こけし |
創作の怖い話 File.80 |
投稿者 A-bomb 様 |
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『マ〜サ〜シ〜起きなさい!いい天気よ☆』 カーテンが開く。眩しい日の光が、南向きのこの部屋に差し込んで来る。 夏が終わり秋も真ん中のこの時期はいいが、夏なんか日当たりが良すぎて寝てられやしない。 んん〜・・・今日は日曜で学校も休みだってのに最悪の目覚めだ。 聞こえないふりをして寝返りを打つ。 『マーくん、起きてるのはわかってるのよ!ほら起きてよ〜』 布団をはがされた。かれこれ10年近く続くよくある日曜の光景なのだが、朝弱い俺には慣れる事はない。 「あと5分寝かせてよ。」 はがされた布団を引っ張り、頭からかぶる。 『ダーメ!!今日は約束したでしょ!起きて!!』 布団が宙を舞う。 ・・・大袈裟に言っているんじゃない。文字通り布団が宙を舞うんだ。 「だー!!もうわかったから、いい加減成仏してくれよ!!」 ・・・そう、さっきからしつこく何度も俺を起こそうとしているのは10年以上前に死んだ母親だ。 『じゃ、待ってるね☆』 ニヤリといたずらっぽく笑い母さんがふっと消えると同時に、部屋のドアが開いた。 「マサシ、朝っぱらから大声出してどうしたんだ?」 親父は朝が早い。作業着が汚れている。もう、一仕事してきたんだろう。 「・・・いや、何でもない・・・。」 親父には母さんが見えない。昔、母さんがいると言うと仕事を遅らせて病院に連れて行かれた。 病院では母親が早くに亡くなった事によるストレス・・・なんて言われたが実際見えるもんは仕方ない。 それ以来母さんが見える事を、俺は誰にも言わなくなった。 ***** 母さんは俺がまだ小学校に上がる前に亡くなった。親父と年が離れてる為、 結婚が早かった母さんはまだ20代そこそこでしかも童顔。 死んでるからそこで年が止まってる訳だし。 母さんと言うよりは姉貴とか、いたずら好きのところなんかは下手したら妹みたいな感じだ。 母さんが俺の前に現れるようになったのは、今から約10年前のこの季節。 俺が小学校3年の時だった。写真でしか顔を覚えていなかった俺は最初こそびっくりしたものの、 兄弟もおらず親父は小さい工場ながら経営者で忙しく、鍵っ子だった俺はすごく嬉しかった事を覚えている。 詳しくは知らないが、母さんは施設で育ったらしい。 親父とは高校を卒業と同時に結婚したらしいから、今の俺と丁度同じ位の年に結婚したのか・・・。 家族がいなかった母さん。やっと出来た家族である俺らが今も心配らしい。 工場の経営が大変だったり、俺の卒業やら入学やらが近づくと頻繁に現れる。 現に今も俺が指定校推薦で早くに進路が決まり、地元を離れるから出てきたんだろう。 親父も最近仕事が大変そうだしな。 ・・・ま、親孝行な俺としては早く成仏して欲しいものだが、そうもいかないんだろうな。 突如として現れる母さんは、やれ映画が見たい、公園に行きたい、 ライブに行きたいと言っては休みに1人でいる俺を連れ出した。 友達も少なくないし、学費を稼ぐ為にずっとバイトもしていた俺が今日は家でゆっくりしよう・・・ と思うと見計らったように出てくる。 自分の親を捕まえてこんな事言うのは何だが、客観的に見ても可愛い母さん。 リアルで隣にいるんならいいけど、傍から見たら1人の俺を観覧車に乗せるのだけは止めてくれ・・・。 無邪気ないたずらっぽい笑顔で頼まれると断れない俺も俺か。 ***** 今日の約束は、墓参り。 もうすぐ母さんの命日なのだ。電車とバスを乗り継ぎ、 少し高台にある母さんの墓まで歩くと淡いクリーム色のワンピースが風に揺れるのが目に入った。 