無視(2)

創作の怖い話 File.88



投稿者 でび一星人 様





死んだのは・・・おれ・・?

沙織は、相変わらずおれたちの披露宴の写真を眺めたまま、涙を流している。

「・・さ、沙織?」

震える声で沙織を呼ぶ。

・・・無反応・・・。

沙織はおれが見えていないし、声も聞こえていないようだ。

本当に・・おれは死んでしまったのだろうか・・・。

ドスン・・

おれはその場に崩れ落ちた。

沙織がビクっとしてこちらを見る。

「・・な、何なの・・一体・・・。」

どうやら、声は聞こえないが、こうやっておれが出した音は聞こえるようだ。

コンコンコン


机を指で叩いてみる。

「何・・何・・・。」

沙織は強張った顔で机を見る。


・・・なんとか、沙織とコンタクトを取る方法は無いのだろうか・・・。

おれは考えた。

さっきおれはリモコンを握る事が出来た。

机も叩ける。

つまり、モノを持つ事は出来るわけだ。


 おれは棚に置いてあるメモに、ペンでメッセージを書いた。

『沙織 この文字、わかる?』


そのメモをそっと机に置き、トントン・・と、机を叩いた。

沙織はハッとこちらを向き、メモに気がついた。

 沙織はメモを手に取ると、しばらく見つめた後、小刻みに震えだした。

「・・裕史・・・。 裕史なの? これ・・裕史の字・・・。」

沙織はキョロキョロと部屋を見渡している。

メモに書いた字で、沙織に意思を伝えられる。

おれはまた、ペンを手にとった。

『そうだよ。 裕史だ。 教えてほしい。おれは、一体どうなったのかを。』

沙織の手に触れるように、そのメモを渡した。

「・・裕史?本当に裕史なの? ここにいるのね?」

『あぁ。』

メモを渡す。

沙織はまた泣き出した。

そしてしばらく泣いて、ゆっくりと口を開いた。

「裕史・・・。ごめんね・・・ごめんね・・・。」

最初に沙織は謝った。

それから、話してくれたんだ。

・・・おれが、どうして死んだのかを・・・。

あの日・・・12月28日・・。 仕事納めの日に、会社の忘年会があり、おれは沙織も呼んで夫婦で出席した。

正月休みに入る安堵感で浮かれすぎ、おれは沙織が止めるのも無視してかなり飲んだらしい。

そして帰り道、おれは吐きまくり、動くのも困難になった為にあの公園で横になったそうだ。

「ちょっと水でも買ってくるね。」沙織はそう言って、自動販売機に向かったそうだ。

そして戻ってくると、おれはベンチに居なかった。

辺りを見渡すと、おれは千鳥足でふらふらと踏み切りに向かって歩いていたらしい。

遮断機が閉まり、警報音が鳴り響く踏切に・・・。



信じられなかった・・・。

沙織は、

「もう、お葬式も終わったんだよ・・・。」

と言った。

ふと、日めくりカレンダーを見ると、1月18日になっていた。

おれは、あの公園で三週間も寝ていたって訳か・・・。


「あ・・・」

その時、沙織が声をあげた。

「見える・・・見えるよ。裕史・・・。」

沙織は今、ハッキリとおれの顔を見ている。

「見えるのか?」

おれが聞くと、

「・・うん。 声もちゃんと聞こえる・・。」

本当に死んだのか・・?おれは。

ためしに沙織の手を握ろうとした。

だが、やはりスルリとすり抜けた。

やはり、死んだらしい・・・。


「沙織・・・おれたちこれからだったのに・・ごめんな。 ごめんな・・。」

涙がこぼれた・・。

死んでいるのに、不思議とその涙はカーペットを濡らした。

沙織はゆっくりと首を振って、

「うううん。 私、幸せだったよ。 ありがとう。」

と、精一杯の笑顔でおれに答えてくれた。

「沙織・・。」


沙織はなんともいえない表情で、

「・・寂しいけど・・裕史・・もう、ここに居てはいけないよ・・。」

と言って、ベランダの窓を開けた。


時計は夜の6時を指し、外はもう暗くなっていた。

でもベランダの周りは、不思議な光で覆われていたので眩しかった。


「沙織・・。お別れか・・・。」

沙織はゆっくりと頷く。


