夏に咲く桜(2)

創作の怖い話 File.143



投稿者 でび一星人 様





と言って立ち上がった。

「ほ、ほんまやな! 待ってても入部してくる保障は無いし、オレもついていくで!鍋衣ちゃん!」

吉宗も鍋衣に触発されたかのように立ち上がった。

「いや、お前は足手まといやからエエわ!」

そんな吉宗にグサリと言い放つ鍋衣。

吉宗はフラフラとまた座りなおし、

「・・・な〜んて、お人よしな事言うオレだと思ってたのかい?鍋衣ちゃん〜。」

と、しらじらしく誤魔化した。


 「・・・。」

そんなヤリトリの最中、鎌司もゆっくりと立ち上がった。

「・・ん?どないしたんや鎌司?」

鍋衣が聞くと鎌司は、

「・・・確かに、事態は深刻だね。 急がないといけない時期に来ている・・・。」

と言ってスタスタと歩き出した。

「お、オイ!どこ行くねん鎌司!」

鍋衣が鎌司を追う。

「・・・姉ちゃんは、姉ちゃんで部員を探してくれない?・・・僕は僕で探すから・・・。」

鎌司は追ってきた鍋衣に静かにそう言った。

「お、おぅ。わ、わかった。 ほな、アテにならんのは放っといてウチらで
がんばろな!」

「・・・。」

鎌司は無言で一つ頷き、校舎の中へと入って行った。


 鍋衣はグラウンドの隅でポツンと座っている吉宗と下葉の所へ行き、

「ほな、ウチは部員集めに行ってくるから、自分ら今日は解散!」

と仕切った。

「え、ちょ・・・ま・・・。」

慌てている2人を放っておいて、鍋衣も校舎の中へと駆けて行った。

時刻は夕方の四時。

帰宅部の生徒はもう既に帰ってしまいほとんど居ないが、

部活をやっている生徒はまだたくさん残っている。

そしてまだ時間も早いので残って何かしている生徒もチラホラと見受けられた。

鍋衣はそんな【ただ単に残っている生徒】に片っ端から声をかけようと考えた。



 ・・・だが、その考えは甘かった。

鍋衣はここまでの高校二年とちょっとの間に、

この学校のヤンキー共を裏でシバキまわしたりしていた。

最初は皆に気付かれないようにしていたのだが、

さすがに2年も経つとそんな噂は誰の耳にも入るようになり、

今ではけっこうな頻度で怖がられてしまっている。


 そんな鍋衣を見た生徒は、次々とダッシュで逃げ帰ってしまった。

「な、なんやねん!けったくそわるいわぁ・・・。」

鍋衣は教室の隅に置いてある傘たてを腹いせに蹴り飛ばした。

鉄で出来た傘たてがグニャリと曲がった。

しかしそんな事をしても新入部員は集まらない。

「・・・しゃぁないな・・・。」

鍋衣はポケットから携帯電話を取り出す・・・。

一方その頃鎌司は、木造の旧校舎の中を歩いていた。

ギシ・・ ギシ・・・。

廊下がきしむ音が木霊している。

「・・・ここだな・・・。」

鎌司は美術部の使用している教室の前に立ち、ゆっくりと扉を開けた。

ガラガラガラ・・・。


 部室の中では、男子生徒と女子生徒がそれぞれ目の前のキャンパスに何かを描いていた。

窓から射し込む夕日が2人を良い感じに照らしている。


 鎌司は無言で男子生徒の元に歩いて行く。

女子生徒は教室に入ってきた鎌司に気付いたようで、軽く会釈をした。

鎌司もそれに対して会釈をする。

 だが、男子生徒の方は鎌司に気付いていないのか、

ただひたすらに絵を描き続けている。


「・・・優真君・・・。」

鎌司は絵を描いている男子生徒を呼んだ。

男子生徒は、「すいません。今手が離せないところなんです。 すこし待っててもらえませんか。」

と、鎌司の方を一切見る事なく静かに言った。

「・・・。」

仕方が無いので、鎌司は壁際まで行き腕を組み、そこにもたれかかった。

「ここをこうして・・・よし、出来た。」

三十分くらいが経った頃、その男子生徒は大きく伸びをし、ホっとした感じでそう言った。

そしてようやく鎌司の方を見る。

「・・・あ、すいません。八木さんでしたか。 どうしたんスか?」

「・・・終わった・・・?」