パンツ姿の写真しかない中、俺のお宮参りの写真に写っていた母さんの一張羅だ。 「寒くないの?」 幽霊も寒さを感じるんだろうかと思いながら、来る途中の自販で買ったあったかいミルクティを墓の前に置いてやる。 俺が自分の缶コーヒーを開けるのを横目に見ながら、 『大人ぶっちゃって☆コーヒーなんて飲めるようになったんだね・・・』 と感慨深そうに呟く。何だかいつもと様子が違う。 命日が近くなりナーバスになっているんだろうか。 沈黙が何故か気まずく、墓を綺麗に掃除しながら母さんの好きなかすみ草を生けてやった。 『かすみ草・・・お父さんがプロポーズの時にくれたのよ』 親父のヤツ、柄にもねーな。あの無口な親父がねぇ。 『ねぇマサシ、もう1人になっても平気よね・・・??』 ・・・?母さんは何を言ってるんだ?? 「どういう意味だよ?」 『もうすぐ高校も卒業だし、進路も決まったし、ね。』 母さんが成仏しないで俺たちの傍にいた理由・・・俺たちを見守っていたんじゃない・・・?? 「親父を・・・連れて行くのか・・・?」 母さんは何も答えない。 「ふざけんなよ!勝手に自殺しといて、寂しいからって親父も連れて行くのか!? 今まで散々母さんのわがままに付き合って来たじゃないか・・・俺を1人にしないでくれよ!!」 ―――そう、母さんは成仏しないんじゃなく、出来ないんだ。自ら命を絶ったから。 『ごめんね・・・』 母さんは悲しそうに微笑みながら、すっと消えた。 俺はその場に立ち尽くし呆然としていた。缶コーヒーはとっくに冷え、握り締めた手に冷たさが伝わってくる。 俺は身震いした。寒さから?それとも1人になる恐怖から・・・? その時はっとした。母さんが今日家から離れたこの場所に呼んだのは・・・!? 「親父が危ない!!」 バスも電車もこんな時に限って遅れてやがる。俺はイライラしながら家に電話するも、親父は出ない。 ―――しかし出たとしても何て言えばいいんだ? 母さんが親父を取り殺そうとしてる、なんて言ったって信じる訳が無い。 地元の駅に着き、俺は自転車をこれでもかと言う程かっ飛ばした。 ***** 自転車を玄関前に乗り捨て、鍵を開ける。 「親父!!」 部屋が暗い。家にはいないのか??そう思いながら親父の部屋に入る。 親父の部屋に入るのは何年ぶりだろう・・・。 地方のお土産の人形やら、骨董品を集めた棚が開いている。いつもは綺麗に並べてあるこけしが1つ、ない。 几帳面な親父の机に何か書類が散らばっている。その横に1つこけしが転がっている。 ふと見ると“マサシ”と俺の名前が刻んである。 「何だこれは?」 更にその横にある書類にも目をやると俺の名前・・・? 俺の名前が書いてある書類。それは多額の死亡給付金が掛けられた生命保険だった。何故こんな物が・・・?? 棚にあるこけしを手にとってみると、それにも名前が刻まれている。その内1つに知っている名前があった。 「ユウコ・・・小さい頃に死んだ姉貴の名前・・・?」 その時ドアが開いた。 「マサシ・・・俺の部屋で何をやってるんだ・・・?」 親父が生きていた事に一瞬安堵した俺だったが、すぐに疑問が浮かぶ。 「親父・・・このこけしは何だ?俺の名前と姉貴の名前・・・それにどのこけしにも名前が刻まれている・・・」 「あぁ・・・それもお前の兄弟の名前だよ・・・前のかみさんとの間に出来た子供だがな。」 親父は母さんと結婚する前にも結婚していた・・・?初耳だった。 「何で名前が刻まれてるんだ??それに・・・」 俺が尋ねるのを遮る様に親父が笑い出した。 「はっはっは・・・こけしはな・・・昔、口減らしや姥捨てで殺してしまった子供や年寄りを弔う為に作られた物なんだよ。 “子消し”または“個消し”だ。」 背中を嫌な汗が流れる。普段無口で物静かな親父が妙に饒舌で、目がぎらぎらしている。 蛇に睨まれた蛙の様に動けない俺に、親父が唇を舐め、更に続ける。 「そのこけしに刻まれている子供たちのお陰で今の工場があるんだよ・・・あと、お前の母さんのお陰でなぁ・・・。」 ―――どう言う事だ?? 「けどな・・・最近また経営がうまく行ってないんだ。子供が親を助ける・・・当然だろ?マサシ!!」 親父が突然俺の首を絞める。 「!」 「少しずつ、お前にも薬で死んでもらうつもりだったが中々死んでくれないからいけないんだぞ〜マサシ〜・・・」 親父の後ろに悲しそうな母さんが見える・・・ 母さんごめん。自殺なんかじゃなかったんだ・・・ 意識が朦朧とする中で、俺は母さんが自分の前に現れる時の事を思い出した。 ―――それは決まって工場の経営がうまく行ってない時。 普段は俺が作る食事を親父が作った時、勉強中の俺に親父がコーヒーを入れてくれた時・・・ 決まって母さんはそれをこぼしたり、俺を外に連れ出したりしてくれた・・・ いたずらばかりして母さんは母親らしくないって思ってたけど、ちゃんと傍で俺を守ってくれていたんだ・・・ 母さんありがとう。 ***** 「・・・?」 親父が心臓に手を当て、もがいている。 『マサシ・・・ごめんね。たった1人しかいない親を殺人犯にしたくなくて隠していたの・・・ けど、それで余計マサシを苦しめちゃったね。』 いつも笑顔の母さんが泣いている。 『父さんは母さんが連れて行っちゃうけど、マサシはもう1人でも平気ね。』 親父は動かなくなった。 そしてそれと同時に母さんも消えた。 『いつも見守っているから・・・』 その一言を残して。 ***** その後俺は救急車を呼んだが、親父は既に事切れていた。 心臓発作・・・との事だった。 実は証拠こそ無かったが、親父は警察からマークされていたらしい。 前妻、その間に出来た子供たち、母さん、姉貴・・・と多額の生命保険を受け取っている為だ。 親父が死んで、真実を知るのは俺しかいない。 母さんは色々な意味で俺を守ってくれた。 ***** それから数ヶ月。工場と家を売り、大学に通う為引越しの準備に追われていた。 思い出の色々あるこの家だったが、それ以上にツライ思い出が大きすぎる。 あれから1度も親父の部屋には入らなかったが仕方ない。 「ふう・・・」 一段落付き、立ち上がると親父の机からこけしが1つ落ちてきた。 例の俺の名前が刻まれたこけしだ。 嫌な気分になりつつ拾い上げると、底がはずれた。何か細工してあったらしい。 「何だこれは・・・?」 少し黄ばんだ紙切れが出てきた。そこには母さんの字で、 『ベッドの裏』 と書かれていた。ベッドと言えば俺の部屋にしかない。 不思議に思いながら、ベッドしかなくなったがらんとした部屋に戻った。 ベッドの裏には、封筒が貼り付けてあった。中を確認すると通帳が入っていた。 俺名義で、俺が産まれてから1000円〜5000円位までばらばらの金額だったが、 母さんの亡くなる前の月まで毎月入金されていた。 「母さん・・・」 俺は例のあの日から、初めて泣いた。現実を受け止めきれず、 淡々と日々を過ごしてきた俺の心を溶かしてくれたのはやっぱり母さんだった。 毎月生活が厳しく、自分の服もまともに買えない中で俺の為に・・・ 俺は1人じゃない。 ・・・強くそう思えた。 ***** 思い切り泣き尽くしたら、母さんの墓参りに行こう。 母さんの好きなミルクティと、かすみ草を持って―――。 ★→この怖い話を評価する |
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