ミス(3)

創作の怖い話 File.106



投稿者 でび一星人 様





「ありがとうございます。ありがとうございます!」

ワタシに、奥さんが何度も頭を下げた。

「いえいえ・・・。これからは、あまりこういうものは買わないように気をつけてください。

 悪魔は、常に心の弱みにつけこむ事を考えていますので・・。」

ワタシはコートを羽織り、一礼してその家を出た。

娘さんは、静かに眠っている。

この家はもう大丈夫。



 ワタシの名前は、 ロサンゼルス・ヌピエル

この日本という国にやってきて早20年。

教会で神父をやっている。


ガチャ


教会に帰り、一息つく。

「・・アナタ、おかえりなさい。」

「あぁ。ただいま。 やはり、久しぶりだと疲れるよ。」


 ワタシは教会の端にある椅子に腰かけ、妻が出してくれた紅茶をすする。

コンコン・・・


「あら?」


妻が【懺悔(ざんげ)小部屋】の方を見る。

「・・音がしたな・・。 告白に、誰か来たな。」


ワタシの教会には、【懺悔小部屋】というのを設けている。

その小部屋に入り、ワタシに相談(告白)をするような所だ。 もちろん、お互い顔は見えないような作りになっている。

「・・どれ。 ちょっと行って来るよ。」

ワタシは妻にそう言い、飲みかけの紅茶をトレイにコトリと置き、懺悔小部屋に入った。





「お待たせしました。 どうされましたか?」

ワタシは壁越に聞いた。

『・・どうも、こんばんは。 私はこの町に住む50代の者です。 実は先日、過ちを犯してしまいましてね・・・。

 その話を聞いてもらいたいと思い、今日はここに足を運ばせていただきました。』


「・・そうですか。 神は、いついかなる時も、アナタを見ています。 

ここで全てを告白しなさい。 そして、神に懺悔しなさい。」


壁越しの男性はゆっくりと話しはじめる・・・

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まず・・どこから話せばいいのかわからないので、

随分昔ですがまずは今から30年以上前にさかのぼって話をさせてもらいます・・。

 高校の入学式の事でした。

中学まで、いじめられっこだった私は、

絶対に同じ目には遭いたくないと思い、最初が肝心と、少し派手な格好をして行きました。

用は、高校デビューするつもりだったんです。

体育館で、入学式があるのですが、元々そんなに気の強い方ではなく、

プレッシャーに弱い私は緊張のあまりものすごい汗をかいてしまいました。

汗を拭くために、ポケットからハンカチを取り出そうとしましたが、


・・・ハンカチが無い・・。

おかしい。

たしかに・・・いや、絶対にハンカチは朝ポケットに入れたはず。

汗かきの私は焦りました。

なぜなら、ちょっとでも強く見せようと、薄い眉毛を吊り気味に書いてたからです。

汗で消えてしまうのが怖かったのです。

・・・あ、失礼。脱線してしまいました。

「あの、これ、落ちましたよ?」

そんな時、後ろから声をかけられた。

振り向くと、綺麗な女の子がハンカチを持って立っていました。

「・・あ、ありがとう。」

一目惚れでした。


どうやら、その子と私は別のクラスのようで、高校生活が始まってからもあまり接点はありませんでした。

そればかりか、その子は一年の二学期くらいから髪を染め、

