夏に咲く桜(1)

創作の怖い話 File.142



投稿者 でび一星人 様





「知ってるか? 夏に咲く桜があるんやで!」

大阪府立 親指高校のグラウンドの端っこで、

OBの【吉宗】が熱く語っている。

「・・・急に何や・・・。吉宗・・・。」

吉宗の隣に座っているのは【八木 鍋衣】。

常日頃、ズカズカと人のプライバシーに踏み入るわりに、こういう熱いタイプは苦手らしい。

吉宗は鍋衣が弱冠引きぎみな事などまったく気付いていない。

「気になるか〜?鍋衣ちゃん〜〜〜?」

「・・・別に気になれへんわ。」

「じゃぁ教えへん〜。」

鍋衣は本当にどうでもよかったから無視した。


「あぶない!!!」

その時だった。

グラウンドから声が聞こえてきた。

声のする方をとっさに見ると、野球のボールがこちらに向かって勢い良く飛んで来ていた。

(ヤバイ!当たる!!!)

鍋衣はとっさに近くにあるものを手にとり、盾にした。


ゴンッ!!

ボールがぶつかる鈍い音がした。

鍋衣は盾のおかげで助かった。

盾は大きなタンコブを作り、「気・・・気になるやろ〜〜桜・・・。」

と、目をグルグル回しながらうわ言を呟いていた・・・。


「・・・。」

「だ、大丈夫かぁ!?」

 鍋衣とグロッキー吉宗の元に2人の野球部員が駆け寄って来た。

先に駆け寄って来たのは 【下葉 みつお】

高校三年、野球部のキャプテンだ。


 下葉は吉宗のタンコブを見て「まいったな・・・。」と頭を掻いている。

「・・・。」

無言でゆっくりとやって来たのは【八木 鎌司】

吉宗を盾にした鍋衣の双子の弟だ。

下葉と同級生の高校三年で、野球部のエースを務めている。

鎌司は吉宗の目を指で広げて観察し、

「・・・大丈夫。そのうち起きるよ・・・。」

と言ってまたグラウンドに戻って行った。

「ほ、ホンマか。よかったぁ〜。 オレの打球で人が死んだらえらいこっちゃからなぁ〜。」

下葉も鎌司の一言を聞いて安心したのか、ケロっとしてグラウンドに戻って行った。


 鍋衣はそんな鎌司の後姿を見て、

(鎌司、知らん間にたくましくなったなぁ。)

としみじみ思っていた。

鍋衣と鎌司がまだ保育園に通っていた頃は、皆からいじめられる鎌司をいつも鍋衣が助けていた。

 そんな鎌司が今や野球部のエースだ。

鍋衣はそのうち『ウチが育てた』って誰かに言おうともくろんでいる。


 「う・・う〜ん・・・。」

考え事をしている間に、どうやら吉宗が目を覚ましたらしい。

「あ、あれ。おれ居眠りしてもたんかな・・・。」

頭を振りながらそういう吉宗に鍋衣は

「おう。 疲れてるんちゃうか? バターンて眠りコケてたで。 そん時に頭打って、えらいタンコブ出来てるで。」

と便乗した。


「あ、ほんまや・・・。」

吉宗はタンコブを触り軽くしかめっ面している。

知らぬが仏だ。


 「ところで、鍋衣ちゃんよ。」

吉宗がタンコブを撫ぜながら鍋衣に言った。

「ん?何や。」

鍋衣が返事をすると、吉宗はグラウンドで一生懸命練習している2人を見ながら、

「アイツら練習も良いけど、部員は見付かったんか?」

と言った。


 そう。

今は五月。

夏の大会に向け、練習出来る日も限られている。

そんな大事な時期。


大事な時期なのに・・・。


部員は八木鎌司と下葉みつおの2人しか居ないのだ・・・。

鍋衣もグラウンドを見ながら、

「そこや・・・。 まさか今年の1年がだ〜れも入って来んとは思わんかったな・・・。」

と困った顔をしている。

吉宗は「深刻やで、これは。 鎌司のやつ、

最後の大会出られへんかったら何の為に高校入ったかっちゅー話やでほんま・・・。」

と腕を組んだ。

そう。鎌司は野球をする為だけに高校に入ったという経緯があるのだ。

おまけに鎌司はプロの将棋指しを目指している。

小学六年で三段リーグに入り、一部の関係者からは『神童』と話題になるほどの存在だった。

そんな鎌司が中学に入った時、何の気なしに始めた野球にハマり、歯車は狂い始めた。

将棋の成績はガタ落ち。

あと少しでプロというのに、そこから今まで約六年間くすぶっているのだ。


鍋衣も、吉宗の一言に対して「ほんまやな・・・。鎌司、中学の頃1試合も出してもらえへんかったからな・・・

監督と合わんかって・・・。 

このままもし人数足りんで試合でられへんかったらアイツ・・・。」

と、不安だらけの表情をしていた。


 



 「お〜い!そろそろ休憩しいや! ジュース買ってきたったで〜!」

1時間ほどが経っただろうか。

吉宗がビニール袋をさげてコンビニから帰って来た。

 「おお!先輩太っ腹ぁ!」

下葉が駆け足でやってくる。

遅れて鎌司も。


 グラウンドの端っこの木陰に座り、

四人でアクエリザベスを飲んだ。

その席の中、吉宗は核心に触れた。


「・・なぁ、鎌司よ。 お前、どう考えてる? 夏の大会まで、なんやかんやで2ヶ月ちょとやで。 

部員、どうするつもりなんや?」

「・・・。」

鎌司はうつむき加減で何か考えているようだ。

下葉も後ろの木にもたれかかるような体勢になり、帽子のツバをぐるりと後ろにやって、

「そう。ホンマそれですわ・・・。 オレはまだ去年レギュラーで出してもろたからいいものの、

鎌司は遠慮して1試合も出てへんっすからね・・・。」

と困った顔をしながら言った。

それを聞いた鍋衣は、

「思ってるより、事態は深刻っぽいな・・・おっしゃ。 ここはうちが人肌脱ぐわ! 

ちょっと今から部員集めしてくるで!」



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