先生

感動の怖い話 File.3



投稿者 麻里 様





中学2年生のとき、私はひょんなことから

腰を痛めてしまった。波はあったけれども

ひどいとそれはもう歩くだけで激痛が走るほど。

病院へ行き、接骨医へ行き、占い師へ行き、 それでも治る気配はなかった。

最後に行き着いたのが御茶ノ水にカイロプラクティックだった。

親戚が昔からお世話になっているところで、父とも顔なじみのようだった。

狭い階段を登り、ぼろいドアを開けると中から

白髪のおじいさんがでてきた。

それが先生との出会いだった。

先生は独身で趣味はスキーと山菜取り。

そしてとにかくよく喋った。

それから私は毎週1回、先生のところへ通ったんだけど

施術よりそのあとの先生のトークのほうが圧倒的に長かった。

体にいいからと先日採ってきたというきのこを食べさせられたり、

筋肉を刺激して足が速くする不思議な靴下をくれたり、

アルファベットは元々象形文字なのだと熱く語ってくれたり、

筋肉自慢をしてくれたり、

とにかく変わった先生だった。

13歳ながらも独身だというのもうなづけた。

クセがすごくあったけどいつも親切で私は嫌いじゃなかった。

毎回出してくれたお茶も美味しかったし。

私の腰がだいぶ良くなるといつしか足は遠のき、

先生に会うことなど全くなくなっていった。

それから数年が経ち、私は高校2年生になっていた。

また腰が痛くなり、久しぶりに先生の下へ足を運んだ。

桜が咲き乱れる4月のことだった。

最初先生を見たとき誰だかわからなかった。

容姿があまり変わっていたのだ。

何が違うのか分からなかったけど、とにかく目がものすごくギョロッとなっていた。

おまけに腕を骨折していた。

スキーでやっちゃったらしい。

目がぎょろっとしているのは先生曰くすごく痩せたらしい。

先生の研究した方法で食事をとったら痩せられたんだって。

よく意味が分からなかったけど、骨折のショックで痩せたのかなと勝手に解釈することにした。

心なしか先生は弱弱しくて線も細い気がしたけど、

そんなことに私は気にも留めなかった。

久しぶりに会った先生はなんだか私とすごく話したがっているように

見えた。繁盛しているとも思えなかったから人とたくさん

話すのが久しぶりだったのかもしれない。

でも。私はそのとき初めての彼氏ができたばかりで。

彼氏には御茶ノ水にまでわざわざ来てもらっていた。

頭の中は彼氏のことでいっぱい。

先生のトークも正直面倒くさかったし、良く聞いていなかった。

結局、私は先生がまだ話したそうにしているのを振り切って 彼氏のもとへ走っていった。

それからまた半年して。やっぱり通わないと効果はないらしく

腰が痛いので再び先生のもとを訪れた。

そのときには4月に付き合っていた彼氏とはとっくに別れていた笑

生は腕も完治し、目もギョロッとしていなかった。

トークは健在だった。

前回は全然話を聞かなかったから、今回は努めて聞かなきゃなと

思って私はいつものあのお茶をすすりながら先生の わけわからん運動マシーンの話やら、

いい枕の見分け方の 話を聞いていた。

先生は前回と違ってかなり元気そうだな、ただ私は そう思った。

でも。

先生と会うのはそれが最後だった。

最後に会ってから数年後。

20歳の秋口、私は腰の調子が良くなかったので またあの先生のところへ行こうか考えていたが、

それより先生がまだカイロプラクティックをやっているのか 分からないので、

電話をしてみたら現在使われていなかった。

どうしているのかなと思った母も親戚に電話すると

残念なことに先生はすでに亡くなっていることが分かった。

私が高校2年生の6月の時に癌で。

意味が分からなかった。

高2の秋に間違いなく会ったのに。

あの時先生はすでにこの世の人ではなかったのだと、

理解すると私はただただひたすら自分の馬鹿さ加減を 恨んだ。

あの時あんなに痩せていたのは癌のせいだったのに。

結果的にすぐ別れちゃった彼氏に会うために先生と

話すのを中断してどうして走っていっちゃったんだろう。

さびしそうな目をしてこちらを見たのをなんで、なんで、

なんで、無視しちゃったんだろう!!!!!!!!!

生きているうちに話したかった。

後悔のあまり私は先生の働いていた場所へ行くことも

できなかったけど、先日やっと意を決し、その場所へ行き手を合わせてきた。

でも何度謝ってもあのときの悲しい目を思い出す。

本当にごめんなさい。

会いにきてくれてありがとう。



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