あまり学校にも来なくなり、ますます接する機会が減りました。

二年生になっても、同じクラスにはなれませんでした。

しかし、私はその子をいつもチェックしていました。

学校を休む事は多かったのですが、彼女が登校してきたときは胸が躍りました。

だれも居ない教室に、遅くに戻ってきて、机に置いてある笛を舐めた事もあります。

もちろん上履きのニオイを嗅いだことも・・・。


しかし、ショックな事を察してしまいました。

二年のある日、彼女の行動が少し変わったのです。

どうやら、二年時に彼女と同じクラスだた男子に恋をしたようでした。

彼女の行動をチェックし、その相手がわかりました。

なんと、地味な男だったんです。

ショックですよそりゃ。

なんで、あんな男に・・。私のほうがどう考えても優れてましたから・・・。

 私はね、そんな地味な生徒を何人か知ってましてね、

こっそりと、そういうやつらの親友のフリをして、いろんな情報を集めたりして、学校生活を有意義に過ごしていたんです。

その地味な生徒の一人だったんですよ、その男はね。

私の他に友達も居ないようなやつに彼女の心を・・・。



もちろん、妨害しましたね。

一度、その男が、学校を休んだ彼女の家にプリントを届ける事があったみたいです。

失敗しましたね。 油断した隙に、そんなきっかけを与えてしまいました。


 でもそれからは、2人が接するのを妨害し続けました。

どんな方法?

簡単です。

私には、豊富な友好関係がありましたから。

そんな友人関係を利用して、誘導したんですよ。

2人が接する機会が無いように水面下でね。

もちろん、私もその男の親友のフリをしていましたから、

接しそうになったら男の方を遊びに誘ったりして上手く誘導していましたね。

卒業式の日でした。

その男と彼女が、私がどうしてもそっちに手が届かない時に、

2人きりで会う機会を与えてしまったんです。

慌てて、2人のところに走りましたよ。

そして、無理やり男を遊びに誘い、彼女から引きはがした。


彼女は高校を卒業したら、東京に就職する事は知っていましたから、

これで接点は消せると心でホクソエミましたよ。


私の読み通り、それで2人の接点は消えました。




 私は、彼女の事が卒業後も忘れられなかった。

しかし、変なところでシャイなんですね。

本当に好きになった相手に、気持ちを伝えられない。


 時折、東京まで行き、彼女をコッソリ見つめたり、写真を撮ったりしました。


彼女、実にいろんな経験をしていました。

最初は工場に入社し、

そこをすぐに辞め、水商売をしていましたね。


何度かストーカーに付きまとわれたりもしていました。

そういうタイプなのかもしれませんね。

まあ、私はストーカーなんて格好悪い行動はできませんけど・・・。


彼女、さらに大学を受けて、そこそこの大学に行ったんですよ。

無事卒業し、病院に就職したりしてました。


でもある日、私は彼女に近づけないようになったんです。

どうやら、彼女、ヤクザ者の男と付き合い出したみたいで、

家に帰ったところは確認したのですが、まったく見かけなくなってしまったんです。

・・・もしかしたら、ヤクザに自分が彼女の様子を見てるところを感づかれたのかもしれない・・・。

・・・もしかしたら、私の存在を感づかれた・・・?


