手鞠歌(4)

創作の怖い話 File.75



投稿者 dekao 様





「手鞠が転がされるって?」

「白羽の矢ってのがあるけど、意味は変わらん。目印だぁ。」
 
「生け贄の?」

「覚悟を決めろ、って意味もあるんだぁ。」

その時、俺は『ある疑問』が浮かんだ。

「婆ちゃん、オヤジは…もしかして。」

婆ちゃんは、またフーッと息を吐くと

眉間にシワを寄せながら

静かに、うなずいた。

「なんでオヤジが!?」

「入り婿で、この村に血縁が居なかったからだぁ。」

「婆ちゃん…それでオヤジは殺されたってのかい!? 馬鹿馬鹿しい風習のせいで!?」

「八郎、地鎮祭って知ってっかぁ?」

「何を!? …アレだろ? 新築の家とか建てる時に…。」

「そうだぁ、正しく、この村で代々行われてきたのはなぁ、地鎮祭なんだぁ。」

「そんな地鎮祭あるかよ!! どこに家を建てる時、生け贄を出すってんだよ!!」

「この…国だぁ。八郎。」

「ちょ…婆ちゃん?」

俺は、あまりにも突拍子もない話に

頭が完全に混乱していた。

「冗談ではね。この手鞠歌はな、昔からこの村で伝えられてきた歌を元にしてな、」

婆ちゃんの話は続いているが…しかし。

「明治に、西条八十って人に政府が依頼して作らせたんだぁ。」

「なんで?」

「忘れさせないためだぁ。生け贄をする意味を。」

「婆ちゃん…。」

「これをやらなかったら、関東大震災が起きたぁ。」

「偶然だろ!?」

「昔から、やらなかったら地震が起きたぁ」

…もう一つ、疑問が頭をもたげる。

「婆ちゃん、オヤジは生け贄にされたんだよな?」

「あぁ。」

「他の人じゃダメだったのか?」

「地菩神は慈母神とも書いてなぁ、逞しい男しか贄にならんのだぁ。」

「じゃ、なんで俺まで?」

その瞬間、婆ちゃんが一気に何十才も年をとって

まるで遠い昔に死んで、体だけが乾燥して残ってるみたいに

生気が無くなったように見えた。

「ば…婆ちゃん?」

「逃げたんだぁ。」

「え!?」

「一郎はぁ…逃げたんだぁ。家族と、この村を捨てようとしたんだぁ。」

俺は、何も言えず婆ちゃんの言葉を待った。

「結局は捕まって…。でも、自分から進んで贄にならんと意味が無いんだぁ。」

その時、玄関から声が聞こえてきた。

「こんばんはー」

「おーい!! 八郎ぉ!!」

鈴ちゃんと、高校時代のクラスメイトの皆だ。

「監視役だぁ。」

ボソリと呟いた婆ちゃんの言葉に、俺はギョッとさせられた。…まさか。

「八郎ぉ!! 酒持ってきたぞー!!」

婆ちゃんを振り返ると

静かに頷いて、窓を指差していた。

俺も頷き返すと、持ってきた替えの靴を履いて荷物を持ち

窓枠を一気に乗り越え、闇の中へ走り出した。

生きてやる!! 生きてやる!! 生きてやる!! 生きてやる!! 生きてやる!! 

シンと静まりかえった部屋の中

婆ちゃんの手鞠歌だけが、静かに流れる。

「てんてんてまりは 殿さまにぃ
 
抱かれて はるばる 旅をしてぇ〜

紀州はよい国 日のひかりぃ〜

山のみかんに なったげな

赤いみかんに なったげなぁ なったげな」

…ごめんなぁ八郎。婆ちゃん、孫のお前に嘘ついたぁ。

生け贄の条件なぁ、男しかダメだってのは、これは本当だぁ。

でもなぁ、自分から進んでってのは、ごめんなぁ

婆ちゃんの嘘なんだぁ。

狩りみたいに追い立てられて、逃げに逃げて

最後に殺されなきゃ、贄になんねえんだぁ。

お前の父親は、追われる途中で心臓マヒで死んだんだぁ。

それじゃぁ、地の神様は御納得されんかったんだぁ。

逃げろぉ、逃げろ八郎。

山を、お前の血で紅く染める程、逃げろぉ。

…ごめんなぁ。



★→この怖い話を評価する



[怖い話]


[創作の怖い話2]