ!

ブン!


「ストライクツー!」

桑太の大きなカーブに鎌司のバットは空を斬った。



 3球目は外にはずし、カウントは2-1となった。

「鎌司〜〜〜。がんばれやぁ〜〜〜。」

スタンドでは鍋衣と吉宗が祈るように見つめている。



 (これで決める。)


桑太はふりかぶり、4球目を投げ込んだ。


低めのフォーク。














ブン!












鎌司のバットは無常にも空を斬った。






「お・・・終わった・・・。」

ベンチの下葉はガックリと倒れこんだ。


「下葉さん! 下葉さん!」

優真が下葉を揺する。

「・・・放っといてくれ・・・優真・・・。

おれたちの夏が終わってしまったんだよ・・・。

少しそっとしといてくれ・・・。」


「いや・・・あの・・下葉さん・・・

とりあえず準備しといてくださいね・・・。

オレ、ネクストバッターサークルに行きますんで・・・。」

「あぁ・・・準備しとく・・ってえ?」

下葉が顔を上げる

鎌司が1塁ベース上に立っていた。


「あ、あれ?なんで?」

下葉は周りに確認する。

「振り逃げです。 キャッチャーが後ろに逸らしたんですよ。ボールを。」

モヤシが優しく答えた。

「ふ・・・振りにげかぁ・・・たすかったぁぁぁ・・・。」

下葉はホっとした。

そして少し緊張してきた。

なぜなら、今後もし満塁にでもなったらバッターは自分だから・・・。



(よく回してくれました・・・鎌司さん・・・。)

貝塚は鎌司の方を見てゆっくりと頷いた。

(嫌な打者に回してしまったな・・・。)

マウンド上の桑太は変な胸騒ぎを覚えた。

そして打席の貝塚は、さっきの打席の最後の1球に意識が集中していた。

 (ゆるいボール・・・そして最後は消えた・・・。

一体あの球は何だったんだ・・・。)



 桑太は考える。

初球、ストライクをとりに行くべきか否か。

おそらく1球は見てくるだろう。


 桑太は第1球、内角に直球を投げ込む。


カキーーーン!

打球はライトライン際に飛んでいく。




「ファール!」


ギリギリファールになった。



(ふぅ・・・。あ、危なかった・・・。 やはりコイツは要注意だな。)

2球目、桑太は低めにあの【魔球】を投げ込んだ。

ブルン!

貝塚のバットが空を斬る。

「ストライクツー!」

キャッチャーはすぐに立ち上がり、二塁にボールを投げた。

「セーフ! セーフ!」

 
鎌司はこの土壇場で二塁を陥れたのだ。


(鎌司さん・・・。)

貝塚のバットを握る手に力が入る。





(あと1球・・・あと1球・・・。)

桑太も打者が打者だけに、追い込んだ事で気持が高ぶる。


「オイ!真澄! 落ち着いていけよ! 打者に集中したらエエぞ!」

ファーストの清腹が声をかける。

「う、うるさい!わかってる!」

気持が高ぶり、桑太は珍しく清腹に言い返した。

「・・・そ、そうか。」

清腹もそういわれるとそれ以上何も言えない。



(最後は、あの魔球で決める。

【マスミボール】で・・・。)


桑太はセットポジションから3球目を投げた。


貝塚はバットを出す。

カキーーン!


打球は勢いよく1塁線に飛ぶ。



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