おばあちゃんのまり

摩訶不思議な怖い話 File.49



投稿者 バッファローマン 様





加奈子さんは夫の女癖に悩んでいました。


小学校に入学したばかりの息子がいるにもかかわらず夫は、子育てはおろか、

次第に女癖が大胆になるばかりでほとんど家には寄り付かなくなっていました。

加奈子さんは夫の実家に住んでいたのですがそれが原因で不仲になって、いえ、元々いい関係ではなかったのです。

何かといえば孫であるK太君の将来を自分勝手な考え方で決めようとする義母とたびたび衝突していました。


思い切って加奈子さんはK太君を連れて実家を飛び出すことにしました。

安いアパートでもいいから借りて二人で暮らそうと決意したのです。




すぐにアパートが見つかったので二人は夜逃げ同然で引越しをしました。




働きながら子どもを育てる、それは想像以上に大変なことでした。

K太君をかまってあげられないし、残業をしないようにしなければならないし、それに収入は少ないし。

二人は文字通り爪に火を灯すような生活をしていました。


それでも彼女の心が折れなかったのは、ある言葉が支えになってくれていたからです。


「人間な、そりゃ落ち込むこともあるかもしれね。悔しい悔しいって思うこともあるかもしれね。

でもな、加奈、それでも歯を食いしばって生きていかねばなんねえんだ。

そしたら一生の内にいいことが、ひとつやふたつあるもんだよ。

人間ってのはな、そういうちっちゃなことだけでも生きられるもんなんだ」


それは大好きだったおばあちゃんの言葉。いじめられっ子だった加奈子さんが学校から泣いて帰ってくると、

おばあちゃんはいつもそう言って慰めてくれました。中学に上がるとすぐに亡くなってしまったおばあちゃん。

忙しい合間にちょっと心落ち着く時があると、その言葉を思い出して

「おばあちゃんに会いたいな。会ってたくさん話をしたいな」

そう思いながら毎日を過ごしていました。




ある日の夕方、仕事を終えた加奈子さんがアパートに戻るとK太君は部屋で独りゴムボールをついて遊んでいました。


「いちばんはじめは一宮〜、二で日光東照宮〜、三は佐倉の宗五郎〜、四また信濃の善光寺〜♪」

「どうしたの? それ手まり歌じゃない。学校で教わったの?」

「ううん、違う」

「へえ、じゃあテレビでやってたんだ」

「違うよ。今日ね、知らないおばあさんがお家に遊びに来たんだ。そのおばあさんに教えてもらったんだよ」

「知らないおばあさんって・・・。ママがいない時は玄関を開けちゃダメって言ってるじゃない」

「僕、開けてないよ。ゲームしてたら後ろでポーン、ポーンって音がして、

振り返ったらおばあさんが座って赤いまりをついてたの」

「赤いまり?」

「そう」

「おばあさんってどんな顔してた?」

「鼻の横におっきなホクロがあって、それでね、すごく優しかった。まりつき上手だねってほめられたんだよ」

「・・・」

「どうしたの、ママ」

「おばあちゃん・・・」


大粒の涙が加奈子さんの頬を流れました。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

学校でいじめられて帰ってきた日の遊び相手はいつもおばあちゃん。

たれ目で、いつも笑っていて、鼻の横に大きなホクロがあって。


「今日ね○○ちゃんに筆箱を隠されてね…」

「そうかい、そうかい」

「それでね…」

「ふーん、そうかい」


泣きじゃくっているとおばあちゃんは丸いからだを小さくかがめて慰めてくれました。


「加奈、そんなこと忘れて遊ぼう。ほら、あのまり持ってきな」


それは古ぼけた真っ赤なまり。


どんなに下手くそでもおばあちゃんは「加奈はまりつきが上手だねぇ、ふふふ」と笑って優しく頭を撫でてくれました。


その時にいつも言っていた言葉が


「人間な、そりゃ落ち込むこともあるかもしれね。悔しい悔しいって思うこともあるかもしれね。

でもな、加奈、それでも歯を食いしばって生きていかねばなんねえんだ。

そしたら一生の内にいいことが、ひとつやふたつあるもんだよ。

人間ってのはな、そういうちっちゃなことだけでも生きられるもんなんだ」

「うん」

「加奈にはまだわかんねえか、ふふふふふ」


そう言うとこぼれそうな笑顔をいっぱいに浮かべて、また頭を撫でてくれるのです。


小さい頃はどういう意味なのかいまいち理解できなかったのですが、

大人になってこうして苦労してみるとその言葉の意味がわかるような気がします。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「ママ、どうして泣いてるの?」

「ううん、何でもないよ。たぶんおばあちゃんがK太に会いにきてくれたんだね。おばあちゃん優しかったでしょ」

「うん」


加奈子さんはK太君を抱きしめました。


「ママね、がんばるから」

(おばあちゃん、会いたいよ)





その後も何度かおばあちゃんが尋ねてきてくれるようで、その度に「ほら、ママ見て。

またおばあちゃんが来てこの前の続きを教えてくれたんだよ」と

K太君はゴムボールを引っ張り出してきては新しく習った手まり歌を披露してくれました。

「六つ村々鎮守さま〜、七つ成田の不動さま〜、八つ八幡の八幡宮〜、九つ高野の弘法さま〜、十で東京本願寺〜♪」
ポーン・・・ポーン・・・。


どうやらおばあちゃんはたまにやって来てK太君の遊び相手をしてくれているみたいです。


おばあちゃんが見てくれている、独りじゃないんだ、そう思えることがどんなに心強いことか。

しかし、おばあちゃんは加奈子さんの前には姿を現してくれません。

彼女はK太君の手まり歌を聞きながら心の中で祈りました。




(おばあちゃん、一度でいいから私にも会いに来て)