怖くなった私は、そこで彼女を見失ってしまったのです。


それから10年以上が経ったある日。

例の地味な男から一枚のハガキが来たんですよ。


結婚式の招待状がね。


ショックでした。

相手の女性は、なんと彼女だったんですよ。

私は家の壁に何度も何度も頭を打ちつけました。


何度も何度も何度も何度も

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も


血まみれになった頭で考えました。

いつか・・いつか彼女を自分の物にしてみせる・・・と。


そんなある日、大阪の方へ出張に行った時に、飲み屋で彼女が大学の時によく遊んでいた女の子を見かけたんですよ。

よく写真をこっそりとったりしていましたから、一緒にいるその子の顔も鮮明に覚えていましたよ。

私はその子に近づき、さりげなく仲良くなり、合コンをしてもらうように話をもっていきました。

そこで、「大学の同級生とかで、だれか良い子いないの?」って、さりげなく誘導しましたね。

その子、大学の時には他に友達もいないようでしたから、誘導するの簡単でしたよ。


合コンに彼女が来て、私は胸が高鳴りました。

あれだけ見つめていたのに、

これだけ想い続けていたのに、

彼女と話すのはこれが二回目だったんですから・・・。


緊張して、営業トークみたいな会話しかできませんでした。

時折、他のメンバーが怖くも無い話をしているときも、彼女の事が気になり心ここにあらず状態だったかもしれません。


・・・しかし、神父さん、霊っているんですね。

出たんですよ。その居酒屋に幽霊が。

もう私たちは一目散に逃げましたよ。



その数ヵ月後です。

彼女が妊娠したと、旦那になった地味な男から聞いたのは。


私はまた、家の壁に頭を打ち付けました。


何度も何度も何度も何度も

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

私の勤める製薬会社と、彼女らが住む大阪はけっこうな距離があります。

どうしても、私が彼女を見続けるには限界がありました。

そこで、私は最近考え方を変えました。

彼女と・・・

彼女と一度だけでもいい。






関係を持ちたい。




私は連休を利用し、大阪に行く事にしました。


彼女の旦那・・つまり、私の事を親友と思っている、その地味な男に電話をしました。


「出張で、ちょっとそっちに行くんだけど、焼肉でも食べにいかないか? 嫁さんもつれてこいよ。」

 私の事を親友と思っている、バカなその地味な男は、のこのことやってきましたよ。

後は、この睡眠薬入りのクスリを2人の飲み物に混ぜて、

眠ったところで数時間引き剥がし、彼女と関係を持つ・・・。



 神様・・って、いるんですね。

その男に急用が出来て、途中で出て行ったんです。

律儀に、彼女を家まで送ってやってくれ・・って私に頼んでね。


 その男は、既に睡眠薬入りの酒を飲んでいました。

今思えば、飲ませる必要なかったですね。

勝手に消えて行ってくれたんですからね。


 彼女の方は隙が無く、睡眠薬を入れる事が出来ていませんでしたが、

旦那の方が帰ったので、

2人分くらいなら酒を取りに行くと言って、見えないところで入れることができました。


なかなかクスリが効かないので焦りましたが、

なんとか、帰り道の途中にクスリが効いてきたみたいで・・。

めでたく、ホテルに連れ込んで、コトをする事ができましたよ。


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「・・・なるほど・・。 話はよく理解しました・・・。」

ワタシは、壁の向こうの男がそこまで話したところで相槌をうった。

続けて、

「アナタは、一度だけでしたが、そういう行為をしてしまった事を懺悔しに来たのですね?」

男は、「いいえ・・・私は幸せでしたよ・・。 この歳になっても、ずっと好きな相手でしたからね。 

旦那のマヌケな男に対しては、罪悪感なんてありません。」

と言った。

「・・・では、一体なぜここに懺悔しに?」

私が聞くと、壁の向こうの男はまた話始めた・・・。

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ホテルから、彼女と一緒に出てきた時にね、ちょうど、その旦那とハチアワセてしまったんですよ。
これは計算外でした。

旦那は何が起こったか信じられない感じでした。

必死に冷静さを振る舞っているのがミエミエでしたね。

そいつは震えた声で、

「一体・・どういうことなんだ?」

と私たちに聞きました。

彼女は、「ちょ、ちょっと、すごい睡魔に襲われて、泊まっただけだよ! 何もしてないよ!」

と、ウソをつきました。

女っていうのは怖いもんですね。

こうもすんなり反応してウソがつけるんですから。


旦那のほうも、親友と仲のいい女房なので、信じた感じでした。


これで、何事もなく元の生活に戻る。

そう思った時、私の頭は真っ白になりました。

頭の中で声が響いたのです。




ホントウニ 元通リデ  イイノカ?



 気がつくと、私はその場で土下座していました。

「スマン!おれ、やっぱりウソはつけない! じつは・・・誘われてつい手を出してしまった!本当にスマン!」


・・・本当は、誘われてなんていなかったんですけどね。

むしろ彼女、拒んでいましたよ。 モウロウとしてるであろう意識の中で必死にね。


それを無理やり・・って感じです。

始めちゃえば、後はススっといっちゃうもんって、わかりますよね?神父さんも男なら。


おれが土下座した・・つまり、旦那の方は女房の浮気と、女房のウソ、

この二つをイッキに突きつけられた訳です。

ショックだったでしょう。

しばらくして、旦那のほうから電話がありました。

「おれ、別れたから・・・。 お前との仲も、もうこれでおしまいだ。


友達の沢山いるお前にはわかららないだろうな。


おれは、今回で、一番大切な女性と、一番の親友を失った。・・じゃあな。」


泣いていましたよ。彼。

でも、罪悪感なんてこれっぽっちもありませんでした。

だってそうでしょう?

