黒い影(1)

創作の怖い話 File.123



投稿者 でび一星人 様





高校1年の二学期。

10月。

温暖化という現象のせいで、地獄のように暑い夏も終わり、少しばかり過ごしやすくなった。


 僕の名は 八木 鎌司。

この高校に入学して半年が経った。

本当は高校なんて入るつもりは無かった。

 僕は奨励会という所に所属し、プロの将棋指しを目指している。


 そんな僕が、高校進学を決めた理由、

それは野球だ。

中学の頃、たまたま始めた野球に対して非常に興味を持ってしまった。

将棋の師匠である那覇村先生はえらく激怒されたが、

僕は大人になったら一生将棋指しとして生きていく身。

野球は今しか出来ない。

だから中学の三年間だけ、野球を一生懸命にやりたいと思った。

それだけだった。


だが、

奨励会三段の僕は、【三段リーグ】での対局をこなさなければならなかった。

部活どころか、学校を休んで対局しなきゃならない日もあった。


 そんな僕を、野球部の監督は良く思わなかったみたいで・・・。


中学の三年間、僕は球拾いとタイヤ引きしかさせてもらえなかった。

それでも僕は辞めなかった。

三年間、

対局の日以外は、必ず練習に参加した。

そして中学生活最後の試合。

控えの選手も、最後の試合という事で続々と出してもらっていた。

でも僕は、最後まで1打席も立たせてもらえなかった。

仕方ない。監督の考えがこうだったんだろう。

でも、

でも、僕の野球に対する気持は、それでは完全燃焼する事ができなかった。

だから僕は高校進学を決めた。

ただ、野球をする為に。


 学校の成績も、常にトップだったのでいろいろな高校を選ぶ事が出来た。

公立で、家から近く、野球部のある高校を選んだ。

受験の成績も当然ながらトップだった。

 無事合格して、僕はこの学校の野球部に入った。

1年の部員は僕を入れて2人しか居なかった。

三年が5人 二年が8人居た。

毎年1回戦で負けるチームらしいが、中学の頃と比べると練習もさせてもらえるし、

3年になった頃には今度こそ完全燃焼できるようにしたいと思っている。


 学校生活は、至って平凡で、面白みのない毎日だ。

 教師の授業はスローペースなので、図書室で借りた本を授業中読み、

とりあえず三年までの授業の内容は覚えてしまった。

後は教師が捻って出すような問題を、授業中に横耳で聞いてれば問題無い。

このやり方で、一応1学期の中間、期末、二学期の中間テストは全て学年トップの成績だった。

テストの点が上がって喜んでいる生徒をちらほら見かけるが、

一体こんな数字の何が嬉しいのか、僕には理解しがたい・・・。


 野球にしても、おそらくレギュラーで使ってもらえれば、すぐに理解してしまうんだろう。

将棋も、本腰をいれて、相手を研究すれば簡単に勝てるんだろう。


 小学校の高学年くらいから、うすうす感じ始めていた。

僕は特別なんだと。

他の人間が苦労する事でも、簡単に出来てしまう。

同学年の生徒の話が幼稚すぎて呆れる事もしょっちゅうだ。


 最近では、虚しさすら感じるようになった。

天才は孤独という言葉があるが、その心境なのだろうか。


 そんな感じだから、中学くらいから僕はだんだんと冷めてきて、

正直今は友達と呼べる存在が居ない。

周りも、特別な目で僕を見ているようで、声をかけてくる人もほとんど居ない。

だがそれでいいんだろう。

優れた人間は、周りと会話する事なんて出来ないんだろう。

 自分以外が、全て猿だとしたら、やはり会話なんて出来ないだろう。

「え〜。なので、この【〜です】という部分はぁ〜・・・。」


国語教師が授業をしている。

すでに解りきった内容。

窓際の席の僕は、片肘を着いて外のグラウンドを見る。

良い天気だ。

 
 グラウンドでは、元気に体育の授業をしている姉が居た。

姉と言っても、僕らは双子なので学年は同じ1年になるのだが。


 姉は僕が高校進学の意思を表明した時、なぜか意地になって猛勉強しだした。

そして奇跡的にこの高校に入る事が出来たのだ。

 まあ、それまで一切勉強をやっていない姉にしては頑張ったと思う。

でも高校という場所は・・・

・・・頑張って入るにしては、あまりにもつまらないところだと僕は思う。



 「・・・君。八木君!」


先生が僕をあてていた。

「・・・はい・・・。」


「この【です】は、どこにかかっていますか?」

僕がグラウンドを見てぼーっとしているのを見計らってわざとあてたんだろう。

僕はこの国語教師があまり好きでは無かった。

なんというか、【合理性】に欠ける教師だと思う。


 僕はゆっくりと立ち上がった。

立ち上がる時に、周りの生徒の教科書をいくつか見た。

 ヒントというものは、かならずどこかに隠れているもので、

数人の生徒が、教科書のそのページを開き、シャーペンの先をその付近に置いている。

僕はその付近の文字を読み、質問を推理し、難なく答える。


「せ・・・正解です・・・。」

少し戸惑った口調の教師の顔を見もせずに、僕はまたゆっくりと座り、窓の外を眺めた。



 授業が終わり、僕は体育館の裏に向かう。

なぜかその場所が落ち着くのだ。

誰も来ないし、たまに来るとしたら姉なので、あまり気にならない。

ポケットに手をいれ、ゆっくりと教室を出る。


「ちょっとまちなさい。八木君!」

後ろから呼び止める声が聞こえた。

振り向くと、国語教師だった。

「八木君、アナタね、いくら勉強出来るからって、授業をまったく聞かないってのは良く無いんじゃない?

周りの子にも悪影響を与えてると思わない?」


・・・また説教か。

この国語教師の名前は【内場 歩】 26歳のいわゆる美人教師だ。

男子生徒からのウケはけっこう良いみたいだが、僕はこのレベルの教師にまったく興味が無い。

生徒からは【ウチボ】の愛称で呼ばれている。

「・・・はぁ。しかし、ちゃんと質問には答えているので問題ないと思いますが・・・?」

「ん・・・たしかに、答えてるけど、授業を聞いていないのはあきらかでしょう? 

アナタのような人がそういう事をすると、他の子もそれで良いと思ってしまうのよ。解る?」

「・・・はぁ・・・。」

アナタのような生徒・・・か。


他の生徒と同じように授業を受けろという割に、特別視はしているようで・・・。


僕はメンドクサイから、そこからはただ返事をしていた。

何を言っても無駄なのは解っているので。

こういう頭の悪い人間と話をするのは疲れる。


 結局、その休み時間は体育館裏に行く時間は取れなかった。

まあ、そういう事もあるだろう。

無駄な時間をつくる大人は、結構多いので・・・。



 授業が終わり、部室に行き着替える。

「おう!鎌司!今日は対局無しか?」

「・・はい。」

「そうかそうか。 両方大変やろうけど、がんばれよ!」

この人は野球部のキャプテンを務める吉宗さんだ。

高校ニ年にしては、他の部員に気配りも出来、下手な大人よりもずっとしっかりしている。

ヤル気の無い部活の顧問はこの日も来ない。

キャプテンの指示で練習し、

ヘトヘトになり1日が終わった。



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