黒い影(19) |
創作の怖い話 File.141 |
投稿者 でび一星人 様 |
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あまりに急な出来事すぎて、涙が出てこなかった・・・。 氷室さんのお母さんは、僕にお礼を言ってくれた。 ・・・でも、僕はお礼を言われるような事はしていない・・・。 むしろ、僕がいなければ、氷室さんはこんな事故に遭う事も・・・。 僕は氷室さんの両親の前に立ち、深々と頭を下げた。 あの日、 僕が氷室さんを公園に誘った事を心から謝った。 氷室さんのお父さんは、 「・・・八木君・・・と言ったか・・・。 そういうのは辞めよう・・・。 原因を追究して行くとキリが無い・・・。 そもそもは、私たちがここへ引っ越してこなければ、あの子もこうはならなかったかもしれないとも言える・・・。 だから、そういうのはやめよう・・・。」 ・・・と言って、僕を責める事はしなかった。 僕は頭を下げたまま、しばらく動けなかった。 氷室さんの両親から、氷室さんを跳ねたトラックの業者相手に法廷で争うという事を聞いた。 両親は、【原因】を跳ねた相手に定めたようだ。 でも・・・ 僕の心から『あの日氷室さんを誘わなければ』という後悔が消える事は無かった・・・。 病院を出ると、あの【黒い影】がふわふわと空に向かって飛んでいくのが見えた。 黒い影は、白い塊のようなものを抱えているように見えた・・・。 新学期が始まった。 全校集会で、校長は氷室さんが事故に遭って無くなった事を話していた。 校長の話は、氷室さんを良く知る僕にとっては聞きたくない言い方で、 結論として、『みなさんも事故に遭わないように気をつけましょう』 といった内容だった・・・。 クラスの皆は、【氷室 桂子】というほとんど友達も居ない生徒の事をあちこちで話していた。 だが、三日もするとほとんどその話題も話さなくなり、 氷室さんは忘れられた存在になった。 ・・・僕一人を除いて・・・。 「鎌司〜! どしたぁ〜!今のゴロも捕れへんのかぁ〜!」 「・・・もう1本お願いします・・・。」 僕はノックを受ける。 吉宗先輩のノックを。 氷室さんが居た頃と同じように野球をしている。 「鎌司ぃ・・・。なんか、変わったな。最近お前の将棋・・・。」 「・・・。」 僕は師匠に指導将棋を指してもらう。 氷室さんと出会う前と変わらずに将棋を指している。 「鎌司!ちょっと買い物行くから、付いて来てや!」 「・・・別に良いけど・・・。」 僕は姉ちゃんと話す。 ずっとそうだったように、自然に話す。 僕という流れの中に、 氷室さんという存在が確かにあった。 氷室さんは、僕の流れの中に一瞬だけ現れ、 そして消えた。 それは瞬きする一瞬のようであり、 永遠だったのかも知れない。 一つ言える事は、 氷室さんは、僕に大切な何かを与えてくれたという事・・・。 「え〜っと、じゃあ八木君。 この主人公の今の気持を言ってみて。」 国語の授業。 ウチボ先生は教科書を無視したような質問を僕に投げかけた。 僕のクラスで国語の授業を教え始めてから、もうすぐ1年。 きっとウチボ先生はどんな質問をしても僕がサラリと答えてしまうので、 新しい手法を使っているのだろう。 僕はゆっくりと席を立ち、ウチボの目を見ながら答えた。 「・・・きっと、この主人公は故郷に置いて来た家族や恋人に会いたいんだと思います・・・。 でも、 もしそれで故郷に居る大切な人が辛い目に遭うのであれば、 自分の思いを胸に仕舞い、 大切な人が生きている喜びだけで満足する・・・。 そういう自分の寂しさを埋めるだけでは無い、 もっと広い意味での大切な者に対しての気持ちではないでしょうか・・・。」 ウチボも、他の生徒もポカンと口を開けていた。 「よ・・・よろしい。 座っていいよ。八木君・・・。」 ウチボは驚きを隠すように振る舞い、授業を続けた。 チャイムが鳴り、休み時間に入った。 「・・ちょっと、八木君。」 ウチボが小さくオイデオイデをしている。 前からたまにある例の呼び出しだ。 僕はウチボの側までゆっくりと歩いて行く。 「・・・八木君。 なんか君、少し変わったね。」 「・・・そうですか・・・。」 「うん・・・。なんていうか、ステキになったぞ。」 ウチボはそう言って、僕の額を人差し指で小突いて笑った。 「・・・先生、職員室に戻りますか・・・?」 「・・・え?戻るけど、何で?」 「・・・じゃあ、職員室の前まで着いていきますよ・・・。忙しいでしょうし・・・。」 「ん・・・助かるけど・・・君、そういう気遣い出来たんだ・・・。」 僕はウチボの隣に並んで廊下を歩く。 聞きたい事があったからだ。 「・・・ところで、先生・・・。 氷室さんが答案用紙の裏に書いた詩・・・覚えていますか・・・?」 「ん・・・あぁ。あれね。 そういえば、八木君に見せようとコピー撮ったのに、君は受け取らなかったよね。 どうしたの?やっぱり見たいの?」 「・・・いえ・・・。 今は見なくてけっこうです・・・。 ただ・・・。 これから先、見たくなるかもしれない・・・。 その時に見せていただけませんか・・・?」 「ん・・・。だったらとりあえず渡しとこうか?見たい時に見たらいいんじゃない?」 「・・いえ・・・。今受け取ると、今見てしまいます・・・だから、 ウチボ先生が持っていてくれませんか?」 ウチボは少し首をかしげた後、 「・・・了解。 何かワケがありそうね。 いつでも言って。 預かっとくから。」 といってウインクした。 その仕草は、やはり26歳という年齢からか少し古く感じた。 次の学期末国語のテストで、 僕は105点を目指そう。 氷室さんへの思いを詩という形に変えて。 氷室さんの詩を見てしまうと、 素直な詩がきっと書けなくなるから、 今は氷室さんの書いた詩を見ないでおこうと思った。 授業が終わり、部活も終えて、 家への帰り道。 今日姉ちゃんはバイトらしく、僕は一人で帰っている。 少し時間に余裕があったから、帰り道の公園のベンチに座った。 あの日、氷室さんとすれ違ってしまった公園のベンチ。 座りながら、いろんな事を考えた。 出て来るのは、ほとんど氷室さんばかり。 最後のあの日、氷室さんは僕に思いを伝えてくれた。 でも、僕は思いを伝えられなかった。 もう戻らない時間。 僕が氷室さんに教えてもらった事。 言葉で表す事は到底不可能な事。 僕はこの少し痛む胸の傷を抱えながら、 また明日も同じ毎日を過ごす。 世の中、考えれば必ず答えにたどり着けるものだと思っていたけど、 たどり着けない事もあるのかもしれない。 そう思った。 『枯葉舞う北風は厳しさを増すけれど、 僕はここで生きていける。』 氷室さんの教えてくれた歌は、 今でも僕の心の中に流れている。 ★→この怖い話を評価する |
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