夏に咲く桜(7)

創作の怖い話 File.148



投稿者 でび一星人 様





ブン!!!

バシィ!!!!


優真のバットがまた空を切った。

(オ・・・オレが三振・・・。)


優真は軽い放心状態だった。

中学時代、補欠だった先輩の投げた球に、

まったくカスリもしなかった現実を受け入れられなかったのだろう。


そんな優真に下葉が声をかける。

「最後のは・・惜しかったで。もうすこし上振ってたら、当たってたわ・・・。」


「・・・オレ、帰ります・・・。」

優真はガックリと肩を落とし、脱いだ制服を肩にかけて歩いて行こうとした。

「・・・優真君・・・。」

そんな優真に鎌司が駆け寄る。

「・・・加減はしなかった。 全力で投げた。 優真君だったからね・・・。

優真君の力が必要だ・・・。 美術部も辞めた事だし、待ってるからね・・・。」


優真は返事もせずに、無言で去って行った。


「鎌司・・・ちょっと手抜いたったらよかったのに・・・。

女も空振りやわ、バットも空振りやわ・・・そら、凹むで。」


「・・・うん・・・でも、優真君はそんなヤワな男じゃ無いはずだよ・・・。大丈夫・・・。」

「そ、そうか。 まあ鎌司がそう言うんやったら大丈夫なんやろけど・・・。」

「・・・うん。・・・それより、練習の続きをやろう。」

「お、OKファーストミット!」

翌日。


鎌司たちが練習をしているグラウンドに、優真がやってきた。

なにやら中学時代に使っていたであろう練習着を着て、グローブを持っている。

「チワーッス。」

「・・・優真君・・・。」

優真は帽子を取った。

驚いた事に、優真は丸坊主になっていた。

「・・・その頭・・・&その格好、どうしたの・・・?」

「八木さん・・・どうしたの?じゃないっしょ・・・。大体わかるっしょぉ、八木さんなら・・・。 決意表明っスよ!決意表明!

オレ、野球部に入るっスよ。

昨日の八木さんの球見て、一晩色々考えて決めました。

八木さん行きましょう!甲子園!」


「・・・甲子園・・・。」

鎌司は今まで、漠然と『野球』『試合』という捉え方をしていた。

『甲子園』という事葉を今、優真から聞き、

自分の中で何かが動く感じがした。

「・・・甲子園・・・か。良いな・・・。」

自然と笑みがこぼれていた。


 「・・・八木さん! 八木さん!」

鎌司ははっとして、声をかけている優真の方を見た。

「・・・何考え事して自分の世界に入ってるんスか八木さん・・・。 

朗報があるんスよ。

部員足りてないって言ってたでしょ?