大切な女性?

バカな。

私の想いと比べたら、アイツの思いなんてちっぽけなもんだ。


そんな私の想いを無視して、アイツは彼女を独り占めしてきたんだ。

当然の報いですよ。

ハハハハハハハハハ。



そしてね、神父さん、

幸せって、歩いてくる事があるんですね。

離婚してね、彼女実家に帰って来たんですよ。

私の住むこの町にです!



彼女、両親共にもう居ないみたいで、一人暮らしなんですよね。


責任を取るっていって、彼女をこれから少しずつ、

私のモノにしていこうと思っているんですよ。

甘い言葉を添えてね。

幸い、子供は旦那の方が引き取ったみたいなので、邪魔者は居ないしね・・・。


お金なら、けっこうあるんですよ。

何せ、ギャンブルもしないし、酒も付き合い程度。

絶対に振り向かせてみせますよ!


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「・・・一体、アナタは私に何を懺悔しに来たのですか? 

聞いた所、あなたはまったく反省していない・・。むしろ、喜んでいるように見える・・。」


私は男にそう言った。

男は、
「ええ!喜んでいますよ。ものすごくチャンスが広がった!

 ただ、私がやった事は、決して正しい事ではない。 間違った事をしたという自覚はあるんですよ。
一応、そのへんの常識感覚はあるんでね。 だから今日はここに来たんです。

これによって、私はきっと【罪】を負った。 それを消す方法、教えてくれませんか?

金なら払いますから。 ね?いいでしょう?」


・・・ああ神よ。

ワタシはアナタに謝らなければならない。

ワタシは、今この男に個人的感情を抱いてしまった。

苛立ちを感じてしまった。

聖職者でありながら、こんな感情を抱いたことをお許し置ください・・・。

ワタシは十字を切って、壁の向こうの男に話す。

「・・おかえり下さい。 アナタに語りかける言葉はありません。

もし、私利私欲の為ではなく、本当に反省する日が来たならば、

その時にもう一度お訪ね下さい・・・。」


男はすこし焦ったような口調で、

「え!ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 私は不安なんですよ。 

もし、こんな事をして、悪魔にでも憑かれたりするのが! 

そういう事があるって、本で読んだことがあるんです。 お願いしますよ!」


・・・やはり、この男は自分の事しか考えられない哀れな男のようだ・・・。
私は、

「・・・大丈夫です。 神は、アナタのような人でも決して見捨てる事はありません。

まずは反省しなさい。 自分で自分のやった事をよく考えるのです。

相手の身になって考えるのです。

それからもう一度ここへ来なさい。

大丈夫。小さな動物の霊は憑いているようですが、

それは何もアナタに危害は加えない良い霊です。

そしてアナタに悪魔は憑いていません。 ただ・・。」

私がそういったところで男が席を立つ音が聞こえた。



ガタッ


「そうですか!それが聞きたかったんです! ハハハ。

安心しました。 ありがとうございます神父さん。

ハハハハハ。

悪魔に憑かれていないんなら安心だ。

これからは、彼女を幸せにしてみますよ!

今は訪ねてもインターフォン越しですら口も聞いてくれないし、

電話も一切出てくれません。

でも、ぜったいにいつか幸せにしてみせます!

ありがとう神父さん!

もう二度と、こんな汚いところに来ることはないよ!

ハハハハ!!!」


男はそういうと、ガタガタとドアを開け、走っていったようだ。






その夜、

イエスを前にし、私は懺悔をした。

・・・神よ。ワタシはあの男を助ける事が出来なかった・・・。

あの男には、悪魔は憑いていない・・。

だがあの男自身が、何十年という行動の中で





悪魔になろうとしています・・・。


それを伝える事ができなかった。


己の未熟さを恥じます。


・・・神よ・・・もし、

ワタシに彼を救うチャンスがあるのであれば、

そのときはお力をお貸し下さい。

アーメン・・・。



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