黒い影(8)

創作の怖い話 File.130



投稿者 でび一星人 様





氷室さんはカバンをゴソゴソやり、iPodを取り出した。

「・・・このボタンを、こうやって・・・よしっ。さ、八木君聞いてみて。」

氷室さんから手渡されたイヤホンを耳に入れ、僕はその歌を聞いてみた。


・・・

・・・

・・・


・・・これは・・・。

この歌は、昨日聞いた母さんのCDの中にあった歌だ・・・。

出だしの感じがそんなに好きずじゃなかったので、すぐに切った歌。

・・・でも・・・。

ずっと聞いてると良いかもしれない。


「どう?八木君。」

「・・・うん。良いんじゃない?」

「でしょ!その歌ね、詩が良いんだよ。 なんだかほんのり暖かい感じの曲でしょ?

でもそれでいて、ほんのりと寂しさも感じない?

詩もね、曲の感じとまったく同じ雰囲気なんだよ。」


「・・・そうなんだ・・・。」


詩の内容は、大切な人を失ったような雰囲気に感じた。

でも、その寂しさ、辛さを最後は乗り越えて歩いていく。

そういう流れの歌だった。


「その歌、もう20年近く前に出た歌なんだよ。」

「・・・けっこう古いんだ・・・。」


 歌を聞き終わり、iPodを氷室さんに返す。

「やっぱり、八木君は凄いね。」

「・・・何が・・?」

「ん、いや。 頭ガチガチの天才児なのかと思ったら、意外とすごく柔軟なんだなって。」

・・・褒めているのだろうか・・・。

「そうやって、弱点を克服していったら、きっと凄い人になるんだろうね。 今以上に・・・。」


・・・弱点・・・。

また弱点か・・・。

一体僕のその『弱点』というのは何なんだろう・・・。

「そうだ。八木君。今日も部活休みでしょ?」

「・・・うん・・・。」

「私の家に遊びに来ない? もし暇ならでいいんだけど。」

「・・・夕方までは暇だけど・・・。」

「本当!じゃ、帰りに寄る?よければお昼ご飯も食べていったらいいよ!」

「・・・いや、それは悪いよ・・・。」

「気にしないで! どうせママ、いつも余るくらい作るんだよ。」

「・・・。」


 僕はこの日、氷室さんの家に遊びに行く事となった。


 1時間程度でHRが終わり、それぞれ生徒が帰宅する。

「おおおおおおおい!鎌司ぃいいいいいい!」

・・・姉ちゃんが走って来た・・・。

「鎌司ぃ!帰るでぇ! 今日は【なるとも】見れるわ!早う行こう!」

「・・・ごめん姉ちゃん・・・。今日、氷室さんと約束があるんだ・・・。」

「ナヌーーーーーーーーーーーー!!!」

姉ちゃんはちょっとおかしく叫んだ。

「・・・本当、ごめん・・・。」


 姉ちゃんはプンプン怒りながら、ガニマタで帰って行った。


もちろん、モヤシを引き連れて・・・。

 コンビニを左に曲がり、氷室さんの家に2人で向かう。

「・・・やっぱりコンビニを左なんだね・・・氷室さんの家・・・。」


「・・・あ・・・。バレちゃった。ハハ。」

氷室さんは頭を掻く。

しばらく歩いていくと、何か工場でもあるのだろうか、

ものすごく高い塀が現れた。

家と学校と那覇村先生の家を行ったりきたりする毎日なので、

コンビニを右に曲がったところにこんな大きな建物があるなんて今まで気が付きもしなかった。


「・・・けっこう遠いの?・・・氷室さんの家って・・・。」

「あ、ゴメンネ。疲れた?もうすぐ着くから!」

「・・・。」

別に歩くだけで疲れるヤワな体では無いけど・・・。

「着いた!ここが私の家。さぁさ。どうぞどうぞ。」

氷室さんは、さっきの工場の壁伝いにある門に手を指している。

「・・・何の冗談・・・?」

「・・・ん?冗談?」

「・・・。」



・・・まさか・・・。

僕はその工場の門の中を覗いた。

でっかい芝生。

噴水。

マーライオン

巨大なプールにテニスコート

数々の盆栽


工場だと思っていたそこは、でっかい豪邸だった。

そしてまさかこの豪邸に住んでいるのが・・・。



「・・・ここ、本当に氷室さんの家・・・?」

「ん・・・。そうだけど。なんで? ほら、表札にも。」

表札には【氷室】の文字が。

しかも、ものすごく大きくて高そうな木製の表札だった・・・。


 20畳はゆうにある氷室さんの部屋に入ってしばらくすると、

「オホホホ。いらっしゃい。八木君ね。噂は聞いてるわよ。」

と言って、氷室さんのお母さんがコーヒーを持って来てくれた。

「ホホホ。八木君、成績凄いらしいわねぇ。 今回のテストも、全部100点だって? 本当すごいわぁ。」

「・・・はぁ・・・どこでそんな事をお聞きに?」

「ホホホ。 どこでもいいじゃないの。 とにかく、桂子と仲良くしてやってくださいねぇ。

オホホホホ。」



バタン。


氷室さんのお母さんは部屋から出て行った。

「・・・ごめんなさいね・・・。八木君・・・。 気分害しちゃった?」

「・・・いや、別に・・・。」


 氷室さんはCDの電源を入れて、【Still Love Her】を流してくれた。


 不思議なもので、この曲を聴いていると落ち着くようになってしまった。


 2人で横に並ぶように座り、音楽を聴いていると、

僕の肩口に氷室さんがもたれかかってきた。


 氷室さんの方を見ると・・・どうやら氷室さんは寝てしまったらしい。

スヤスヤと、寝息を立てている。

 肩に感じる氷室さんの肩は、とても柔らかくて暖かかった。

女の子の体は、なんだか柔らかいんだなと思った。


 ガチャッ。

「オホホホホ。 オヤツざますわよ!」

突然のお母さんの奇襲に、ビクっとして氷室さんは起きて僕から離れた。

「オホホホ オッホ オホホホホホホ。」

お母さんはカステイラを置いて、

「オッホ。それじゃぁ。 ごゆっくりね。八木君 オッホホホホ。」



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