何度も落ちる霊(3)

創作の怖い話 File.110



投稿者 でび一星人 様





かーくんは端っこの席につき、【六段】の人と将棋を指す事となった。

オトンはかーくんに、「この人は、お父さんと違って強いから、 ガンバレよ!」

って、声をかけとった。


 部屋の端っこに立ち、そんな男共をボーッっと見てたウチに、さっきのオッサンが声をかけてきた。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「うちは鍋衣。 なっちゃんでエエで。」

「なっちゃんか。 うんうん。 おっちゃんはここの【席主】をやってる神谷 麺吉っちゅー名前や。 ヨロシクな。」

おっさんはタバコ臭い手でウチの頭を撫でた。


 そんな感じで、見ていると、

「・・・ま、まいった・・。 ひゃ〜。つ、強いなぁ僕・・・。」

どうやらかーくんが勝ったみたいや。


ソレを見ていた数人が、ゾロゾロとかーくんの周りに集まって、将棋盤を覗いた。


「ほぅ・・。 必至か・・。」

「完璧な一手違いですね・・・。」

「これ、端から仕掛けたの?」

・・・等、よく意味のわからない単語を使って何やら検討している。

そして、あきらかにかーくんを意識する目が皆代わった。

「・・よし、次はオレが指そう。」

端っこで本を読んでいた若いメガネのニーチャンがやってきた。


席主のオッサンは、「踝君。 君が指すのかね?」

と言った。

「・・ええ。 僕、三段ですから、 ちゃんと香を落としてもらいますよ。」

踝っていうニーチャンは、メガネをクイっと上げてそう言った。


パチパチと、2人が駒を並べる中、ウチは席主のオッサンに、

「オッサン、何や?さっきあのメガネが言うてた、【香を落とす】って?」と聞いた。

オッサンは、「あぁ。 あれはハンディの事や。 段位や級位に差があったら、勝負になれへんやろ?

 だから、その場合、強い方が駒を抜いて、ハンディをつけて指すんや。」

オッサンが言うには、かーくんは五段で指してて、あのメガネは三段なので、

強いかーくんが駒を落とすということらしい。

ちなみに、【二段差】がある場合は、左(角側)の香車を一枚抜くというハンディらしい。


 対局が始まり、オトンを含め、お客さんの半分が自分の手を止め、かーくんとメガネの対局を見に来た。

 ウチはそれを端っこから眺め、ちょっとジェラシーを感じた。


ウチがぼーっと見てると、席主のオッサンがまた声をかけてきた。

「・・・なっちゃん、かーくんは凄く強いと思う。 でもな、たぶんこの対局は負けるで・・・。」

「・・え?なんでや? 駒落としてるいうても、格下なんちゃうんか?」


おっさんはかるく首を振って、

「踝君の三段は、まやかしの三段なんやわ。」

「・・まやかし?」


「そう。まやかし。 彼、本当は六段の力はある。」

「ええ!なんやそれ!そんなんセコイやんかぁ! そんな相手に、駒減らして指すんか?かーくんは!」

「・・・うん。 ごめんよ。 でも仕方ないんやわ。 

踝君は、あと一つ勝てば昇段ってところで、いつも負けるんや。 ワザとそうやって遊んどるんかもしれんけどな・・・。」


・・・なんて卑劣なメガネ野郎なんや!


ウチはイライラしたので、頭を冷やしにオモテに出た。

オッサンは、「変な人に着いていったらあかんで〜。」

と、ますますイラっとする一言。


オモテに出ると、昼下がりということもあって商店街はまあまあ混み出していた。

ウチはとりあえず向かいのスーパーに入って暇を潰そうとすると、

なにやら南側が騒がしい・・・。

見ると、昼間っから酔っ払いがこちらに向かって歩いてきていた。


「ウィ〜 ヒック。 そこの姉ちゃん、一杯どぉ?」


・・・最悪や・・。 そのへんの女性に手当たり次第声をかけとる・・・。


ツルッパゲの、50歳前後といった感じか。

ツルッパゲは、とうとうウチの前までやってきて、

「ヒック。お、お嬢チャン、一杯どぉ?」

と聞いてきた。

「うっさいわ!ロリコンが!」

さっきのイライラもあったので、ウチはツルッパゲにぶちまけるかの如く文句を言ってやった。

もし向かってきても負ける気はせーへん。


「ひゃっひゃっひゃ。 えらい威勢のいい姉ちゃんやなぁ。 気に入ったでぇ!」

・・・何が気に入ったのか・・・。

「・・ツルッパのおっちゃん、ごめん、 ウチ、酔っ払いなんか相手しとお無いから、 戻るわ。」

ウチはツルッパゲをシカトして、階段をあがり、将棋クラブに戻っていった。



 将棋クラブに戻ると、メガネのニイチャンが頭を抱えて奇声を発していた。

「ヒィィィィッィ!!! あ、ありえないありえないありえない!!!!ぃぃぃいい!!!」


「な、何事や? オッサン?」

席主のおっさんに聞くと、どうやらかーくんが勝ったらしい。

それも、序盤の優勢を拡大していき、まったく危ないところが無いような完勝だったそうや。


「・・コイツぁ、 プロなれるで・・。」

席主のオッサンがボソっと言った。



頭を抱えて部屋を飛び出していったメガネのニーチャンを置いといて、

強そうな大人数人がかーくんの前に集まり、「ここでこうやったら・・・」とか検討しとった。


 ウチも、意味わかれへんけどそこに混じって見てると、一人の大人が、

「ここで・・・ 2四桂捨てで、下手勝ちやな。 逆転やろう?」

と、言った。

他の大人は、
「2四桂? アホな・・。 桂渡したら自玉が危ないやんけ・・・ん?いやまてよ・・ ここで角を打てば・・ あ!」


なにやら、凄い手を指摘したらしい。


 ウチは、その指摘した大人を見た。

「ヒック。」


 ツルッパゲやんけ!!!!!