ベランダには、天に続く階段が現れた。

あれを昇っていかなきゃならないんだろう。

「サヨナラ。 沙織。」

「裕史・・生まれ変わっても、また一緒になろうね。」

おれはゆっくり頷く。

そしてベランダに出て、階段に足をかけ・・・ようとしたその時だった。



ピーーーンポーーン


玄関でチャイムの音が鳴った。

「あれ、誰だろう・・?」

おれは玄関のほうを見た。

すると沙織は、

「裕史!あなたはもう行かないと・・。 私が後で出るから。」
と言う。

だが、おれはなんか気になった。 AB型のAの部分が出たのだろう。

「いや、ちょっと気になるからさ。 誰かだけ見てから行くわ!」
そういって部屋に戻ろうとする。

「裕史!この世にいちゃいけないって!早く行って!」

・・・おかしい・・・。 なんでこんなに必死なのか・・・ あっ!!


「沙織!おまえ、もしかして、 浮気相手だろ!!? 信じられない!」

「ち、ちがうわよ!そんなんじゃないわよ!」

「違うんなら見てもいいだろう! ちょと見てくる!」

「だ、ダメヨ!早く行きなさいよアンタ!」


「怪しい!見てくる!」

「あっ!」

おれは沙織をすり抜け(実際にすり抜ける)、玄関に向かった。


ガチャッ。

ドアを開ける。


「・・・あれ・・?」

そこには、超怒った顔の・・・沙織が居た・・。


「え・・。沙織・・?」


「『沙織・・・?』じゃないわよ!」

沙織は怒っている・・・。


バタン!


沙織は部屋に入り、玄関を思いっきり閉めた。

おれは目が点になって、

「・・へ・・?あなた、沙織ちゃん?」

と情けない声で言った。



沙織はめっちゃ睨んでる・・・。


「あれ・・沙織、双子?」

「何訳わかんないこと言ってんのよ!」

おれはパニクり、部屋に居る沙織を見に行った。


・・・居ない・・・。

部屋はもぬけの殻だった。

空いた窓から風がピューピューと吹き込んでいる。

ベランダの外は、夜の闇が延々と続いているだけだった。


沙織は、

「ちょっと裕史!何で暖房つけっぱなしで窓開けてんのよ!電気代考えなさいよ!」

といって窓をピシャリと閉めた。

「・・あれれ・・・。」

マジで、何が起こっているのかわからない・・・。

「沙織? ちょっと、何で怒ってるのか教えてほしいんだけど・・・。」

と聞くと、

「怒るに決まってるでしょ!! 公園でさ、アンタが起きる昼過ぎまで、ずっと膝枕してあげててさ、

 『ノドがかわいたぁ〜』って、うわごとのように言ったから、水買いに行って帰ってきたら、

既にアンタは居なくて、 それから何時間捜し歩いたか解ってるの? 

それが、家に先に帰ってた? ふ ざ け る な !」

沙織はぷんぷんだ。

「あぁ〜〜!裕史!! 何してんのよ! 来年の日めくりカレンダー、こんなにめくって!まだ年も明けて無いっていうのに!」


沙織はぷんぷんだ・・。


「ちょっと!テレビのリモコン、なんで電池抜いてるの?? これ、壊れててなかなか電池はまらないの知ってるでしょ??」

ぷんぷんだ・・・。


でも・・・それ全部おれのせいじゃないのに・・・。


沙織は怒って、「寒いし、ぬくもってくるわ!」と、お風呂に入っていった。


・・・部屋にはおれ一人が残された。


おれはぼーっと立ち尽くし、そしてふと我に帰ってゾっとした。

・・もし、あのベランダの階段を上っていたら・・・。

さっきまでいた沙織が、この世のモノではないという事は推測できた。

そういえば、あの沙織が流した涙は、まったくテーブルを濡らして居なかった・・・。


ブルルと身震いし、カーテンを閉めようと窓に向かった。


体が固まった。


窓に張り付くように、顔が真っ黒に焦げたような女がおれを見ていた。


そして、おれの頭に響いてくるように、



『 モ ウ  ス コ シ デ   ツ レ テ   イ ケ タ ノ ニ 』



女は、カサカサと音を立てて、ベランダの下へと消えていった・・・。



★→この怖い話を評価する



[怖い話]


[創作の怖い話2]