「ただいまー、遅くなってごめんね。」
ある日、仕事が遅くなってしまい、急いで帰ってアパートのドアを開けると

「あっ」

加奈子さんはすぐに異常に気付きました。
部屋が、真っ暗、K太君の姿がありません。


腕時計を見るともうすぐ六時。学校からはとっくに帰ってきているはずだし、

もし友達の家にお邪魔していたとしても相手方のお母さんから電話なりメールがあって然るべき。

すぐに部屋に上がり電気を付けるとテーブルの上に置手紙がありました。


加奈子さんはそれを読みました。


“K太はこちらで面倒をみます。あなたには理解できないでしょうが、すべてK太を思ってのことです。

もうK太のことは忘れてあげてください △△××(←姑の名前)”


どうやら義母がK太君を連れ去ったようです。
電話も住所も教えていないはずなのに興信所でも使ったのでしょうか。


加奈子さんは実家に電話をかけ
「K太を返して!」
しかし、姑は、それはできないの一点張り。


すぐに実家に向かったのですが家の中にさえ入れてくれません。
失意のうちに加奈子さんはアパートに戻ると、日ごろの疲れやストレス、

K太君が連れ去られたショックでそのまま寝込んでしまいました。


すると、真夜中に体が固まったように動かなくなり


ポーン…ポーン…。


何かを床に弾ませているような音が聞こえました。


「いちばんはじめは一宮〜、二で日光東照宮〜、三は佐倉の宗五郎〜♪」
ポーン・・・ポーン・・・。

(おばあちゃん?)

「四また信濃の善光寺〜、五つ出雲の大社〜、六つ村々鎮守さま〜♪」
ポーン・・・ポーン・・・。

(会いにきてくれたんだ)

「そうだよ、会いにきたよ。お前があまりにも悲しそうだったから」

その声を聞いた途端に胸の奥がじんわりと熱くなり、堰を切ったようにとめどない涙があふれてきました。

(おばあちゃん、私ね・・・)

「何も言わなくていい。寝てなさい。おばあちゃんには全部わかっているよ」

おばあちゃんの声はすぐ耳元で聞こえました。

(ねえ、おばあちゃん・・・まりつきしよう)

「ああ、いいよ」


柔らかく優しい声にゆっくり目を開けると、すぐ目の前でにっこり微笑んでいました。
















知らない老婆が・・・。

















「あなた・・・だれ・・・?」

「七つ成田の不動さま〜、八つ八幡の八幡宮〜、九つ高野の弘法さま〜、十で東京本願寺〜♪」

「だれなのよ!!」

「会いたい、会いたいって言ってたから出てきてあげたよ」


老婆は加奈子さんの鼻先数センチにしわだらけの顔を持ってきて、ウフフと笑いました。「私ね、ここで殺されちゃったの」


確かに鼻の横にホクロはある。しかし、そいつは加奈子さんのおばあちゃんとは似ても似つかない顔をしていました。


「これほど心願かけたのに〜、加奈子の病気は治らない〜♪」
ポーン・・・ポーン・・・。

「もう、やめて」

「私を置いてなぜ死んだ〜、泣いて血を吐くホトトギス〜♪」
ポーン・・・ポーン・・・。


歌い終えると老婆はうつろな目で加奈子さんを見てぼそりとつぶやきました。


「あの子、かわいい。私の孫そっくりだ・・・」

「お願い、どこかに消えて!!」


加奈子さんが声にならない声を出すと同時に


トゥルルルルルル・・・トゥルルルルルル・・・


突然電話のコール音が鳴り、そこで加奈子さんの金縛りが完全に解けました。

布団から跳ね起きて周りを見たのですが、老婆の姿はどこにもありません。

それどころか、不思議なことに夜が明けていたのです。


「今の、夢?」


トゥルルルルルル・・・トゥルルルルルル・・・


なおも鳴り続ける電話のベル。


「はい、もしもし」

「あっ、ママ」


それはK太君の声でした。


「K太、今どこにいるの?」

「パパの実家だよ」

「大丈夫? 元気? 何か変わったことない?」

「僕は元気。変わったことなんて何もないよ」

「よかったー。ごめんね、辛い思いさせちゃって」

「謝ることないよ。だってママが悪いことしたわけじゃないもん」

「そっか、ありがと。じゃあ、もうちょっとそこでおとなしくしててね。すぐに迎えに行ってあげるから」

「大丈夫だよ」

「どうして? ママに会いたくないの?」

「会いたいけど、ママが来なくても大丈夫」

「どうして〜」

「だってさっきまりつきのおばあちゃんから電話があって、迎えに行ってあげるからそこで待っててって言われたもん」

「え?」

「今、向かってるからってさ」

「K太、××(←姑の名前)おばあちゃんはいる?」

「お買い物に行ったよ」

ふと、電話の向こう側、それも遠いところから何やら人の声のようなものが聞こえてきて、

それがだんだんと近づいてきました。


(・・・めは一宮、二で日光東照宮〜♪)


手まり歌だ!!


「そこから逃げなさい!!」

加奈子さんはほとんど叫んでいました。


「なんで?(四また信濃の善光寺〜、五つ出雲の大社〜♪)」

「いいから早くしなさい」

「うん、わかった。でもどこに逃げればいいの?(五つ出雲の大社、六つ村々鎮守さま〜♪)」

「K太、どこでもいいから早く!!」

「あっ、おばあちゃんが来てくれた(七つ成田の不動さま〜、八つ八幡の八幡宮〜♪)」

「やめてー!!」

「九つ高野の弘法さま〜、十で東京本願寺〜♪」



「K太君、迎えにきたよ・・・」



ブツッ・・・




★→この怖い話を評価する



[怖い話]


[摩訶不思議な怖い話]