「ええ。おかげさまで。 すいませんね。 僕、絵を書き出したら止まらなくて。」

鎌司は壁を背中でトンと押し、その男子生徒の方へと歩いて行く。

「・・・野球部、入ってくれないか・・・?」

鎌司は静かにその男子生徒に言った。

男子生徒は渋い顔をして、「・・また、その話ですか・・・。」

と言って頭を掻いた。

そして続けて、

「スイマセン八木さん、ここはちょっと他の部員も絵書いてまスんで、外行きましょう。」

と言って外に出て行った。

鎌司も後を追うように付いていく。

 廊下を歩き、2人は屋上に置いてあるベンチに腰かけた。

たまにヤンキーが居る事もあるのだが、今日は誰も居なかった。

「・・・優真君・・・。野球、本当にヤル気ないのかな・・・?」

鎌司はゆっくりと口を開き、そう言った。

「・・・ええ。もうオレの中で野球は中学で引退なんス。スイマセン・・・。」

この男子生徒の名は【美角 優真(みかく ゆうま)】

その繊細そうな名前とは裏腹に、どこにでも居そうな普通なイデタチをしている。

現在高校1年生。

鎌司より二つ年下だ。

鎌司とは中学の頃同じ野球部に所属していた。

優真はそのバツグンの野球センスで一年にしてレギュラーポジションを獲った。

その後も中学の三年間チームの中心選手として活躍した。

 そんな優真が同じ高校に入学したと聞いて、鎌司は野球部に勧誘した。

だが答えはNOだった。

それから1ヶ月の間、鎌司はたまに声をかけるのだが優真は一向に入部してくれる気配が無い・・・。

「・・・なぜ、中学で野球を引退なんて言うの・・・?」

鎌司はベンチの上で前かがみになり、両手を組んで聞いた。

「う〜ん・・・。なんでって言われても・・・。オレ、ぶっちゃけ野球が好きじゃないっスからね・・・。」

「・・・そうか・・・。」

そう言われたら、鎌司も言い返す言葉に困る。

勧誘したい。

だが、こういうハッキリした理由を突きつけられると何も言い返せないものだ。

だが、どうしても勧誘したい。

「・・・どうしてもダメかな・・・? 夏の大会・・・。どうしても出たいんだ・・・。 今部員が足りない・・・。」

「う〜ん・・・。 そう言われても・・・ね。 オレだって、美術部にもう入っちゃってますし・・・。」

「・・・優真君って、絵なんか書いてたっけ・・・。」

「え?絵っすか・・・?か、書いてましたよ! そりゃぁもう毎日毎晩!」

・・・なんだか様子がおかしい・・・。

鎌司のアンテナは相手の心の動揺に対して非常に敏感に出来ていた。

「・・・あの、女子生徒だね・・・。優真君、あの子の事が好きなんだ。」

「え、え?? な、何言ってんスか?ち、違いますよ!!!変な事言わないで下さい!」

「・・・そう・・・。とりあえず、今日はもう行くよ・・・。また、誘いに来るから・・・。」

「え?ちょっと待ってくださいよ!」

 慌てて呼び止める優真に背を向け、鎌司はスタスタとグラウンドに向かって歩いて行った。

 グラウンドでは、吉宗と下葉が【棒たおし】をしてキャッキャ笑っていた。

「・・・。」

グラウンドに戻った鎌司はその光景を冷ややかな目で眺めていた。

「あ、鎌司。」

そんな鎌司に気付き、二人は慌てて棒たおしの山を壊した。

そして下葉が取り繕うように鎌司に言った。

「お、お・・お、おお。鎌司おかえり。 てか、どこ行ってたん?」

「・・・うん、まぁ、勧誘に・・・。今回は無理だったけど。」

「そ、そっかそっか。ご苦労さん。 オレも、明日からちゃんと勧誘するからな! お互い頑張ろうな!」

「・・・。」

鎌司は『明日から』という言葉があまり好きでは無いので、返事をせずにグラウンドの端っこに腰を降ろした。

そして下葉の顔を見て、

「・・・ところで、姉ちゃんは・・・?」

「あ、あぁ。鍋衣ちゃんやったら、鎌司の後を追うように校舎の方に走っていったけど・・・。



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