「い、いつの間に混じったんや!ツルッパゲ!!!」

「ヒック。 ヒヒ。 お嬢ちゃんがここに入るのを見てな。 追っかけてきたんや。ウヒヒ ヒック。」


 キモイ!!!


「ヒック。 ところで、坊主、なかなか強いみたいやのぉ。 一局、ワシと指さんか?」

ツルッパゲはかーくんに言った。

「・・・」

かーくんは困った様子。

それを見ていた席主のオッサンは、

「どうする?かーくん、いっちょやってみるか?」と聞く。

席主に勧められたのでかーくんは頷いたようだ。


ペチ

ペチ


駒を並べる。


グビグビグビ・・。

ツルッパゲは、かかえている瓢箪に入った酒をグビグビ飲んでいる。

並べる駒もグチャグチャで汚い。

対照的にかーくんの並べた駒はピシっと寸分のイガミもなく升目に並んでいる。

さすがA型!



「・・さて、坊主、手合いはどないしよか?二枚落ちでエエか?」

ツルッパゲがそう言うと、

「なんやなんや?二枚落ちかぁ?」

と、周りがざわめきだした。


ウチは席主のオッサンに「何や?二枚落ちって?」と聞いた。

「あぁ。 二枚落ちっていうのは、【飛車】と【角】を落とす事や。 

用は、NO1と2の機動力を持った駒を落とすっちゅーことや。 すごいハンディやわ。」


・・・おっさん・・・。あれだけ息巻いといて・・・実は弱気なんかよ・・・。

コクリと頷くかーくん。

しかし次の瞬間、周りのざわめきが、どよめきに変わった。

かーくんに飛車と角を抜いてもらうものだと皆は思っていたのだが、

ツルッパゲは自分の飛車と角を駒居れの中に仕舞った。

「ちょ、ちょっとちょっと。」

席主のオッサンがツルッパゲに声をかける。

「ヒック、な、なんや?お前、ザ・タッチか?」

「違いマスよぉ!
・・・その子、軽く見積もってもアマチュア六段はありますよ??? 

そんな相手に二枚も落として勝てるわけないでしょう! 【プロに二枚落ちで勝てたら初段】っていうくらいなんですよ?

 まして相手は六段。もしプロがやったとしても無理な手合いですよ・・。」

ツルッパゲはニヤリと笑い、

「くっくっく・・・笑止!! やってみなきゃわかるめぇ。 まあ、素人は黙って見ときぃ。・・いくで。坊主。」


ペチリ

ツルッパゲはまず右の銀を斜めにあがる・・・。


それにしても、ツルッパゲの駒はグチャグチャや・・・。

いくら大雑把な性格のウチでも、もうちょっと綺麗に並べるわ・・・。


そんな無謀な対局が行われる最中、



 ドンッ・・


窓の方から音がした。

「・・何や?」

ウチは窓の方を見た。

周りを見ると、他のお客さんも窓の方を見ている。

「・・あぁ。こんな時間か。」
席主のオッサンが呟く。

「・・ん?何や?時間と今の音、関係あるんか?」

ウチが席主のオッサンにそう聞くと、

「ん?あぁ。 今の音な。 なんやしらんけども、

毎日この時間になると、ドンって鳴るやわ。 原因は不明なんやけどな・・・。」

ドンッ


・・・また鳴った・・・。


他のお客さんがまたチラチラとそっちの方を見る。

ウチも窓の方を見ていると、

「・・・お姉ちゃん、ダメ。そっちを見ちゃ・・・。」

かーくんがボソっと呟く。

「・・え?」

かーくんはキョトンとした目のウチに続けて、

「・・・ワケは・・後で話すよ・・・。 とにかくダメ・・。

あと、この部屋の入り口も・・・見ちゃダメ・・・ 僕が良いって言うまで・・・。」

母の腹より出でて早9年。

かーくんの言う事で正しかった事・・・99パーセント以上・・・。

「お、おう。わかったで。 とりあえず、かーくんの勇姿を凝視しとくわ!」

「・・・。」



「ぉぅぉぅ。坊主。 くっちゃべってる余裕あるんか?ひゃっひゃっひゃ。」

ツルッパゲが、また瓢箪の酒をグビグビの見ながら笑う。

「な、なぁ、席主のオッサン、どうなんや?どっちが勝ってるんや?」

まったくわからん形勢を席主のオッサンに聞くと、

「う・・ん・・。 飛車も角も無い相手やから、そら、かーくんの方が優勢や・・。 

でも・・う・・ん・・・このツルッパゲ・・。 強いで・・・。」


席主のオッサンのリアクションから、このツルッパゲがタダモノでは無い事が感じられた。

盤を見てみると、始めはあれだけグチャグチャに並べていたツルッパゲの駒が、

今では升目の真ん中にキチンと並べられていた。



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