オレが中学三年の時、大阪府の大会でベスト4まで行ったんスよね。

準決勝で対戦したチームの部員がこの学校に来てるんスよ。

オレが野球部に入らないって言ったら、ソイツも『じゃあやめとく。』ってな具合で今帰宅部なんスけど、

たぶん声かけたら入りますよ。アイツ。」

「・・・なんて子・・・?」

「貝塚ってやつっス。バリバリ守備上手いっすよ。オレと二遊間組めばかなりガチガチっスよ!」


「・・・それは有り難いな・・・。是非頼むよ・・・。」

次の日

優真は無事に貝塚を連れて来た。

貝塚の守備は想像以上で、

その守備範囲、グラブ捌き、スローイングと、どれをとってもプロじゃないかと思うほど完璧だった。

「・・・凄いね・・・貝塚君・・・。 そんなに上手いのに、なんで君はこの学校に来たの・・・?」

鎌司はめずらしく感極まり、貝塚に聞いた。

「・・・。」

貝塚は無言だった。

「あ、八木さん!」

優真が駆け寄ってくる。

「はぁはぁ・・・。貝塚ね、ちょっと自閉症ぎみなんすよ。

ソイツ、中三の最後の大会の準決勝でオレのバッティングに惚れこんだらしくて、

オレと2人の時しか話してくれないんすよ。」

「・・・そ、そうなんだ・・・で、もっと野球が強い高校に入らなかった理由は・・・?」

「・・・あ、ソイツね、オレと野球がやりたかったらしいんス。

だからオレと同じ高校受けたんですって。

オレはまあ、家から近いからこの学校に入ったんスけどね。

アハハハ。」


「・・・なるほど・・・。」


 なんだかんだで人数も8人まで揃い、

経験者もそこそこに増え、

未経験者でも、身体能力を生かしどんどん上手くなる者も居て、

『親指高校野球部』は、まともなチームらしくなって来た。


 練習も、人が集まった事により活気が出て、

それを見た1年がもう一人入部した。

中学ではリトルリーグで外野を守っていたらしい。

特に下手でもなく上手くもない、平凡な選手だ。

名前を【平田 凡人】といった。

月日は流れ、夏の高校野球選手権大会の抽選日がやってきた。

「鎌司!皆!行ってくる!」

キャプテンの下葉が拳を突き上げた。

「下葉先輩!期待してるっス!」

部員の声を背に、下葉は抽選会場へと向かっていった。


そして夕方、下葉は帰って来た。

なぜか笑みを浮かべている。


「・・・おかえり・・・。」

「おう!鎌司! 行ってきたで!」

「あ!おかえりなさいっス! 

・・・で、一回戦はどことあたるんスか?」


「フッフッフ・・・。皆、聞いて驚くなよ。」

下葉は更に笑みを強め、大会トーナメントの組み合わせが決まった表を皆に見せた。



【1回戦 二日目 第2試合  親指高校 − OL学園】


「・・・OL学園・・・。」

「え・・・ええ!!!お、OL学園っスかぁ!!!!?」


「フッフッフ・・・スマン皆・・・がくっ。」

下葉はその場に崩れ落ちた。



―――OL学園―――

 激戦区大阪の中でも、【プロ養成高校】と言われるほどの高校だ。

更に、去年、一昨年と、部員の不祥事で、OL学園は大会出場停止をくらっていた。

その為、今年3年になるメンバーは今大会のために、

1年の頃から徹底的に鍛え上げられたバケモノ揃いとの噂がある。

おそらく今年のベンチ入りメンバーの全員がプロに行くであろうとも言われている。

大阪予選どころか、本選も含めてバリバリの優勝候補の高校である。

ガックリと崩れ落ちている下葉に、優真がトドメの一言。

「・・・先輩、地雷踏んだっすね・・・。 しかも、核兵器級の・・・。」

「ゴメンゴメンゴメンゴメン・・・。」

下葉は頭を抱えこんで【亀】になっている。


そんな下葉の所に鎌司が近付き、声をかける。

「・・・別に、どこでも良いんじゃない・・・。 甲子園に行こうと思えば、どこかで当たるわけだし・・・。

優真君、甲子園に行こうって言ったの君じゃないの・・・?」



「え・・え、あ、そ、そうだったっスね。 あ、下葉先輩スイマセン!

頑張りましょう!

大丈夫っスよ!

ベストをつくしましょう!」


「ヒック・・・ヒック・・・、うん・・・。」

下葉はかなり凹んでいるが、鎌司の思いやりの一言で何とか立ち上がる事が出来たようだ。



 そんなやりとりの部員達を、三階の部屋でブラインダーの隙間から覗いている者が居た。

「クックック・・・。あのガキ共め。 予選に出るつもりになっていやがる・・・。」


ガチャッ。

部屋のドアが開き、野球部顧問の穴熊が入ってきた。

「理事長、お疲れ様です。」

「おお。穴熊君・・・あの作戦は大丈夫かね?」

「ええ。任せておいて下さい。 予選までには必ず・・・。」

「クックック。 あのガキ共の悔しがる顔が目に浮かぶわ。

クックック・・・ くっくっく・・あっはっは。 アーーーーっはっはっはっはっはーーーー!」

 理事長の笑い声が、夕暮れの校舎に木霊していた・・・。



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